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第6章 嵐の南方海

第52話 船出

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 聖都キタンを中心とした都市国家連合があるのは、ここグレイズ王国の南東のポルカ半島である。
 どうやってそこに行くかを話し合った結果、船で港湾都市ケセラに行き、そこから陸路で行くとこになった。
 何故、陸路オンリーにしなかったかというと、グレイズ王国の東の国境は南の大河トスカ河が流れており、それを渡し船で渡らなければならない。
 どうせ船に乗るなら、ここバルトからケセラまでの航路を持つ船があるから、それに乗ろうということになったのだ。
 それにケセラでは、勇者が蜥蜴人リザードマン退治をしたみたいなので話を色々聞くこともできるだろう。
 出航は明後日、一めぐりかけての船旅となる。

 さて、この世界の日にちの概念を説明したいと思う。
 一年は三百六十日、春夏秋冬の四つに分けて各季九十日。
 十日をひとまずの区切りとしてめぐりとするので、一つの季は九めぐりで終了。
 この概念でこの日を表すならば、春の四巡目の八の日となり、出航の日は春の四巡目の十の日となる。
 
「一めぐりかけての船旅かぁ」

 ベッドに潜り込みながら、ロウドは呟く。
 口調が何となく浮かれている。

「船に乗るのは初めてかい?」

 同じく就寝に入ろうとしていたイスカリオスが聞いてきた。

「はい。領地の池でボートに乗ったことしかなくて、ちゃんとした船に乗るのは初めてです」

 喜色を露わにした声で答えるロウド。
 そこに横から、意地悪い口調でコーンズが口を挟む。

「そうかそうか。船に乗んのは初めてか。じゃあ船酔いに気を付けねえとな」
「船酔い?」
「ああ、船酔いだ。池なんかと違って、海には波がある。つまり、そこを行く船は結構揺れるんだよ。で、体質が合わねえとその揺れで酔っちまうのさ」

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、ロウドに説明するコーンズ。
 
「よ、酔ったらどうなるの?」

 不安げな顔になるロウド。

「決まってっだろ。気持ち悪くなって、ゲーゲー吐くのさ」

 不安そうな表情の弟分を見て嗜虐心が浮かぶのか、楽しそうに言うコーンズ。

「うわ~、嫌だ~。ねえ、コーンズ。船酔いにならない方法ないの?」
「いや~、ないな。これはもう、体質次第だからなぁ」

 そんなふうに弟を虐めて楽しむ兄に、さらに上の兄貴が釘を刺す。

「コーンズ、いい加減にしろ。いつまでもロウド虐めてんじゃねえよ。ロウド、心配なら酔い止めの薬でも飲んどけ」

 コーンズを窘めたあと、不安がるロウドに薬があることを教えるヴァル。

「え? 薬あるんですか?」

 目を丸くするロウドに、

「そういう症状があるのに、薬が無いわけないだろ」

 とヴァルはきっぱりと言った。

「アナスタシアに言えば、船酔い止めの薬作ってくれるんじゃないかな? 明日、朝飯の時にでも聞いてみなよ」

 イスカリオスが苦笑しながらロウドに提案する。

「はい、そうします。皆さんは大丈夫なんですか?」

 それに対するコーンズの一言。

「そんな繊細な奴が、ウチのパーティにいると思うか?」

 至極もっともな言葉に首を横に振るしかないロウドであった。
 そして翌朝。
 ロウドはアナスタシアに話を持ちかけ、船酔い止めの薬を作って貰うことにした。
 
「というわけで、船酔い止めの薬とか作れる?」
「船酔い止め……うん、配合表にあったと思う。多分、手持ちの材料で大丈夫かな」

 アナスタシアの答えを聞いて、ホッとした表情になるロウド。
 
「良かったぁ。そういえば、アナスタシアは船大丈夫?」

 ロウドの問いに、

「私は北方海で漁師さんの船に乗せて貰ったことあるから」

 と答えるアナスタシア。

「え、そうなの? なんで漁師さんの船に?」
「北方海でしか穫れないノースカラって魚がいるんだけど、これの一部が錬金術の材料になるの。だから、先生と一緒に乗せて貰ったのよ」

 少年少女が仲良く喋っているそこに横から口を挟む小姑メイドが一人。

「北方海の荒波に比べれば、南方海の波など凪も同様。そこで鍛えたアナスタシア様が船酔いなどなるわけがありません。軟弱なお坊ちゃまとは違うんですよ」

 薄い胸を張りドヤ顔のエリザベス。
 初めて乗る船、そして海に怯える少年を見るその目はこう言っていた。

『海とそこを進む船が怖いんですか~? そんなのではアナスタシア様の相手と認めるわけにはいきませんねぇ』

 見た目だけは十歳くらいの少女な分、その冷ややかな目はなおさらロウドに突き刺さった。
 年端もいかない子供に軽蔑されているような感じになるのだ。
 
「うっ」

 冷たい視線に押され、タジタジとなるロウド。
 今度は助けは来なかった。
 ヴァル、ミスティファー、イスカリオス、コーンズの四人はチラとこちらを見たものの、我関せずと食事に戻ってしまった。
 そして当のアナスタシアは、自分を巡ってロウドとエリザベスの間で熾烈な戦いが起きていることに、全く気付いていない。
 孤立無援のロウド。
 そこに呆れた口調でオルフェリアが諫めに入った。

「エリザベス、大人げないぞ。ロウドはやっと卵の殻が取れたばかりの雛のようなもの。わらわ程ではないが、お前とて長く生きた身なのじゃから、少しは寛容になれ」

 数百年、いや下手をすれば千年単位で生きてきたであろう竜殺しの言葉にはさすがに逆らえないのか、渋々と矛を収めるエリザベス。

「……分かりました、オルフェリア様」

 ロウドを一目睨んだあと、アナスタシアの話し相手に戻るエリザベス。
 
「オルフェリア、ありがとう」

 腰の愛剣に礼を言うロウド。

「うむ。しかし、ロウドよ。エリザベスの言うことももっともじゃ。船酔いなどになってるようでは、男の名折れ。薬などに頼らず、気合いでなんとかせい」

 手厳しい言葉に首を竦めるロウド。
 そして、船出当日の朝。
 結局、ロウドは船酔いしている情けない姿を見せたくない一心で、アナスタシアの用意してくれた薬を飲んだ。
 ヴァルは宿の店主兼冒険者組合ギルドの長であるフランクに別れの挨拶をしていた。

「世話になったな、フランク」

 それに対して、フランクは鉄鉤の左手を振りながら、とんでもないことを口にする。
 
「いやいや、世話になったのはこっちだよ。お前らが上手く動いてくれたおかげで厄介な奴らを潰せたからな」

 ロンダーズを潰すために〈自由なる翼〉を利用した。
 そのことをいけしゃあしゃあと笑って告げるフランク。

「やっぱり俺らをロンダーズにぶつける気満々だったのか」

 苦笑するヴァルの肩をポンポンと叩き、フランクは酒瓶を一つ棚から取り出した。

「お前らなら何とかなると思ったからな。これは駄賃だ、持ってけ」

 そう言って、ヴァルに酒瓶を放る。
 キャッチした酒瓶のラベルを見たヴァルは目を見開いた。

「バリセンの二十年物か」

 麦酒ビールを蒸留して作られる火酒ウイスキーの年代物だ。
 
「へっ、ありがたく貰っとくよ。じゃあな」

 宿を出て港に行くと、大きな旅客船が見えた。
 既に乗船は始まっていて続々と人が乗りこんでいる。
 
「エドガーおじさん、みんな来たよ」
「お、やっと来たか」

 見送りの人々の中に、ミーシャとエドガーがいた。
 
「見送りに来てくれたんだ」
「うん!」

 ミスティファーが笑みを浮かべて、ミーシャの頭を撫でる。
 
「見送りご苦労です。貴方もあの子のお伴大変ですねえ」

 ミーシャが見送りに行くと駄々をこねたんで一緒に来たのであろう爺やに労いの言葉をかけるイスカリオス。

「これも自分で選んだ道だ。別に苦ではないさ」

 男臭い笑みを浮かべるエドガー。
 ひとしきり話した後、二人に見送られて客船に乗りこむ一同。

「じゃあね。又こっちに来たら会いに来てね」

 手を振り大声を上げるミーシャに、船縁から手を振り返す。
 そんな脇で、リーズたちオルフェリア奪還部隊も船に乗りこんでいた。

「あ~、早くこんな窮屈な人の姿、解除してえ」

 皮鎧の平人ノーマンの大男に化けたレグが不平を口にした。
 さすがに大鬼オーガの体躯で人間社会に潜入できるわけないので、術によって縮小されているのだ。
 
「レグ、滅多なことを口にするな。誰が聞いてるとも限らん」

 幼馴染みの古大鬼ハイ・オーガの族長の息子を小声で窘める黒騎士リーズ。
 こちらも普段の鎧ではバレバレなので、光沢を消して普通の鉄のようにして、意匠も少々変えてある。
 
「ホンットに考え無しよね。馬鹿レグ」

 額の角を不可視にした魔少女パメラが毒づく。
 最後の一人、鎖帷子チェイン・メイルの見た目は冴えない中年男の姿の魔族ダークワンジェドが口を開いた。

「ここは敵地、雌伏の時です。然るべき時になったら思う存分力を振るい、我が神〈闇の大聖母グレート・マザー〉に逆らう輩に鉄鎚を下せばいいのです」

 小声で〈闇の大聖母グレート・マザー〉への祈りを捧げるジェド。
 どうやら〈闇の大聖母グレート・マザー〉に仕える神官クレリックのようだ。
 
「ジェドの言うとおりだ。この船が沖に出た時が勝負、それまで我慢しろ。いいな、レグ」
「ちっ、分かったよ」

 客船は出航した。
 その内部に、禍々しいモノを孕んだまま……


船出  終了
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