雨降る朔日

ゆきか

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第三幕 氷室の祭礼

一 まるであたしだけ、みーちゃんに嫌われたみたいな言い方じゃないか。

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「大変だ、ミーシャがいない!」

 早朝の霜辻医院。
 朔夜が一果の研究室の扉を勢いよく開けて騒いでいる。

「静かにしてよ、折られた首の骨に響くんだよ。いたたた……」

 一果は棒読みで言う。どう見ても折れてないし、母さんのことだから痛くもないのだろうと朔夜は思った。

「あのあと寝てしまって、起きたら居なくなっていたんだ。探さないと」

「わかったわかった、落ち着きなさい。そう遠くには行けないはずだ。手分けして探そう」


- - - - - - -


 百辰はくたつ神社は霜辻医院の斜向かいにある。
 重い身体を引き摺るように白い鳥居を潜り、社殿の向こうの白磁山を真紅の瞳で見上げながら参道を歩む美しい姿があった。金色の線に彩られた白い肌を摺箔の白の薄物がたよりなく包み、白銀の髪が朝日を眩しく反射する。
 参道の半ばで花がくしゃりと潰れるように蹲った。

「はくじさま、だいじょうぶですか?」

 鈴のような声が降ってくる。少女が心配そうに見下ろしている。

「あ、いちかせんせい、たすけて!」

 葛を連れて鳥居の向こうを歩いている一果に向かって声を張り上げた。一果は落ち着いた様子で近付いてくる。

「どうしたんだい?」

「はくじさまが、くるしそうなの」

 一果は白磁様と呼ばれたそれを見下ろし微笑んだ。

「これは白磁様じゃないよ。白磁様は、ふたり一緒のはずだろう? 本物の白磁様はちゃんとあそこにいらっしゃるから大丈夫」

「そうなの?」

 社殿の横の坂から子供達が少女の名を呼ぶ声がする。

「君は優しい子だね。あとのことはあたしに任せて。早くお友達のところへ行きなさい」

「はい」

 お辞儀をして走り去り、友人たちと共に坂を下っていくのを見えなくなるまで見送ってから、一果は白磁様と呼ばれた美しい人形──ミーシャ・シェデーヴルの前に腰を下ろした。

「さて」

 白銀の髪を手で避けて顔をじっと覗き込む。

「おとなしくしているけれど、意識はあるようだね。うちの可愛い葛ちゃんが引っ掻かれたりしたら困るから、ちょっとおねんねしてもらおう。えい」

 中指で額を弾くと、昨晩と同じように機能停止した。
 葛は震えている。彼女にも、一果にデコピンひとつで倒された過去があるのだ。
 一果は葛をなだめてミーシャを背負わせ、医院に戻った。


- - - - - - -


「どこ行ってたんだよ!」

 薬草園を捜索していた朔夜が三人の姿を見て飛び出してきた。髪や服に葉っぱが付いている。

「百辰神社だよ。まったく困った子だね。家出が癖になってるのかなあ」

 呆れたように言う一果の手に、ミーシャの片脚が握られている。

「また壊れたんだ……」

「倒れたときに折れてしまったらしい」

 一果から脚を受け取り、断面を見る。繋ぎ目のところではなく、元々割れていなかった部分で折れている。

「思っていた以上に脆いな。琥珀の言っていた通りだ」

「すごく痛いみたいだね。人間も手術の後は痛いからね。人間と違うのは、自然と傷が治っていかないということだけど」

「……人形なのに痛覚があるのか」

「オリアナの趣味の悪さが表れてるよね」

「…………」

 会ったことのない人物の悪口に朔夜はどう答えたらいいのか分からない。

「それにしても、おまえはミーシャの隣で寝てたんだろう? よく無事でいられたね」

「おれは母さんと違って善良な薬師だということがこいつには分かるんだろ」

 一果は顔の前で両手を振った。

「おいおい、まるであたしだけ、みーちゃんに嫌われたみたいな言い方じゃないか」

「みーちゃん?」

「そう、みーちゃん。たぶんミーシャは、『みー』と鳴いて『シャー!』と威嚇するから、ミーシャという名前なんだと思うんだ。だから、威嚇をしないで可愛く『みー』と鳴いてばかりでいてくれることを願って、みーちゃんと呼ぶことにしたんだ」

「……………葛、手伝ってくれ」

「承りました!」

 朔夜は葛と一緒にミーシャを六畳間に運び、簾を閉ざした。
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