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第6章 嵐の南方海
第55話 魔神将集結
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完全フル装備で、リーズの前に立つロウド。
「アーサーさんたちとリチャード兄さんの仇、取らせて貰う!」
色々なことを教えてくれた恩人のアーサーたち、そして次兄のリチャード。
その仇が目の前にいる。ロウドの心は激情に染められ逸っていた。
しかし、そんなロウドにリーズは冷徹な声を掛ける。
「仇……愚かな。戦えば、どちらかが死ぬのは道理。いちいち仇がどうのなどと馬鹿らしい」
「な、何だと! 知ってる人がやられたら仇を取りたいと思うのは当たり前だろう!」
「ならば聞こう。お前は、あの洞窟で小鬼を殺したな?」
「それがどうした!」
「ならば、その小鬼の家族が仇を取りにやってきたら、お前は大人しく殺されるのか?」
リーズの言葉に冷水を浴びせかけられたように心が冷えるロウド。
確かにその通りだと思ってしまったのだ。
アーサーたちやリチャード兄さんはコイツに殺された。だが自分もかなりの数の魔族を殺してきたではないか。
例え相手がどうであれ、命を奪うという行為に違いは無いのだ。
仇を討つなどということを言う資格が自分には無い、ということに気付かされるロウド。
黙ってしまったロウドにリーズの声が追撃としてやって来る。
「勘違いするな。私は別にお前が俺の同族を殺したことを糾弾してるわけじゃない。殺し殺されは戦場の常だからな。ただ、仇を討つなどというのがお門違いだと言ってるだけだ」
相手を殺し、相手に殺される。それが戦の常。そこでいちいち仲間の仇などと言っていたらキリが無い、とリーズは言っているのだ。
戦を知らないロウドにのし掛かる冷徹な戦場の掟。
「ロウド! しっかりせんか!」
戦意を失いかけたロウドにオルフェリアから叱咤の声が。
「確かに彼奴の言うことは一理ある。殺し殺されは戦の道理じゃからの。しかし、お前が誰かの仇を取りたいと思う気持ちに何の問題がある? 問題なぞ有りはせん! ぐだぐだ考えずに目の前の敵を倒すことに集中せい!」
喝を入れられ背筋が伸びるロウド。
そうだ、ぐだぐだ考えるのは後だ。今は、リーズを倒すことに専念しよう。
「ほう、気を取り直したか」
「随分と狡っ辛い手を使うのう、リーズとやら。装備が整うまで待っていたから、魔族にしては正々堂々とした性格かと思うとったのじゃが見込み違いか」
揶揄してきたオルフェリアに、丁寧に頭を下げて返答するリーズ。
「私は暴虐のザルカン様の麾下であるリーズと申します。屠竜剣と名高い貴方にお目にかかれて光栄です。何、心理戦も戦の内ですよ。これぐらいで戦意を失うようなら、手に掛けるまでもないということ」
戦意を失いかけたロウドにとって痛い台詞である。
敵の口車に乗って戦う意志を失うなど戦士としては失格ということなのだろう。
リーズは戦意に満ちた獰猛な笑みを浮かべながら兜をかぶり、鎧の背に手を回して斧槍を前に持ってきた。
「さあ、今度こそ最後までやろう」
黒騎士から放たれる気の圧力が途端に増大する。
それを浴びて一瞬萎縮しかけたが、腹に力を入れて踏ん張り、リーズを睨み返すロウド。
「必ずお前を倒す!」
ぶつかり合う二人の騎士。
そんなシリアスな雰囲気の脇で、脳筋二人は罵り合いをしていた。
「おやおや、両腕切られて泣きべそかいてた野郎が性懲りも無くやって来たな」
「うるせえ! この前は油断してたんだ! 今度こそ、お前のその首、この首切りの斧ですっ飛ばしてやる!」
「エルドリガル? ぶははは! それ、その斧の名か? なんつーの、ご大層な名前だな?」
「大鬼殺しが言えた義理かよ。エルドが首切り、リガルが斧だ。大いなる闇の大聖母様が俺たち古大鬼族に下賜くださった由緒正しき斧。これを使ってお前の首を飛ばし恥を雪いでこい、と親父が俺にくれたんだ」
「ほうほう。つまり、真っ当にやったら勝てないから武器に頼ると」
「黙れ! その減らず口、すぐに叩けないようにしてやる!」
激昂し口から唾を飛ばしながら、古大鬼レグは、双刃の巨大な戦斧を構えた。
『軽く言ったが、あの斧からの気の圧力は洒落にならんな。闇の大聖母から下賜されたってことは間違いなく魔力が篭められた武器だし』
レグの構える首切りの斧から放たれる禍々しい気に危機感を覚えるヴァル。
それに対して、こちらは下級の一般大鬼の使っていた蛮刀に長柄を無理矢理付けただけの物。
得物の格は段違いと言えた。
「ま、別に武器の優劣が勝敗の全てを決定するわけじゃないからな。やるっきゃねえか」
そう言って大鬼殺しを構えるヴァル。
こうして、二組の戦いは始まった。
* * *
場所は変わって、〈大地の背骨山脈〉の地下にある魔の国。その中央の壮大な宮殿、聖母宮の評議会会議室に視点は移る。
集まっているのは当然、魔神将の面々。
貧相な体格に長い髭を生やした老人を筆頭に様々な形態の魔族が巨大な円卓を囲んでいる。
なお巨躯の魔族も入れるように、聖母宮は全てが大きく作られており、この会議室も天井が高くなっている。
「で、ムドウ殿。評議会緊急招集とは何ごとですかな? また、ザルカンの馬鹿が何かやらかしたんですか?」
椅子ではなく円卓の脇に用意された止まり木に止まっている、人を上回る巨躯の怪鳥が、その猛禽類を思わせる鋭い嘴を開いてムドウに問いかけた。
天空のヨーギ、空を飛ぶ鳥類系の魔族や魔獣の祖である魔神だ。
その言葉に対して、不愉快さを隠さない声音で円卓に座する巨人が声を上げる。
後頭部に後ろ向きの顔を持ち、肩から前向きの腕とは別に後ろ向きの二つの腕を生やした双面四臂の異形の巨人。暴虐のザルカンである。
見た目の通り、巨人や大鬼などの祖の魔神だ。
「どういう意味だ、ヨーギ? 喧嘩を売っているのか?」
自分の腰ほどしかない鳥の王を見下ろして睨みつけるザルカン。
「あ~? 何言ってやがる。この前、独断専行した阿呆はどこのどいつだ?」
上からの威圧的な視線をはね除け、からかうように両翼をばたつかせながら言うヨーギ。
「確かにヨーギの言う通りね。ザルカン、貴方に言い返す権利は無いわよ」
そう鈴の音のような声を発したのは、鮮血のように赤い髪に赤い瞳、雪のように白い肌をした絶世の美女。
黄金比とも言えるプロポーションの体を漆黒のドレスに包んだ女性は、真紅の女帝ジュネ。
吸血鬼の神祖であり、不死者を統括する女帝だ。
手の指の爪を鑢で手入れしながら、人種の男が耳にしたら下半身の一部を元気にしそうな蠱惑的な声で、円卓の反対側に座る木偶の坊を揶揄する。
「何せ貴方は、私たちに無断で軍を動かしたんだから。結果、無駄に兵を死なすことになったのよね」
「無駄ではない! 目的の聖堂騎士団グレイズ支部の壊滅は果たした!」
必死に反論するザルカンに冷ややかな目を向けるジュネ。
「私たちにきちんと話を通してれば、私やムドウが裏工作をして、もっと有利に戦えるようにしたわよ。力押ししかできない貴方の軍だけで動いたから、あれだけの被害が出たんでしょう?」
そう、ジュネの配下の吸血鬼やムドウ配下の人に化けることのできる魔人などを潜り込ませれば、内部からの破壊工作などをして、もっと楽に戦えたはず。
真っ向からの力押ししかできないザルカンの軍だけで動いたから、兵の消耗も多大なモノとなったのだ。
「そ、それはそうだが……」
正論をぶつけられ、しどろもどろになるザルカン。
場がザルカンの糾弾会になりかけたところを重厚な声が遮る。
「ヨーギ、ジュネ、やめろ。今更、ザルカンを責めたところで何になる。ムドウ殿、早く我らを召集した理由を述べられよ」
それは円卓の上に置かれた漆黒の竜の置物から発せられていた。
黒竜王アムト。全ての竜の祖たる最強最大の竜。
あまりの巨体のため、この会議場には入れず、この置物を通じて思念だけを送っているのだ。
魔神将最強のモノの声で諫められ、不承不承黙り込むヨーギとジュネ。
静かになった会議室。
辟易しながら喧噪を眺めていた魔老公が溜息を一つついてから口を開いた。
「全くお主らは顔を合わせると喧々囂々やりおって……さて、今回の召集の議題じゃが。屠竜剣オルフェリアじゃ」
その声に、一番早く反応したのは黒竜王であった。
「オルフェリア? あの跳ねっ返りがどうしたのですか? アイツは封印されているはずでは?」
「そのはずじゃったが、いつの間にかフッカーのド阿呆が持ち出して、平人のガキの手に渡っておるのじゃよ。黒竜王」
「何と?! フッカー、あの馬鹿が!」
竜の置物から放たれる濃密な気の圧力。
それは同格のはずの魔神将ですら圧倒されるほどのものであった。
「して魔老公。その今の使い手は追えているのですか?」
怒りを滲ませた黒竜王の言葉に、冷や汗をかきながら答えるムドウ。
「うむ、勿論じゃ。儂の孫娘のパメラと闇の大聖母の神官のジェダ。そしてザルカンの部下の二人の計四人に追わせておる」
ザルカンの部下、というところで眉をひそめるヨーギとジュネ。
「魔老公の孫のパメラや神官のジェダはいいとして、何故ザルカンの部下を使っておるのですか? 何故、我らに事前に連絡が無いのですか?」
「そうですわ。ザルカンの部下など力押ししかできないのだから、こんな任務には向いてないでしょうに」
捲し立てるヨーギとジュネ。
自分らに話が来ていないのに、ザルカンに話が行っているのが気に食わないのだ。
「俺の部下の二人は、その使い手らと、この前の人の街の戦で顔を合わせている。それ故、追跡隊に選ばれた」
ザルカンが部下の選抜の理由を説明する。
「なるほど顔を知っていると言う訳か……それなら、まあ」
「そうね」
渋々と矛を収めるヨーギとジュネ。
とその時、ムドウの目前に光球が出現した。
あの貴霊ホルベイルの使った遠距離連絡用の魔力球だ。
光球に手を当てるムドウ。
「おうおう、そうか。分かった」
役目を果たし、フッと消える光球。
「パメラちゃんからの連絡かしら?」
ジュネがムドウに聞いた。
それに頷いて口を開くムドウ。
「うむ、その通り。海路を行く船に乗っておったが、充分陸地から離れたので増援が来ないと判断して襲撃を掛けたそうじゃ」
そう言って海図を円卓の真上に映し出す。
海図の一点に光点が点る。
「ここの座標で、オルフェリアの使い手の一行に挑んだらしい」
「あ~。ここなら陸からかなり離れてるから、グレイズや都市国家の増援も期待できないわね。確かに」
「だな。俺らが絡めねえのは面白くねえが、これで終わりだな」
ジュネやヨーギが海図を見てつまんなそうに声を上げるが、ザルカンからは懸念の声が。
「いや、そう簡単にはいかないかもしれん。一行の中に大鬼殺しの息子がいるそうだ」
その言葉を聞いてざわめくヨーギとジュネ。
「は? あのパッサカリアをぶっ殺した大鬼殺しの息子か?!」
「あら、それは一筋縄じゃいかないかもね」
色々と言っているが、それでもこちらの追跡隊の勝利は疑ってないのだろう。声音は明るいモノだ。
しかし、そこに冷水を浴びせる声が。
「マズイ!」
黒竜王だ。
かなりの焦りを滲ませた声が置物から発せられている。
「魔老公、お孫殿に連絡を! 早くケリをつけるようにと!」
「ど、どうした、黒竜王?」
頭の上に?マークを付けたムドウの問いに、
「ここは彼奴、ティラの棲む海域に近い。もしティラがオルフェリアに気付いたら、間違いなくお孫さん諸共、問答無用で船を沈めにかかるだろう」
とアムトは説明する。
大海竜ティラ。黒竜王アムトと唯一互角に戦うことのできる竜である。
魔軍に与することなく南方海で悠々自適の生活を続けている、全長すらはっきりしていない海竜だ。
「あ? そうじゃった!」
「ヤバいんじゃないの?」
「アイツ、起きたら大惨事だぜ?」
「ムドウ殿、早く連絡を!」
黒竜王の言葉に、ムドウ・ジュネ・ヨーギ・ザルカンが次々と声を上げる。
「パメラ! パメラ! 聞こえるか!」
連絡用の魔力球を作る時間も惜しいのか、念話の術で孫に連絡を取ろうとするムドウ。
「パメラ! 応答せい、パメラ!」
しかし、いくら呼びかけてもパメラからの返答はないようだ。
はたして、一同の乗った船はどうなったのか。
そして再戦の行方は。
魔神将集結 終了
「アーサーさんたちとリチャード兄さんの仇、取らせて貰う!」
色々なことを教えてくれた恩人のアーサーたち、そして次兄のリチャード。
その仇が目の前にいる。ロウドの心は激情に染められ逸っていた。
しかし、そんなロウドにリーズは冷徹な声を掛ける。
「仇……愚かな。戦えば、どちらかが死ぬのは道理。いちいち仇がどうのなどと馬鹿らしい」
「な、何だと! 知ってる人がやられたら仇を取りたいと思うのは当たり前だろう!」
「ならば聞こう。お前は、あの洞窟で小鬼を殺したな?」
「それがどうした!」
「ならば、その小鬼の家族が仇を取りにやってきたら、お前は大人しく殺されるのか?」
リーズの言葉に冷水を浴びせかけられたように心が冷えるロウド。
確かにその通りだと思ってしまったのだ。
アーサーたちやリチャード兄さんはコイツに殺された。だが自分もかなりの数の魔族を殺してきたではないか。
例え相手がどうであれ、命を奪うという行為に違いは無いのだ。
仇を討つなどということを言う資格が自分には無い、ということに気付かされるロウド。
黙ってしまったロウドにリーズの声が追撃としてやって来る。
「勘違いするな。私は別にお前が俺の同族を殺したことを糾弾してるわけじゃない。殺し殺されは戦場の常だからな。ただ、仇を討つなどというのがお門違いだと言ってるだけだ」
相手を殺し、相手に殺される。それが戦の常。そこでいちいち仲間の仇などと言っていたらキリが無い、とリーズは言っているのだ。
戦を知らないロウドにのし掛かる冷徹な戦場の掟。
「ロウド! しっかりせんか!」
戦意を失いかけたロウドにオルフェリアから叱咤の声が。
「確かに彼奴の言うことは一理ある。殺し殺されは戦の道理じゃからの。しかし、お前が誰かの仇を取りたいと思う気持ちに何の問題がある? 問題なぞ有りはせん! ぐだぐだ考えずに目の前の敵を倒すことに集中せい!」
喝を入れられ背筋が伸びるロウド。
そうだ、ぐだぐだ考えるのは後だ。今は、リーズを倒すことに専念しよう。
「ほう、気を取り直したか」
「随分と狡っ辛い手を使うのう、リーズとやら。装備が整うまで待っていたから、魔族にしては正々堂々とした性格かと思うとったのじゃが見込み違いか」
揶揄してきたオルフェリアに、丁寧に頭を下げて返答するリーズ。
「私は暴虐のザルカン様の麾下であるリーズと申します。屠竜剣と名高い貴方にお目にかかれて光栄です。何、心理戦も戦の内ですよ。これぐらいで戦意を失うようなら、手に掛けるまでもないということ」
戦意を失いかけたロウドにとって痛い台詞である。
敵の口車に乗って戦う意志を失うなど戦士としては失格ということなのだろう。
リーズは戦意に満ちた獰猛な笑みを浮かべながら兜をかぶり、鎧の背に手を回して斧槍を前に持ってきた。
「さあ、今度こそ最後までやろう」
黒騎士から放たれる気の圧力が途端に増大する。
それを浴びて一瞬萎縮しかけたが、腹に力を入れて踏ん張り、リーズを睨み返すロウド。
「必ずお前を倒す!」
ぶつかり合う二人の騎士。
そんなシリアスな雰囲気の脇で、脳筋二人は罵り合いをしていた。
「おやおや、両腕切られて泣きべそかいてた野郎が性懲りも無くやって来たな」
「うるせえ! この前は油断してたんだ! 今度こそ、お前のその首、この首切りの斧ですっ飛ばしてやる!」
「エルドリガル? ぶははは! それ、その斧の名か? なんつーの、ご大層な名前だな?」
「大鬼殺しが言えた義理かよ。エルドが首切り、リガルが斧だ。大いなる闇の大聖母様が俺たち古大鬼族に下賜くださった由緒正しき斧。これを使ってお前の首を飛ばし恥を雪いでこい、と親父が俺にくれたんだ」
「ほうほう。つまり、真っ当にやったら勝てないから武器に頼ると」
「黙れ! その減らず口、すぐに叩けないようにしてやる!」
激昂し口から唾を飛ばしながら、古大鬼レグは、双刃の巨大な戦斧を構えた。
『軽く言ったが、あの斧からの気の圧力は洒落にならんな。闇の大聖母から下賜されたってことは間違いなく魔力が篭められた武器だし』
レグの構える首切りの斧から放たれる禍々しい気に危機感を覚えるヴァル。
それに対して、こちらは下級の一般大鬼の使っていた蛮刀に長柄を無理矢理付けただけの物。
得物の格は段違いと言えた。
「ま、別に武器の優劣が勝敗の全てを決定するわけじゃないからな。やるっきゃねえか」
そう言って大鬼殺しを構えるヴァル。
こうして、二組の戦いは始まった。
* * *
場所は変わって、〈大地の背骨山脈〉の地下にある魔の国。その中央の壮大な宮殿、聖母宮の評議会会議室に視点は移る。
集まっているのは当然、魔神将の面々。
貧相な体格に長い髭を生やした老人を筆頭に様々な形態の魔族が巨大な円卓を囲んでいる。
なお巨躯の魔族も入れるように、聖母宮は全てが大きく作られており、この会議室も天井が高くなっている。
「で、ムドウ殿。評議会緊急招集とは何ごとですかな? また、ザルカンの馬鹿が何かやらかしたんですか?」
椅子ではなく円卓の脇に用意された止まり木に止まっている、人を上回る巨躯の怪鳥が、その猛禽類を思わせる鋭い嘴を開いてムドウに問いかけた。
天空のヨーギ、空を飛ぶ鳥類系の魔族や魔獣の祖である魔神だ。
その言葉に対して、不愉快さを隠さない声音で円卓に座する巨人が声を上げる。
後頭部に後ろ向きの顔を持ち、肩から前向きの腕とは別に後ろ向きの二つの腕を生やした双面四臂の異形の巨人。暴虐のザルカンである。
見た目の通り、巨人や大鬼などの祖の魔神だ。
「どういう意味だ、ヨーギ? 喧嘩を売っているのか?」
自分の腰ほどしかない鳥の王を見下ろして睨みつけるザルカン。
「あ~? 何言ってやがる。この前、独断専行した阿呆はどこのどいつだ?」
上からの威圧的な視線をはね除け、からかうように両翼をばたつかせながら言うヨーギ。
「確かにヨーギの言う通りね。ザルカン、貴方に言い返す権利は無いわよ」
そう鈴の音のような声を発したのは、鮮血のように赤い髪に赤い瞳、雪のように白い肌をした絶世の美女。
黄金比とも言えるプロポーションの体を漆黒のドレスに包んだ女性は、真紅の女帝ジュネ。
吸血鬼の神祖であり、不死者を統括する女帝だ。
手の指の爪を鑢で手入れしながら、人種の男が耳にしたら下半身の一部を元気にしそうな蠱惑的な声で、円卓の反対側に座る木偶の坊を揶揄する。
「何せ貴方は、私たちに無断で軍を動かしたんだから。結果、無駄に兵を死なすことになったのよね」
「無駄ではない! 目的の聖堂騎士団グレイズ支部の壊滅は果たした!」
必死に反論するザルカンに冷ややかな目を向けるジュネ。
「私たちにきちんと話を通してれば、私やムドウが裏工作をして、もっと有利に戦えるようにしたわよ。力押ししかできない貴方の軍だけで動いたから、あれだけの被害が出たんでしょう?」
そう、ジュネの配下の吸血鬼やムドウ配下の人に化けることのできる魔人などを潜り込ませれば、内部からの破壊工作などをして、もっと楽に戦えたはず。
真っ向からの力押ししかできないザルカンの軍だけで動いたから、兵の消耗も多大なモノとなったのだ。
「そ、それはそうだが……」
正論をぶつけられ、しどろもどろになるザルカン。
場がザルカンの糾弾会になりかけたところを重厚な声が遮る。
「ヨーギ、ジュネ、やめろ。今更、ザルカンを責めたところで何になる。ムドウ殿、早く我らを召集した理由を述べられよ」
それは円卓の上に置かれた漆黒の竜の置物から発せられていた。
黒竜王アムト。全ての竜の祖たる最強最大の竜。
あまりの巨体のため、この会議場には入れず、この置物を通じて思念だけを送っているのだ。
魔神将最強のモノの声で諫められ、不承不承黙り込むヨーギとジュネ。
静かになった会議室。
辟易しながら喧噪を眺めていた魔老公が溜息を一つついてから口を開いた。
「全くお主らは顔を合わせると喧々囂々やりおって……さて、今回の召集の議題じゃが。屠竜剣オルフェリアじゃ」
その声に、一番早く反応したのは黒竜王であった。
「オルフェリア? あの跳ねっ返りがどうしたのですか? アイツは封印されているはずでは?」
「そのはずじゃったが、いつの間にかフッカーのド阿呆が持ち出して、平人のガキの手に渡っておるのじゃよ。黒竜王」
「何と?! フッカー、あの馬鹿が!」
竜の置物から放たれる濃密な気の圧力。
それは同格のはずの魔神将ですら圧倒されるほどのものであった。
「して魔老公。その今の使い手は追えているのですか?」
怒りを滲ませた黒竜王の言葉に、冷や汗をかきながら答えるムドウ。
「うむ、勿論じゃ。儂の孫娘のパメラと闇の大聖母の神官のジェダ。そしてザルカンの部下の二人の計四人に追わせておる」
ザルカンの部下、というところで眉をひそめるヨーギとジュネ。
「魔老公の孫のパメラや神官のジェダはいいとして、何故ザルカンの部下を使っておるのですか? 何故、我らに事前に連絡が無いのですか?」
「そうですわ。ザルカンの部下など力押ししかできないのだから、こんな任務には向いてないでしょうに」
捲し立てるヨーギとジュネ。
自分らに話が来ていないのに、ザルカンに話が行っているのが気に食わないのだ。
「俺の部下の二人は、その使い手らと、この前の人の街の戦で顔を合わせている。それ故、追跡隊に選ばれた」
ザルカンが部下の選抜の理由を説明する。
「なるほど顔を知っていると言う訳か……それなら、まあ」
「そうね」
渋々と矛を収めるヨーギとジュネ。
とその時、ムドウの目前に光球が出現した。
あの貴霊ホルベイルの使った遠距離連絡用の魔力球だ。
光球に手を当てるムドウ。
「おうおう、そうか。分かった」
役目を果たし、フッと消える光球。
「パメラちゃんからの連絡かしら?」
ジュネがムドウに聞いた。
それに頷いて口を開くムドウ。
「うむ、その通り。海路を行く船に乗っておったが、充分陸地から離れたので増援が来ないと判断して襲撃を掛けたそうじゃ」
そう言って海図を円卓の真上に映し出す。
海図の一点に光点が点る。
「ここの座標で、オルフェリアの使い手の一行に挑んだらしい」
「あ~。ここなら陸からかなり離れてるから、グレイズや都市国家の増援も期待できないわね。確かに」
「だな。俺らが絡めねえのは面白くねえが、これで終わりだな」
ジュネやヨーギが海図を見てつまんなそうに声を上げるが、ザルカンからは懸念の声が。
「いや、そう簡単にはいかないかもしれん。一行の中に大鬼殺しの息子がいるそうだ」
その言葉を聞いてざわめくヨーギとジュネ。
「は? あのパッサカリアをぶっ殺した大鬼殺しの息子か?!」
「あら、それは一筋縄じゃいかないかもね」
色々と言っているが、それでもこちらの追跡隊の勝利は疑ってないのだろう。声音は明るいモノだ。
しかし、そこに冷水を浴びせる声が。
「マズイ!」
黒竜王だ。
かなりの焦りを滲ませた声が置物から発せられている。
「魔老公、お孫殿に連絡を! 早くケリをつけるようにと!」
「ど、どうした、黒竜王?」
頭の上に?マークを付けたムドウの問いに、
「ここは彼奴、ティラの棲む海域に近い。もしティラがオルフェリアに気付いたら、間違いなくお孫さん諸共、問答無用で船を沈めにかかるだろう」
とアムトは説明する。
大海竜ティラ。黒竜王アムトと唯一互角に戦うことのできる竜である。
魔軍に与することなく南方海で悠々自適の生活を続けている、全長すらはっきりしていない海竜だ。
「あ? そうじゃった!」
「ヤバいんじゃないの?」
「アイツ、起きたら大惨事だぜ?」
「ムドウ殿、早く連絡を!」
黒竜王の言葉に、ムドウ・ジュネ・ヨーギ・ザルカンが次々と声を上げる。
「パメラ! パメラ! 聞こえるか!」
連絡用の魔力球を作る時間も惜しいのか、念話の術で孫に連絡を取ろうとするムドウ。
「パメラ! 応答せい、パメラ!」
しかし、いくら呼びかけてもパメラからの返答はないようだ。
はたして、一同の乗った船はどうなったのか。
そして再戦の行方は。
魔神将集結 終了
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