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第5章 悪徳の港町バルト

第50話 バルト事件の顛末

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 一晩掛けた馬鹿騒ぎの終わった朝。
 その後の展開は拍子抜けするほど速かった。
 買収されていた街の衛兵はロンダーズのNo.1とNo.2が消えたと知るや、本来の主人を思い出したのか領主トールマン公爵のもとに馳せ参じ、その号令一下、ロンダーズの本拠アジトの地下カジノを強襲したのである。
 これにより、構成員のほとんどが捕縛、悪事の証拠なども入手することができた。
 本拠アジトにいなかった奴らも、ここぞとばかりに動いた冒険者組合ギルドの手の者により捕らえられ、公爵に引き渡された。
 こうして機を見るのが敏感な日和見連中の活躍により、港町バルトにて覇を唱えた犯罪組織ロンダーズ・ファミリーは壊滅することとなる。
 そして、翌日。

「いや~、ありがとう。キミたちのおかげで、ロンダーズを潰すことができたよ」

 公爵邸の広間にて、トールマン公爵が上機嫌な様子で酒のグラスを片手に持ち、満面の笑みで声を上げる。
 こじんまりとした立食パーティーが行われており、広間の客は、丸一日休んで回復した〈自由なる翼〉の面々。
 そして、ロンダーズ無き今、バルトの裏社会の覇者に返り咲いたカーレル・ファミリーのボスのミーシャと後見人のエドガーである。
 
「いや、俺たちは仲間を助け出しただけだから」

 卓上の肉料理を自分の持つ小皿に移しながら、ヴァルが言った。

「ま、それはそうね。この町の裏の覇権がどうなろうと私たちには関係ないから。コーンズがヤンソンに突っかかりさえしなければ問題なかったのに」

 そんなミスティファーの言葉に、不貞腐れた様子のコーンズが反論する。

「悪かったと思ってるよ。でもアイツ見たら、思わず追っちまったんだから仕方ねえだろ」
「たく……尾行して返り討ちにあって、とっ捕まったなんて、馬鹿丸出しじゃないの」
「そ、それは……」
「そもそも勝手に追わないで、私たちに一言でもいいから言ってからになさいよ」

 ミスティファーの口撃にタジタジとなるコーンズに助け船を出すイスカリオス。

「ヤンソンのことが無くても、オルフェリアの今の主であるロウドがいる時点で、フッカーは私らに絡んできたと思うけどね」

 イスカリオスのその言葉に、コーンズへの口撃を止めて考え込むミスティファー。

「あ~、まあ、そうね。てゆうか、あの魔神デモンはオルフェリアに何をさせたいのかしら?」
 
 ミスティファーの疑問に答えるオルフェリア。

わらわを解放するときの話では、今は魔族ダークワン側が優勢なので少しでも戦力を拮抗させたいらしい」
「つまり、オルフェリアとその主を対魔族ダークワンの旗頭するってことかい?」

 イスカリオスの言葉を肯定するオルフェリア。

「うむ。そういうことなのじゃろうな」

 フッカーの意図がイマイチ読み取れず、考え込む〈自由なる翼〉一同。
 
「もしかしたら聖剣の覚醒も、フッカーの仕業かも」

 アナスタシアのその意見を、即座に否定するオルフェリア。

「それだけはない。天の栄光グローリアスは太陽神の遣わしたものであるが故に、魔族ダークワンを心底嫌っておる。フッカーの言葉なぞ聞き入れはしまいよ」
「そっかぁ。いいこと思いついたと思ったのに」

 せっかくの意見が否定されて少し落ち込む主人を慰めつつ、機巧からくり少女が意見を述べる。

「アナスタシア様、お気を落とさずに。しかしオルフェリア様だけでなく、天の栄光グローリアスまでが使い手を選んで覚醒するとは。これから魔族ダークワンとの戦いが激化するのは間違いないですね」
「うむ。既に太陽神を奉ずる法王庁の奴らが『聖剣の勇者』を旗頭にして、なにやら動こうとしておるみたいじゃからな」
「勇者を旗頭にして聖戦、ですか?」
「聖剣の勇者の誕生、という大義名分を得た奴らならやりかねん」

 オルフェリアとエリザベスのキナ臭い会話。
 長く生きた者としての経験が感じられるその会話に、ロウドが口を挟む。

「あの~、オルフェリア。聖戦って、法王庁が魔族ダークワンに戦争を仕掛けるってこと?」
「そうじゃ。奴らは自分たちを、主神たる太陽神の地上代行者、この世の絶対正義と思うておるからの。聖剣の勇者という旗頭が出てきた以上、遠からず大々的に演説をぶって信徒を駆り立てることじゃろう」
「でもそんなことしたら、下手をすれば全面戦争、新たな人魔戦役が起きるよね? 人がいっぱい死ぬよ?」
「法王庁の奴らは、信徒が魔族ダークワンとの戦いで死ぬことなど毛ほどにも気にしてはおらん、自分たちも含めてな。『教義のために死ねたのだ。汝らの魂は神のおられる喜びの野に至るであろう。歓喜に打ち震えながら死ぬが良い』とか、平気でのたまうからな」

 オルフェリアの口から紡ぎ出される法王庁への罵詈雑言。
 色々あって言っているのだろうが、己を庇って死んだ兄が太陽神の神官クレリックだったこともあり、ロウドは少しモヤるモノがあった。

「で、でもさ、太陽神の神官クレリックにもいい人はいるでしょ」
「ああ、それはそうじゃな。きちんと民を守ることを第一とする者も確かにいる。それは認める。が、法王庁、奴らは駄目だ。奴らは教義の、太陽神のためになら信徒全てを死に追いやるじゃろう」

 きっぱりと断言するオルフェリア。
 過去にどれだけ、法王庁の暴挙を見てきたのか。
 太陽神との関わりなど、領地の村の太陽神の神官クレリックの説法を定期的に聞いていたぐらいのロウドには、オルフェリアの法王庁への悪感情をイマイチ理解できず、渋面になって黙るしかない。
 他の皆も同様であるが、ただ二人。
 長く生きてきて同じように法王庁の暴挙を見たことがあるのであろうエリザベスと、養父兼師匠を太陽神の信徒に殺されたイスカリオスだけは、うんうんと頷いていた。
 
「と、とにかくキミたちはこれからどうするのかね?」

 重苦しくなった雰囲気を振り払うように、トールマン公爵が殊更明るい顔で聞いてきた。

「ああ、ここに来た目的は錬金術の素材を買いにだからな。明日一日使って街を回って珍しい物を探す」

 公爵の気遣いに乗ったヴァルが、本来の街の訪問の目的を口にする。
 そう、本来はアナスタシアの錬金術に使う素材を買いにここまで来たのだ。

「錬金術の素材?」
「どういうことだ?」

 公爵に加え、今までミーシャの世話をしていたエドガーが話に乗ってくる。

「この娘、アナスタシアは錬金術師の卵なんだよ。今まで北に住んでたんだけど、素材を求めてやって来たんだ。だよな?」

 ヴァルは取りあえずの説明をして、アナスタシアに話を振った。
 話を向けられたアナスタシアは、注目を浴びて赤くなりながらも自身の説明をする。
 
「は、はい。私は北方移民領で生まれ育ちました。ファナンシュから移り住んだ先生に師事して錬金術を習い、一応及第点は貰えたのですが、あそこではまともな素材がありません。なので、素材を集めに旅に出たんです」

 小声で説明するアナスタシアに、ミーシャが子供らしく率直な質問を投げてきた。

「その先生は素材を持ってないの?」
「勿論、先生はファナンシュから持ってきた素材を沢山持ってらっしゃいます。しかし、それは先生の物。修行で使うならともかく、一人前の御墨付きを貰った以上、使わせて貰うわけにはいきません。餞別に多少分けていただきましたが、それ以上は甘えることなく自分で素材を集めないと」

 アナスタシアの言葉に、わざとらしくハンカチを目に当て流れてもいない涙を拭く真似をするエリザベス。

「ご立派でございます、アナスタシア様! このエリザベス、どこまでも着いて参りますから、もう置いていくなどしないでくださいませ!」
「う、うん、分かったから」

 一度置いていかれたことを根に持っているエリザベスに、微妙な顔になるアナスタシア。

「じゃあ、明日街を案内してやるよ。掘り出し物を扱ってる一見さんお断りの店なんかにも連れてってやる」
「おう、そりゃありがたいな」

 エドガーの申し出に、破顔するヴァル。

「で、素材を買った後はどうするのかね?」

 公爵の問いには、ミスティファーが答えた。

「宗教都市キタンに向かいます。ヴァルのお母さんのリリアナさんから、聖剣の勇者の様子を見てきてくれって頼まれてますから」
「聖剣の勇者の?」
「ええ。今回の勇者様は、リリアナさんのかつての仲間、四英雄の一人、太陽の申し子チャイルドオブサンアベルの娘さんらしいから。それを気にしてて」
「なるほど、かつての友の娘が心配なのか。お優しい。さすが四英雄の紅一点、月の戦乙女ムーン・バルキリー

 リリアナが勇者となったキャサリンを心配していると聞いて、感心するトールマン公爵。
 どうやら、リリアナを慈愛に溢れた聖女だと思っているらしい。
 母親の本性をばらしたくなったヴァルだが、すんでの所で踏み止まった。
 公爵の幻想を壊すのも可哀想だったし、本性をばらしたことが知れたら殺されかねない。
 まだまだ魔神殺しデモン・スレイヤーの四英雄と呼ばれた親たちのレベルには遠く及ばないのは自分でもよく分かっているので、極力逆らわないようにしているのだ。
 
「とにもかくにもキミたちには世話になった。これから何かあった時には、いつでも相談してくれ。私の力の及ぶ限り、力になろう」

 上機嫌で言ってくる公爵様。
 それを追うようにエドガーも口を開く。

「ホントにな。何かあったら相談してくれ」

 そう言ったエドガーに、ふと気になったことを尋ねるコーンズ。

「そういや、カーレル・ファミリーはどうなるんだ?」
「今更カタギにはなれねえからな。目の上のたんこぶのロンダーズもいなくなったし、バルトの裏を仕切るさ」

 そこにツッコミを入れる公爵。

「程々にしといてくれよ。目こぼしするにも限度があるからな」
「分かってるさ、公爵。少なくともロンダーズよりは大人しくしてるよ」

 公爵とカーレルの実質上のボスであるエドガーの癒着とも取れる会話であるが、皆聞かなかったことにした。

「明日は一日かけて街の観光と買い物かぁ」

 ロウドの呟きに、アナスタシアが楽しそうに追随する。

「楽しみだね、ロウドくん」
「はい」

 そんな少年少女の喜びようを目を細めてみる大人勢であった。


バルト事変の顛末  終了 
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