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第1章 最初の冒険ゴブリン退治
第5話 闇の騎士
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もう完全に積みの状況だった。
アーサーとロウドは雑魚と乱戦状態、カリンは頭にいいのを貰ってノックアウト、ジャンは嬲り者にされている。
全滅するのも時間の問題かと覚悟したとき、状況が変わった。
地底湖ホールの入口である坂道の上の方から音がしたのだ。
それは鎧と靴の音だった。誰か鎧を着た者が坂道を降りてきているのだ。
ジャンを嬲っていた小鬼の内の一匹が坂道に駆け寄り、上を見上げる。
「!」
ビクッと体を震わせ恐怖の表情で振り返り、群れのボスたる上位種へと叫ぶ。
「△△○△!」
魔族語による報告を聞いた上位種三匹の顔色が変わった。報告した小鬼と同じように恐怖を顔に浮かべている。
見れば、他の小鬼たちも動きを止めていた。
憎き太陽神の神官たるジャンを楽しそうに小突き回していた奴らもだ。
人をいたぶるのが心の底から大好きな小鬼に、それを忘れさせるとは、この音の主はそれほど恐ろしいのであろうか。
この機に反撃すればいいのだが、小鬼たちの緊張がロウドやアーサーにも伝播したのか、固唾を飲みながら坂の降り口を凝視している。
ホール内の全ての者が見守る中、音の主が坂を降りきり、ホールに姿を現した。
全身を板金で覆った黒く輝く騎士鎧を着込み、左脇には兜を抱えた騎士だ。
兜を被ったときに邪魔にならないよう、それなりに短く整えられた黒髪。眉目秀麗な涼やかな顔は、少し青白いのが難点だが、都に行けば、貴族の御令嬢たちが放ってはおくまい。
年の頃は二十歳を少し越えたぐらいか。
青年騎士はホール内を睥睨し、口を開いた。
「○△○○△~~」
魔族語であった。青年騎士の口からは魔族の使う言葉が発せられていた。
「魔族……なのか?」
ロウドの疑問にアーサーが説明を入れる。
「おそらく魔人だ。魔神が産み出した、その下の階級の魔族だよ。その姿と能力は千差万別で、中には俺たち平人と見分けつかないのもいるらしいとは聞いていたが」
神代の昔、太陽神を主神とする光の神々と戦うため、闇の大聖母は魔神と竜を産み出した。
そして魔神は、己の手足とするために様々な生物を産み出した。それが魔獣であり魔人である。
「しかも黒魔鋼の鎧を装備してやがる」
「オブシダナム?」
「ああ、魔族側で重宝されている金属だ。俺たちにとっての真銀のようなもんだ。黒曜石みたいに黒く輝くから、もじって名付けられた。魔族側の正式名称は知らんがな」
アーサーとロウドの会話の傍ら、魔族の騎士の怒鳴り声が響いていた。
雑魚が直立不動、上位種三匹がペコペコ頭を下げているのを見ると、叱責しているのか。
しばらく怒鳴り続けた後、溜息を一つつき、騎士は右手で坂を指し示した。
頭目と呪術師が反論するが、騎士の一喝を受け項垂れて雑魚どもに指示を出し始める。
先程までの狂乱が嘘のように粛々と列を成して、坂道を登っていく小鬼たち。
上位種も最後尾に並び、前方の雑魚どもに喚き散らして追い立てながら登っていく。
小鬼の乱雑な足音がしばらく坂の上から聞こえていたが、それも聞こえなくなった。
こうしてホールから小鬼は消え失せた。
ロウドは状況の変化についていけず、呆然とした表情で先輩冒険者に問いかける。
「あの……アーサーさん、これは一体?」
問われたアーサーにも答えようがなかった。
全滅を覚悟した瞬間、高位の魔族が現れて小鬼たちを追い払った。
全く以て訳が分からない。
だが確かなことは、目の前の魔族の騎士が救世主などではない、ということだ。
騎士がこちらを見る目には明らかに親愛の情は無い。
「小鬼はホントに使えないな。指示があるまで大人しくしていろと言っておいたのに、勝手に村を襲って冒険者を招き寄せるとは。所詮は消耗品の最下級だ。そう思わないか、冒険者?」
騎士の口から、光の陣営で使われている共通語が飛び出した。
「魔族が共通語を!」
驚くロウド。
魔族が共通語を喋るなど聞いたことが無かったのだ。
ロウドの驚きの声を聞いて、不快気に眉をひそめる魔族の騎士。
「お前ら如きの使う言葉を、我らが理解できないとでも思っていたのか? 見くびらないで貰おう」
どうやら、ある程度以上の知性を持つ魔族なら、共通語を喋ることができるらしい。
「どうせ、お前らは俺たちのことを『ただ暴れ回っているだけ』と思っているのだろうな。さて、短い付き合いになると思うが、礼儀として名乗っておこう」
右の握り拳を額に当てる魔族式の敬礼を取りながら、騎士は高らかに名乗った。
「魔神将暴虐のザルカン閣下麾下、第七鷲翼獅子騎団所属、リーズだ。ああ、お前らは名乗らなくてもいい。すぐ殺す相手の名など聞いても意味が無いからな」
酷薄な笑みを浮かべながら、背に右手を回し、得物の柄を握る黒騎士リーズ。
背負っていたのは柄の短い斧槍だった。
鎧の背中の支持架に魔力を通してロックを外し、斧槍を前に持ってくる。
柄を両手で握り魔力を篭めると、スルスルと伸びていく。どうやら、使用者の意思通りの長さに調節できるらしい。
「さて、死んで貰おうか」
殺意を宿らせた目でアーサーとロウドを見るリーズ。
兜を被って、完全防護状態になる。ちなみに兜は、開閉できる面頬のついた頭全体を覆うタイプだ。
「なあ、一つだけいいか? さっきの小鬼たちに何をやらせる気なんだ?」
アーサーの問いに気勢を削がれたように眼光を緩めながら、律儀に答えるリーズ。
「いいだろう、冥土の土産に教えてやる。聖堂騎士団グレイズ王国支部を潰すのさ」
聖堂騎士団。太陽神の教団の中心たる法王庁の最大戦力。
神官の資格を持つ騎士、いわゆる聖騎士で構成された戦闘集団で、生半可な騎士団では足元にも及ばないとされている。
その存在理由は『魔族に脅かされている人々を護ること、太陽神に仇なすものを排除すること』であり、魔族にとっては目の上のたんこぶ以外の何物でも無い存在である。
本部は、光の神々の本神殿が集まる宗教都市キタンにあるが、グレイズ王国では、太陽神の熱烈な信徒であるマルコス伯爵領に支部を置いていた。つまり、今現在の舞台になってる領地である。
「あんな小鬼の群れ如きで、聖堂騎士団を潰せるわけないだろ」
「さっきの小鬼どもだけじゃない。他にも戦力を領地内に潜伏させている。大鬼、巨人、調教した魔獣、そして俺の同僚たちもな。それらを総動員して聖堂騎士団を潰す」
黒騎士の言葉に肝が冷えるアーサー。
『ヤバい! 聖堂騎士団の支部のすぐ近くにはグレタの町がある。巻き添えを食うのは間違いない。襲撃があるのを報せねえと。冒険者組合と、ついでに聖堂騎士団にも。しかし、組合はともかく、騎士団の奴らは俺たち冒険者を嫌ってるからなぁ。話を聞いてくれるかどうか……ん、そうだ』
視界の隅の後輩を見て、全てを託すことを決意するアーサー。
「ロウドなら、最下位の男爵家とは言え貴族のお坊ちゃまだ。高慢ちきな奴らも話を聞くだろう」
何とかしてロウドをここから逃がして、知らせに行かせないと。
そう決意し、疲れ切った体に活を入れ奮い立たせる。
戦鎚を構えたアーサーを見て、目を細めるリーズ。
「ほう、戦い抗う気か。大人しくしてれば、一撃で冥界に送ってやったものを……」
そう言いながら、リーズの声には喜びの色があった。
そう、力の限り抗って見せろ! 俺を楽しませろ!
光の世界を破壊せんがために産み出された魔人の性。戦いのみが心を熱く沸き立たせるのだ。
「来い、平人の戦士よ!」
「おおお!」
雄叫びを上げ戦鎚を振り上げながら、リーズに挑みかかるアーサー。
戦鎚と斧槍の柄が噛み合って鍔迫り合い状態になった。
互いに力を篭めて押し切ろうとするが、腕力は互角に近いのか、中間点で拮抗している。
アーサーの援護すべきかどうか悩んでまごまごしているロウドに、アーサーの鋭い声が掛かった。
「何してる! 早く行け、ロウド!」
「え?」
「俺がコイツの相手してる内に、ここを出てグレタの町の冒険者組合、そして聖堂騎士団に知らせるんだ! 魔族の軍団が襲撃してくるって!」
「何? させるか!」
アーサーの意図に気づき、斧槍を引き戻そうとするリーズ。
しかしアーサーは戦鎚を押し込んで、鍔迫り合いを続行する。
「早く行けよ!」
「で、でも!」
確かに誰かが伝えに行かなければならない状況だとは分かっている。だが先輩たちを見捨てて、自分だけ離脱するなんて、ロウドにはできなかった。
「俺が保たせられている内に……」
戦鎚を押し込み続けるアーサー。その顔には大量の脂汗が。
よく見れば、鎖帷子の下から血が流れだしていた。小鬼の槍が貫いて傷を負わせていたのだろうか。
「ロウド、頼む。グレタの町は俺たちのホームグラウンドなんだ……ゴハ! 知り合いが一杯いるんだよ! ソイツらに死んで欲しくないんだ!」
内臓が傷付いているのか、口から吐血しながらの願い。
おそらく、鍔迫り合いは長くは保たないだろう。
ロウドは歯を食いしばり数秒間の沈黙の後、こちらもまた血を吐くような思いで叫ぶ。
「必ず魔族の軍団よりも先に、グレタの町と聖堂騎士団に伝えます! お世話になりました!」
頭を下げ礼をした後、踵を返して坂を登っていくロウド。
「おのれ!」
「だから、お前の相手は俺だっての」
戦鎚と斧槍の鍔迫り合い。押し負けた方が体勢を崩して、相手の攻撃を受けるだろう。
しかし、この力比べはアーサーに分が悪いと言える。
小鬼との戦いで疲れ切ってる上に、傷を負って出血しているのだ。
踏ん張っているためか、腹の傷からの出血はかなりのものになっている。
柄の噛み合った所を支点にして、ぐるりと位置を変える二人。
「どうした、押す力が弱くなっているぞ。限界か?」
「う、うるせえ!」
リーズの言うとおり、アーサーの戦鎚は押され、鼻先寸前まで押し込まれていた。
もはや押し切られるのも時間の問題か。
だが、アーサー・パーティの起死回生の一手が炸裂する。
「やれ、ジャン!」
アーサーの合図と共に、
「太陽光」
ボソリと息も絶え絶えのジャンが神聖術を発動させる。
そう鍔迫り合いの最中に、ジャンが何とか上半身を起こしたのを見たアーサーは、彼に賭けたのだ。
攻撃を仕掛けるための隙を作ってくれることを。
眩い光がホールを照らす。
「がああ!」
まともに光を見てしまい、面頬の隙間部分を押さえて悶えるリーズ。
その隙を逃すアーサーではない。
戦鎚を振りかぶり、思いっ切り兜にぶちかます。
重い打撃音。急所の頭部に一撃を食らい、たたらを踏むリーズ。
「ジャン! アレを!」
友の要請に、瀕死のジャンは最後の嘆願を神に願う。
「神よ! 我が友の武器に、魔を祓う聖なる力を宿したまえ! 聖なる武器!」
友の戦鎚に光が宿るのを見届けて、ジャンはやり切った笑顔を浮かべながら息を引き取った。
ジャンが最後の力を振り絞った聖なる力の宿った愛用の武器を最上段に振りかぶり、兜ごと敵の頭を潰すために振り下ろすアーサー。
しかし、それは兜の上に横一文字に上げられた斧槍によって受け止められた。
魔族が太陽光を食らえば、七転八倒して苦しむはずなのに、リーズはもう回復していた。
「惜しかったな。俺のように平人にそっくりな魔人は、光に対する耐性があるんだ。光の陣営の奴らと同じように、目が眩むだけで済むのさ」
リーズの横蹴りがアーサーの腹に叩き込まれる。
傷を負った腹に蹴りを食らって、血を吐きながらもんどり打って倒れるアーサー。
力の抜けた手から戦鎚がすっぽ抜けて、地面に落ちる。
荒い息を吐きながら起き上がろうとするアーサーの傍に立ち、その胸を踏みつけながらリーズは言った。
「見事だった。名を聞いておこう。お前とあの神官の」
魔族の騎士を見上げながら、
「俺の名はアーサーだ。そして、さっき太陽光を使ったのはジャン」
と名乗るアーサー。
「そうか。覚えておこう。さらばだ、アーサー」
トドメを刺そうと斧槍を振りかざすリーズに、アーサーは宣言する。
「俺はここでお前にやられる。だけど、俺たちの仇は、必ずロウドが討ってくれる!」
「ロウドというのは、さっき逃がした子供の騎士か。奴が俺の前に立つのを楽しみに待つとしよう」
斧槍は振り下ろされた。
闇の騎士 終了
アーサーとロウドは雑魚と乱戦状態、カリンは頭にいいのを貰ってノックアウト、ジャンは嬲り者にされている。
全滅するのも時間の問題かと覚悟したとき、状況が変わった。
地底湖ホールの入口である坂道の上の方から音がしたのだ。
それは鎧と靴の音だった。誰か鎧を着た者が坂道を降りてきているのだ。
ジャンを嬲っていた小鬼の内の一匹が坂道に駆け寄り、上を見上げる。
「!」
ビクッと体を震わせ恐怖の表情で振り返り、群れのボスたる上位種へと叫ぶ。
「△△○△!」
魔族語による報告を聞いた上位種三匹の顔色が変わった。報告した小鬼と同じように恐怖を顔に浮かべている。
見れば、他の小鬼たちも動きを止めていた。
憎き太陽神の神官たるジャンを楽しそうに小突き回していた奴らもだ。
人をいたぶるのが心の底から大好きな小鬼に、それを忘れさせるとは、この音の主はそれほど恐ろしいのであろうか。
この機に反撃すればいいのだが、小鬼たちの緊張がロウドやアーサーにも伝播したのか、固唾を飲みながら坂の降り口を凝視している。
ホール内の全ての者が見守る中、音の主が坂を降りきり、ホールに姿を現した。
全身を板金で覆った黒く輝く騎士鎧を着込み、左脇には兜を抱えた騎士だ。
兜を被ったときに邪魔にならないよう、それなりに短く整えられた黒髪。眉目秀麗な涼やかな顔は、少し青白いのが難点だが、都に行けば、貴族の御令嬢たちが放ってはおくまい。
年の頃は二十歳を少し越えたぐらいか。
青年騎士はホール内を睥睨し、口を開いた。
「○△○○△~~」
魔族語であった。青年騎士の口からは魔族の使う言葉が発せられていた。
「魔族……なのか?」
ロウドの疑問にアーサーが説明を入れる。
「おそらく魔人だ。魔神が産み出した、その下の階級の魔族だよ。その姿と能力は千差万別で、中には俺たち平人と見分けつかないのもいるらしいとは聞いていたが」
神代の昔、太陽神を主神とする光の神々と戦うため、闇の大聖母は魔神と竜を産み出した。
そして魔神は、己の手足とするために様々な生物を産み出した。それが魔獣であり魔人である。
「しかも黒魔鋼の鎧を装備してやがる」
「オブシダナム?」
「ああ、魔族側で重宝されている金属だ。俺たちにとっての真銀のようなもんだ。黒曜石みたいに黒く輝くから、もじって名付けられた。魔族側の正式名称は知らんがな」
アーサーとロウドの会話の傍ら、魔族の騎士の怒鳴り声が響いていた。
雑魚が直立不動、上位種三匹がペコペコ頭を下げているのを見ると、叱責しているのか。
しばらく怒鳴り続けた後、溜息を一つつき、騎士は右手で坂を指し示した。
頭目と呪術師が反論するが、騎士の一喝を受け項垂れて雑魚どもに指示を出し始める。
先程までの狂乱が嘘のように粛々と列を成して、坂道を登っていく小鬼たち。
上位種も最後尾に並び、前方の雑魚どもに喚き散らして追い立てながら登っていく。
小鬼の乱雑な足音がしばらく坂の上から聞こえていたが、それも聞こえなくなった。
こうしてホールから小鬼は消え失せた。
ロウドは状況の変化についていけず、呆然とした表情で先輩冒険者に問いかける。
「あの……アーサーさん、これは一体?」
問われたアーサーにも答えようがなかった。
全滅を覚悟した瞬間、高位の魔族が現れて小鬼たちを追い払った。
全く以て訳が分からない。
だが確かなことは、目の前の魔族の騎士が救世主などではない、ということだ。
騎士がこちらを見る目には明らかに親愛の情は無い。
「小鬼はホントに使えないな。指示があるまで大人しくしていろと言っておいたのに、勝手に村を襲って冒険者を招き寄せるとは。所詮は消耗品の最下級だ。そう思わないか、冒険者?」
騎士の口から、光の陣営で使われている共通語が飛び出した。
「魔族が共通語を!」
驚くロウド。
魔族が共通語を喋るなど聞いたことが無かったのだ。
ロウドの驚きの声を聞いて、不快気に眉をひそめる魔族の騎士。
「お前ら如きの使う言葉を、我らが理解できないとでも思っていたのか? 見くびらないで貰おう」
どうやら、ある程度以上の知性を持つ魔族なら、共通語を喋ることができるらしい。
「どうせ、お前らは俺たちのことを『ただ暴れ回っているだけ』と思っているのだろうな。さて、短い付き合いになると思うが、礼儀として名乗っておこう」
右の握り拳を額に当てる魔族式の敬礼を取りながら、騎士は高らかに名乗った。
「魔神将暴虐のザルカン閣下麾下、第七鷲翼獅子騎団所属、リーズだ。ああ、お前らは名乗らなくてもいい。すぐ殺す相手の名など聞いても意味が無いからな」
酷薄な笑みを浮かべながら、背に右手を回し、得物の柄を握る黒騎士リーズ。
背負っていたのは柄の短い斧槍だった。
鎧の背中の支持架に魔力を通してロックを外し、斧槍を前に持ってくる。
柄を両手で握り魔力を篭めると、スルスルと伸びていく。どうやら、使用者の意思通りの長さに調節できるらしい。
「さて、死んで貰おうか」
殺意を宿らせた目でアーサーとロウドを見るリーズ。
兜を被って、完全防護状態になる。ちなみに兜は、開閉できる面頬のついた頭全体を覆うタイプだ。
「なあ、一つだけいいか? さっきの小鬼たちに何をやらせる気なんだ?」
アーサーの問いに気勢を削がれたように眼光を緩めながら、律儀に答えるリーズ。
「いいだろう、冥土の土産に教えてやる。聖堂騎士団グレイズ王国支部を潰すのさ」
聖堂騎士団。太陽神の教団の中心たる法王庁の最大戦力。
神官の資格を持つ騎士、いわゆる聖騎士で構成された戦闘集団で、生半可な騎士団では足元にも及ばないとされている。
その存在理由は『魔族に脅かされている人々を護ること、太陽神に仇なすものを排除すること』であり、魔族にとっては目の上のたんこぶ以外の何物でも無い存在である。
本部は、光の神々の本神殿が集まる宗教都市キタンにあるが、グレイズ王国では、太陽神の熱烈な信徒であるマルコス伯爵領に支部を置いていた。つまり、今現在の舞台になってる領地である。
「あんな小鬼の群れ如きで、聖堂騎士団を潰せるわけないだろ」
「さっきの小鬼どもだけじゃない。他にも戦力を領地内に潜伏させている。大鬼、巨人、調教した魔獣、そして俺の同僚たちもな。それらを総動員して聖堂騎士団を潰す」
黒騎士の言葉に肝が冷えるアーサー。
『ヤバい! 聖堂騎士団の支部のすぐ近くにはグレタの町がある。巻き添えを食うのは間違いない。襲撃があるのを報せねえと。冒険者組合と、ついでに聖堂騎士団にも。しかし、組合はともかく、騎士団の奴らは俺たち冒険者を嫌ってるからなぁ。話を聞いてくれるかどうか……ん、そうだ』
視界の隅の後輩を見て、全てを託すことを決意するアーサー。
「ロウドなら、最下位の男爵家とは言え貴族のお坊ちゃまだ。高慢ちきな奴らも話を聞くだろう」
何とかしてロウドをここから逃がして、知らせに行かせないと。
そう決意し、疲れ切った体に活を入れ奮い立たせる。
戦鎚を構えたアーサーを見て、目を細めるリーズ。
「ほう、戦い抗う気か。大人しくしてれば、一撃で冥界に送ってやったものを……」
そう言いながら、リーズの声には喜びの色があった。
そう、力の限り抗って見せろ! 俺を楽しませろ!
光の世界を破壊せんがために産み出された魔人の性。戦いのみが心を熱く沸き立たせるのだ。
「来い、平人の戦士よ!」
「おおお!」
雄叫びを上げ戦鎚を振り上げながら、リーズに挑みかかるアーサー。
戦鎚と斧槍の柄が噛み合って鍔迫り合い状態になった。
互いに力を篭めて押し切ろうとするが、腕力は互角に近いのか、中間点で拮抗している。
アーサーの援護すべきかどうか悩んでまごまごしているロウドに、アーサーの鋭い声が掛かった。
「何してる! 早く行け、ロウド!」
「え?」
「俺がコイツの相手してる内に、ここを出てグレタの町の冒険者組合、そして聖堂騎士団に知らせるんだ! 魔族の軍団が襲撃してくるって!」
「何? させるか!」
アーサーの意図に気づき、斧槍を引き戻そうとするリーズ。
しかしアーサーは戦鎚を押し込んで、鍔迫り合いを続行する。
「早く行けよ!」
「で、でも!」
確かに誰かが伝えに行かなければならない状況だとは分かっている。だが先輩たちを見捨てて、自分だけ離脱するなんて、ロウドにはできなかった。
「俺が保たせられている内に……」
戦鎚を押し込み続けるアーサー。その顔には大量の脂汗が。
よく見れば、鎖帷子の下から血が流れだしていた。小鬼の槍が貫いて傷を負わせていたのだろうか。
「ロウド、頼む。グレタの町は俺たちのホームグラウンドなんだ……ゴハ! 知り合いが一杯いるんだよ! ソイツらに死んで欲しくないんだ!」
内臓が傷付いているのか、口から吐血しながらの願い。
おそらく、鍔迫り合いは長くは保たないだろう。
ロウドは歯を食いしばり数秒間の沈黙の後、こちらもまた血を吐くような思いで叫ぶ。
「必ず魔族の軍団よりも先に、グレタの町と聖堂騎士団に伝えます! お世話になりました!」
頭を下げ礼をした後、踵を返して坂を登っていくロウド。
「おのれ!」
「だから、お前の相手は俺だっての」
戦鎚と斧槍の鍔迫り合い。押し負けた方が体勢を崩して、相手の攻撃を受けるだろう。
しかし、この力比べはアーサーに分が悪いと言える。
小鬼との戦いで疲れ切ってる上に、傷を負って出血しているのだ。
踏ん張っているためか、腹の傷からの出血はかなりのものになっている。
柄の噛み合った所を支点にして、ぐるりと位置を変える二人。
「どうした、押す力が弱くなっているぞ。限界か?」
「う、うるせえ!」
リーズの言うとおり、アーサーの戦鎚は押され、鼻先寸前まで押し込まれていた。
もはや押し切られるのも時間の問題か。
だが、アーサー・パーティの起死回生の一手が炸裂する。
「やれ、ジャン!」
アーサーの合図と共に、
「太陽光」
ボソリと息も絶え絶えのジャンが神聖術を発動させる。
そう鍔迫り合いの最中に、ジャンが何とか上半身を起こしたのを見たアーサーは、彼に賭けたのだ。
攻撃を仕掛けるための隙を作ってくれることを。
眩い光がホールを照らす。
「がああ!」
まともに光を見てしまい、面頬の隙間部分を押さえて悶えるリーズ。
その隙を逃すアーサーではない。
戦鎚を振りかぶり、思いっ切り兜にぶちかます。
重い打撃音。急所の頭部に一撃を食らい、たたらを踏むリーズ。
「ジャン! アレを!」
友の要請に、瀕死のジャンは最後の嘆願を神に願う。
「神よ! 我が友の武器に、魔を祓う聖なる力を宿したまえ! 聖なる武器!」
友の戦鎚に光が宿るのを見届けて、ジャンはやり切った笑顔を浮かべながら息を引き取った。
ジャンが最後の力を振り絞った聖なる力の宿った愛用の武器を最上段に振りかぶり、兜ごと敵の頭を潰すために振り下ろすアーサー。
しかし、それは兜の上に横一文字に上げられた斧槍によって受け止められた。
魔族が太陽光を食らえば、七転八倒して苦しむはずなのに、リーズはもう回復していた。
「惜しかったな。俺のように平人にそっくりな魔人は、光に対する耐性があるんだ。光の陣営の奴らと同じように、目が眩むだけで済むのさ」
リーズの横蹴りがアーサーの腹に叩き込まれる。
傷を負った腹に蹴りを食らって、血を吐きながらもんどり打って倒れるアーサー。
力の抜けた手から戦鎚がすっぽ抜けて、地面に落ちる。
荒い息を吐きながら起き上がろうとするアーサーの傍に立ち、その胸を踏みつけながらリーズは言った。
「見事だった。名を聞いておこう。お前とあの神官の」
魔族の騎士を見上げながら、
「俺の名はアーサーだ。そして、さっき太陽光を使ったのはジャン」
と名乗るアーサー。
「そうか。覚えておこう。さらばだ、アーサー」
トドメを刺そうと斧槍を振りかざすリーズに、アーサーは宣言する。
「俺はここでお前にやられる。だけど、俺たちの仇は、必ずロウドが討ってくれる!」
「ロウドというのは、さっき逃がした子供の騎士か。奴が俺の前に立つのを楽しみに待つとしよう」
斧槍は振り下ろされた。
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