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第6章 嵐の南方海

第53話 海賊の襲撃

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 ポルカ半島ケセラへと向かう客船の中での生活が始まって三日目、ロウドは退屈していた。
 最初の二日間こそ初めての船旅でワクワクしていたものの、三日目ともなると飽きが来たのだ。
 なにせ陸地から離れた沖に出ているため、見える風景も海と空と雲のみ。
 現実世界の豪華客船などと違い娯楽施設があるわけでもないので、退屈を紛らわすことが全くできない。
 これが陸上の旅なら、合間を見て稽古をつけて貰うということもできるが、他の人も乗っている客船ではそんなことができるわけがない、と無い無い尽くしの船旅で、若いロウドは暇を持て余していた。

「あ~、海賊でも襲ってこないかな~」

 退屈すぎて不穏な考えをしてしまい、思わずそれが口に出る。

「お前な、冗談でもんなこと言うなよ。もし、船員に聞かれたら船から放り出されるぞ」

 ロウドの呟きを耳にしたコーンズが年長者らしく窘めた。
 
「そうだね。絶対、それ部屋の外では言わないように」

 ベッドに腰掛けて魔道書グリモワールを読んでいたイスカリオスが、ロウドに顔を向ける。

「船の中では、船長が法律。これが航海の不文律。さっきの言葉が船長の耳にでも入ったら、確実に海に投げ込まれるよ」

 怖いことを言って、魔道書グリモワールに視線を戻す魔術師ソーサラー
 少し顔を青ざめさせてコーンズに顔を向けるロウド。
 それを見返して頷く兄貴分。

「イスカリオスの言うとおり。船の上で船員たちを怒らせるようなことは言うなよ、いいな?」

 と珍しく神妙な顔付きで弟分を諭すコーンズ。
 と、その時。

「海賊だあ! 海賊船が来たぞ!」

 上の甲板の方から船員のダミ声が聞こえてきた。

「ほら、お前が変なこと言うから!」
「え、僕のせい?! 僕のせいなの?!」
「私たちも甲板に出よう」

 三者三様の反応の後、ロウドはオルフェリアと盾を、コーンズは弓を、イスカリオスは短杖ワンドを手に持って船室を出て、甲板に上がる。
 階段を登るロウドの腰で、オルフェリアがボソリと呟いた。
 
「船出してから気になってるが、この妙な魔力マナの波動は一体……」

 甲板に出ると、殺気だった船員たちに混じり、残りのメンツが既に船縁に立っていた。
 そちらに向かうと、気配に気付いたヴァルが振り向く。
 
「おう、来たか」

 イスカリオスが、

「海賊は?」

 と聞くと、海の方を顎でしゃくるヴァル。
 そちらに目線を向けると確かに、古式ゆかしい髑髏の海賊旗を掲げた帆船が近付いてきているのが見えた。

「今時、律儀に髑髏の旗おっ立てる海賊がいるとはね」

 思わず苦笑するイスカリオス。
 そう、海賊旗など掲げていれば『私は海賊です』と宣言してるようなモノだ。
 最近の海賊は、普通の商船のふりをして他の船に近付くのが主流となっている。

「で、呑気に近付くのを待つのですか?」

 そう言ったのはエリザベスだ。
 特製武装トランクを背負い、ガンを手に持っている。

「私のコレとコーンズさんの弓で、近付いてくる間に何人か血祭りに上げましょう」

 子供の外見で恐ろしいことを言うエリザベス。
 そばで聞いていた船員の何人かが引いていた。

「ああ、そりゃいいな。やろう」

 コーンズがそれに乗っかり用意を始める。
 複合弓コンポジット・ボウを構え、背の矢筒から取り出した矢をつがえる。
 弦を引き絞り、狙うは海賊船の甲板上。
 放たれた矢は、まだかなりの距離があるにも関わらず、甲板の上の海賊に突き刺さった。

「さすが最前線のルキアンで考案された新型弓。以前の弓なら届いてないぜ、この距離」
 
 当てることができて御満悦のコーンズに続き、エリザベスのガンが火を噴く。
 船縁の海賊がのけ反って倒れたのを見ると、これもヒットしたようだ。
 二人やられた海賊たちは慌てふためき、弓を持ち出してこちらに矢を放ってくるが、コーンズの複合弓コンポジット・ボウのような射程が無いのか、客船に届かず海へと落ちるばかりであった。

「さて、俺もやるか。ロウド、お前も来い」

 そう言って、ロウドを手招きするヴァル。
 
「なにをするんですか?」

 寄ってきたロウドの肩を抱き、イスカリオスに、

「二人一緒にやれるだろ?」

 と声を掛ける。

「まあ、重量的には問題ないけど。いいのかい、ロウドくんに説明しないで?」

 これから何をやらされるか全く分かっていないロウドをちらと見て、イスカリオスは心配そうに言った。
 イスカリオスの言葉を聞いて、何が起きるのか不安になってきたロウドの肩を、逃げないようにがっちりホールドする脳筋。

「な~に、言葉よりも実践だ。やってくれ」
「分かったよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 少年の抗議を聞かなかったことにして、イスカリオスは二人に術を掛けた。
 ふわりと浮くロウドとヴァル。
 浮遊レビテーションの術だ。
 足元の覚束ない感触に居心地の悪さを感じるロウド。

「じゃあやるよ。ロウドくん、気を付けてね」

 もう一つの術、念動テレキネシスでもって、浮いてる二人を海賊船の方へと思いっきり押し出す。

「うわあぁぁぁ!」

 悲鳴と共に空をすっ飛んでいくロウド。
 その横を飛ぶヴァルは平然としており、こういうことを何度かしていることを窺わせた。
 
「おい、ロウド。そろそろ到着だ。気張れよ」

 ヴァルの言うとおり、目前に海賊船が迫っていた。
 飛んでくる二人に対して矢が殺到するが、ヴァルが大鬼殺しオーガ・キラーを風車のように回してそれを打ち落とす。
 二人が船縁を通り越し、海賊たちの真上に来た段階で、イスカリオスは浮遊レビテーションの術を解除した。
 ヴァルは経験済みなのできちんと着地できたが、初体験のロウドは甲板に墜落、付いた慣性に従いゴロゴロと転がっていく。

「あっ、あだだだだ!」

 並べてある樽にぶつかってようやく止まることができた。
 
「だから気張れよって言っただろうが。ったく……」

 その体たらくを苦笑気味に見ていたヴァルだが、呆気に取られている海賊に向き直り、獰猛な笑みを浮かべる。

「さあて海賊諸君。アレルヤ地方の法において、安全な航海を妨げ略奪暴行を行うお前らに人権は無い。その場の判断で処罰オーケー、分かってるよな?」

 その言葉で我に返ったか、口々に絵に書いたようなチンピラ台詞を喚き散らす海賊たち。
 
「あんだとう、やれるもんならやってみろ!」
「ふざけやがって!」
「でけえ口叩くなよ、木偶の坊!」

 そんな罵声を右から左へと聞き流して、ヴァルは一言。

「いいから、さっさとかかってこい」

 舶刀カトラスを振りかざして走り寄ってくる海賊たち。
 
「うらあ!」

 気合いと共に大鬼殺しオーガ・キラーを横薙ぎに一閃。
 三人の海賊の胴体が上と下とに泣き別れになり、落ちた上半身と倒れた下半身の切断面から、湯気の立つ臓物はらわたと大量の血が溢れ出る。
 辺りに立ち込める生臭い匂い。
 
「ひいっ!」

 仲間三人が一瞬にしてぶった切られたことにより、後続は及び腰になっていた。
 
「その武器、まさかとは思ってたが、大鬼殺しオーガ・キラーか?!」
 
 ヴァルの得物に気付いたらしい一人の海賊が、悲鳴に近い声を上げる。
 
「今頃、気付いたのかよ」

 ヴァルがそう言うと、海賊どもはさっきの威勢の良さはどこへやら、恐怖を顔に出し悲鳴を上げ始めた。
 
「な、なんて奴が乗ってる船を狙っちまったんだよ」
「み、皆殺しにされる!」
「俺知ってるぜ! 大鬼殺しオーガ・キラーの持ち主は、思い通り使えるようにするため、大鬼オーガと同じように人の肉を食ってるんだって!」

 何か変な噂が流れているようだ。
 そんな風にヴァルが大鬼オーガそのもののように恐れられている脇で、ロウドも海賊の相手をしていた。
 ロウドの方には二人の海賊が来ており、二対一の攻防となっている。
 なにせ鎧を着込む時間など無かったので、装備はオルフェリアと真銀の凧型盾ミスリルのカイト・シールドのみ。
 そんな状況なので苦戦しているかと思いきや、ロウドは善戦していた。
 右からの攻撃をオルフェリアで受け流し、左からの攻撃は真銀の盾ミスリル・シールドで危なげなく受け止める。
 そして、相手の隙を狙ってオルフェリアの剣戟を繰り出す。
 ロウドが無傷なのに対し、二人の海賊は致命傷こそ無いものの、かなりの傷を負っていた。
 あの小鬼ゴブリンを相手にオタオタしていた頃とは大違いの戦い振りである。
 色々と激戦をくぐり抜け、ロウドも成長しているのだ。
 そんなロウドの戦いをじっと見ている者がいた。
 客船の甲板からリーズが熱い視線を送っていたのだ。

「いいぞ、ロウド。アーサーの言ったことは正しかった。お前は強くなった、あの町で相まみえた時とは比べるべくもなく。ああ、早くお前と切り結びたい」

 リーズはロウドとの再戦を心待ちにし、胸を熱くしていた。


海賊の襲撃  終了 
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