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第六幕 天命
五 人の命は知らないけれど、
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夜明け前、朔夜はミーシャを連れて提灯を片手に薬草園に出た。人形にも効果があるのかは分からないが、気候の良い夜には運動機能の回復のために散歩に連れ出している。
「この花は?」
開き始めた白い花を指してミーシャが尋ねる。
「木槿だ。花、果実、葉、樹皮、根、全てが薬になる。花の季節は終わったんだけど、まだ咲き残っているみたいだ」
これこれこういう植物で、このように育てて……と、植物の説明をしながら歩く。冬へと向かう季節の冷えた風が吹いている。
「昼間は何やら大変そうだったね」
「聞こえていたのか」
「少しだけね」
「ある仕事を任されるかもしれないんだ。それで、できたら、お前に協力してほしくて……」
「言ってごらん」
「……蛇神様の依代になってほしいんだ」
美しい神を迎えるためには、相応の依代が必要だろう。
人形は器となるが、ミーシャは極めて自我が強いため、普段は他の神霊が侵入することは不可能だ。だが、本人が許せばその限りではないと、過去に一果が言っていた。
「シェデーヴルに対する冒涜だね」
「……そうだよな。すまない、他を当たってみる」
この言葉の何かが気に入らなかったらしく、ミーシャは尻尾をぱたぱたとさせた。
「一応、そのようなことをぼくに頼もうと思った訳を聞こうか。考えてあげてもいいよ」
朔夜は蛇神のことを話した。ミーシャは辺りの植物を眺めながら聞いているのか聞いていないのか分からないような態度であったが、朔夜が話し終えて暫くの沈黙の後、立ち止まって言った。
「人の命は知らないけれど、この美しい土地を水に沈めてしまうのは惜しいな」
- - - - - - -
医院の洋館の二階。朔夜は一果の研究室の前に立っていた。緊張を鎮めるために呼吸を整えていると、扉の向こうから「入りなさい」という声が聞こえた。
「おはようございます」
一礼して部屋に入って扉を閉め、一果の机の前へ進む。座りなさいと手で合図をされ、向かいの椅子にきちんと座る。
「昨日は取り乱してすまなかった。では手短に言おう。朔夜、」
「はい」
短い返事をして改めて姿勢を正し、一果の目をまっすぐに見る。
「千里の鎮魂を、おまえに任せよう」
「承りました」
深く頭を下げる。
「あいつをここへ呼ぶ段取りについてはあたしに任せなさい。祭主はあたしが務める。依代にはミーシャ・シェデーヴルを使いたいが……」
「了承済みだ」
「用意がいいな。デコピンして言うことを聞かせようと思っていた」
「そういうことを言うからミーシャに嫌われるんだと思う……」
朔夜は頭痛がした。前もって交渉しておいてよかった。力づくで依代にすれば、後々機嫌を損ねて大変なことになっていただろう。
「では、儀式は十一月一日に行う。頼んだよ、朔夜」
「はい」
- - - - - - -
朔夜が研究室を出て足音が聞こえなくなったのを確かめてから、一果は式の名を呼んだ。
「藤袴」
「御前に」
藤袴が虚空から音も無く現れ降り立つ。一果は耳打ちをする。
「頼みがある。もし、あの子の身に危険が及んだ場合は……」
「承りました」
「この花は?」
開き始めた白い花を指してミーシャが尋ねる。
「木槿だ。花、果実、葉、樹皮、根、全てが薬になる。花の季節は終わったんだけど、まだ咲き残っているみたいだ」
これこれこういう植物で、このように育てて……と、植物の説明をしながら歩く。冬へと向かう季節の冷えた風が吹いている。
「昼間は何やら大変そうだったね」
「聞こえていたのか」
「少しだけね」
「ある仕事を任されるかもしれないんだ。それで、できたら、お前に協力してほしくて……」
「言ってごらん」
「……蛇神様の依代になってほしいんだ」
美しい神を迎えるためには、相応の依代が必要だろう。
人形は器となるが、ミーシャは極めて自我が強いため、普段は他の神霊が侵入することは不可能だ。だが、本人が許せばその限りではないと、過去に一果が言っていた。
「シェデーヴルに対する冒涜だね」
「……そうだよな。すまない、他を当たってみる」
この言葉の何かが気に入らなかったらしく、ミーシャは尻尾をぱたぱたとさせた。
「一応、そのようなことをぼくに頼もうと思った訳を聞こうか。考えてあげてもいいよ」
朔夜は蛇神のことを話した。ミーシャは辺りの植物を眺めながら聞いているのか聞いていないのか分からないような態度であったが、朔夜が話し終えて暫くの沈黙の後、立ち止まって言った。
「人の命は知らないけれど、この美しい土地を水に沈めてしまうのは惜しいな」
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医院の洋館の二階。朔夜は一果の研究室の前に立っていた。緊張を鎮めるために呼吸を整えていると、扉の向こうから「入りなさい」という声が聞こえた。
「おはようございます」
一礼して部屋に入って扉を閉め、一果の机の前へ進む。座りなさいと手で合図をされ、向かいの椅子にきちんと座る。
「昨日は取り乱してすまなかった。では手短に言おう。朔夜、」
「はい」
短い返事をして改めて姿勢を正し、一果の目をまっすぐに見る。
「千里の鎮魂を、おまえに任せよう」
「承りました」
深く頭を下げる。
「あいつをここへ呼ぶ段取りについてはあたしに任せなさい。祭主はあたしが務める。依代にはミーシャ・シェデーヴルを使いたいが……」
「了承済みだ」
「用意がいいな。デコピンして言うことを聞かせようと思っていた」
「そういうことを言うからミーシャに嫌われるんだと思う……」
朔夜は頭痛がした。前もって交渉しておいてよかった。力づくで依代にすれば、後々機嫌を損ねて大変なことになっていただろう。
「では、儀式は十一月一日に行う。頼んだよ、朔夜」
「はい」
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朔夜が研究室を出て足音が聞こえなくなったのを確かめてから、一果は式の名を呼んだ。
「藤袴」
「御前に」
藤袴が虚空から音も無く現れ降り立つ。一果は耳打ちをする。
「頼みがある。もし、あの子の身に危険が及んだ場合は……」
「承りました」
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