雨降る朔日

ゆきか

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第二幕 金色に彩る

四 よく頑張った朔夜くんには………特別な酒をな、開けてやらんとな。

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 春祭りが終わると田植えが始まる。
 数日のうちに植え終えなくてはならないので、この時期には町からも手伝いが来る。
 朔夜はシェデーヴルが気になって仕方ないが、毎年手伝いに来ていて戦力として勘定に入れられているのに今年だけ断るわけにはいかない。
 湯たんぽの湯で顔を洗い、着替えて支度をし、薬草園の作業を済ませてから手伝いに向かう。
 空気は冷たく肌寒いが、日差しは暖かい。雪柳の花が咲いている。
 到着すると、人々が集まり始めていた。軽く挨拶をしてその横を通り過ぎて先に作業を始めようとしたが、捕まって雑談に巻き込まれてしまった。

 陽が落ちる頃に今日の作業を終え、桜の下に集まり、宴会が始まろうとしていた。

「じゃあ、おれはこれで……」

 そっと帰ろうとする朔夜の前に、大柄な玄蔵おじさんが立ちはだかる。

「おいおいサク、もう帰るのか? 本番はこれからだろ」

 大人たちがわらわらと集まり、朔夜を囲い込んだ。

「ぼんが来てくれて今年も助かった。農作業に慣れていて体力があって、黙々と作業してくれる。綴見の宝だ」

「そんなお前をこのまま帰すわけにはいかない」

 朔夜は穏便にこの場を去る方法を見つけようと頭を働かせる。

 ──母さんの仕事の手伝いをする約束をしてて……は、だめだ。嘘が下手だってよく言われるから。……徳さんと森さんの間に隙がある。おれの背後だからって油断しているな。あそこからなら、人の壁を突破できそうだ。………いや、強引にここから逃げたら失礼だよな……。

 すると、遠巻きに見ていたらしい三郎爺さんが、桜の木の後ろからおもむろに酒瓶を取り出し、朔夜に見せつけて言った。

「よく頑張った朔夜くんには………特別な酒をな、開けてやらんとな」

「ぅ……………」

 誘惑に負けそうになる朔夜。

 すると突然、この場には似合わない凛とした少女の声が前方から響き渡った。

「ごきげんよう! 素晴らしい夜ね! わたしは今日のような満開なら桜の花も好きよ!」

 朔夜を囲んでいた人々が一斉に声の方を向いて、ざわついた。

「花扇のお嬢が、どうしてここへ!」

「みなさん、お務めお疲れ様でございます。わたしは朔夜に用があるの。そこをどいてちょうだい」

 言われた通り、大人たちは左右に動いて道を開けた。

 輝くような薔薇の刺繍に袴の女学生。勇ましく肩に竹刀を担いでいる。

「ともえ………?」

 朔夜はぽかんとしている。

「なるほど、サクを迎えに来たのか」

「このむさ苦しい宴に付き合わせるのは心苦しい」

「行ってやれ!!!」

 宴会場の外へ押し出され、にこやかに送り出された。


- - - - - - -


 朔夜とともえは行燈の並ぶ畦道を小走りで抜け、街灯の立つ明るい通りに出た。

「ここまで来れば大丈夫でしょ」

「助かったよ。春夜喜雨が飲めないのは残念だったけど……」

 せっかく助けてあげたというのに肩を落とす朔夜に、ともえは頬を膨らませる。

「さっきのお酒? 自分で買えばいいじゃない」

「近頃、手に入りにくくなったんだよ」

 春夜喜雨は珠白の南部で作られている名酒で、その出来は雨量に大きく左右されるという。今年は僅かしか作ることができず、綴見町まで回ってこないのだ。

 ともえは朔夜のある友人の顔を思い出した。

「琥珀に頼んだら仕入れてきてくれるかもよ」

「いやいや、あいつは薬売りで、何でも屋ではないから」

「お酒は百薬の長って言うでしょ?」

「…………そう、だけど……」

 朔夜は屁理屈の対応が苦手だった。

「じゃあ、おれは忙しいから失礼す……」

「受け取りなさい!」

「え?」

 ともえから竹刀が投げつけられた。朔夜は反射的にそれを受け取り構えた。ともえの手にも握られている。
 どこから二本目を出したんだ……と考える間もなく、上段に構えたともえが突進してきた。

「たぁーーーーーーーーーっ!!!」

 宴会場まで聞こえそうな声を上げながら振り下ろされるのを、朔夜は竹刀で受けた。

「やるわね」

「決闘が目的かよ!」

 様々な方向から次々と襲いかかる攻撃を朔夜は竹刀で受け、力の方向に従って受け流していく。
 ともえは強い。家族には反対されるだろうからと内密にして蓮の父の道場に弟子入りし、めざましい才能を開花させ帝都の大会で九位の成績を収めて新聞に掲載されたことにより家族の知るところとなった。
 そのときに落とされた雷は朔夜の仕事場まで揺れるほどであったが、ともえは負けずに今も稽古を続けている。
 綴見町で彼女の相手ができる者は数えるほどしかいない。朔夜もその一人だ。昔は武道家をしていたこともあるという一果に物心ついたころから鍛えられている。
 ともえとの決闘の勝率は五分五分だが、今日のともえは普段以上に強かった。
 気迫に圧され、朔夜の体の軸が僅かに乱れる。その瞬間をともえは逃さない。

「隙あり!」

 ともえの振り下ろした竹刀が朔夜の頭に命中する。

「いってぇ……」

 ともえは腰に手を当てて勝ち誇ったような微笑みを浮かべ、曲芸のように片手で竹刀をくるくると振り回している。

「さあ勝負よ朔夜! わたしはつまらない祭礼に付き合わされていらいらしているの!」

「憂さ晴らしに幼馴染を使うな!」

「仕方ないじゃない!」

 上段から振り下ろして連続で叩きつけられるのを朔夜はいなし続ける。

「九日も前から潔斎だとか言って外に出してもらえなくなるし、ごはんはおいしくないし、可愛くない真っ白な装束を着せられるし、音を立てないようにそろそろっと歩かないといけないし! 身体が縮こまって、ぎゅっと固まって、石になってしまいそうよ! とくに今年はしずかと一緒に白磁様役をさせられたから、去年までよりも厳しかったの! これから毎年続くのよ!」

「そうかそれは大変だったな!」

 言葉の勢いに乗って剣の速度は上がるが、そのかわりに単調になるので朔夜は受けやすくなった。

「適当に聞き流してるでしょ! 朔夜はいいご身分よね、山へ遊びに行って!」

「どうして知って……いって!!」

 一度叩かれてずきずきと痛んでいたところに二度目を当てられ、朔夜は激痛でよろめいた。そこに襲いかかる追撃を危うくもかわした。

「ふん、動揺して隙を見せるなんてまだまだね! 一果先生から聞いたのよ!」

「母さんが?」

 ──他の人に知られてはいけないのではなかったのか?

「こんどはわたしもこっそり連れていってください! ってお願いしたら、いいよ! って快く即答してくれたわよ!」

「……悪いことは言わないから、やめておいたほうがいいと思うぞ」

「たぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」

 ともえが竹刀を振り下ろす。朔夜は受け止めていなそうとする。
 しかし朔夜の竹刀が折れ、ともえの渾身の一太刀が朔夜の額に叩きつけられた。

「修行して出直してきなさい!」
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