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27・グレースの記憶

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 泉のほとりに張ったテントの前で、焚き火が消えないように、アハダと見張りをしている。もう少ししたら、ルナが起きて私達と見張りを交代することになっている。
 誰にも言ってはいないのだが、本当は、私は一度ここに来たことがある。ただ、どんな道を通って来たのかはわからなかった。
 だから、ルナから誘われた時、もしかしたらあの時の場所かも知れないと思って、急いで許可を貰いに行ったのだった。
 まぁ、だからと言って、あの方に会えるとは限らないのだけれど。
 あの時……

「何故?何故なのですか?私は…貴方に嫌われるような事をしてしまいましたか?至らないところがあるのならおっしゃって下さい。直しますから。ずっと…ずっと…貴方の側にいられることを…幸せになれることを…夢みておりました。どうか、理由を…婚約を破棄する理由を…教えて下さいませ」
「君に非はない」
「では、他に想う方が出来たということなのですか?」
「違う!!」

 ウイルが手を固く握りしめているのが、視界に映る。

「すまない。私には、どうする事も出来ない運命なんだ。このまま君を巻き込む訳にはいかない」
「だから、理由をおっしゃって下さいませ。でなければ、納得など出来ません」
「……運命なんだ……」
「運命?」
「今から話す事は、誰にも言わないで欲しい」

 ウイルの固く握りしめた手が、微かに赤く滲む。

「この世界で、数百年に一度災厄が起こることは知っていると思う。そして災厄が起こる五十年以内に入ると、エディントン辺境伯家に闇魔法の使える者が生まれる。それは偶然などではない。
 昔、エディントン辺境伯家の先祖に、災厄を鎮めた竜と契約を交わした者がいた。竜との契約条件は、エディントン家に生まれた闇魔法の使い手を、災厄が起きた時に竜に差し出す事。
 つまり、次の災厄は近いうちに必ず起きる。そして、その災厄を鎮める為に、竜に命を差し出さなければならないのは、私だ」
「そんな……」
「すまない。私は運命を受け入れるしかないんだ。だから、私は一生、誰とも結婚はしない」

 ウイルが私に背中を向け、ゆっくりと離れていく。

「あ……」

 私は、ウイルに向けて手を伸ばすけれど、追いかける事は出来なかった。突然の破滅への告白は、私の正常な思考を奪い、ウイルにかけるべき言葉を失わせてしまったから。
 その後、何も出来ない自分が情けなくなって、無我夢中で走り出し、人気のない場所を探して魔の森へ近づいた。貴族子女としてのプライドからだろうか、人前で泣くのは避けたかった。同時に今、全身に巡る想いをありったけの声に変えて吐き出したかった。
 でも、その選択は間違っていた。あの当時の私は、まだ魔法の能力が未熟な子供だった。何があっても一人で魔の森へ近付いてはいけなかったのに。
 気が付いた時には、すぐ側に大蜘蛛が迫っていた。私は、魔法を放つ間もなく逃げ出した。走って走って何とか大蜘蛛からは逃げ出せたものの、落ち着いて周囲を見れば、そこは、魔の森。方向もわからず、日も暮れ、暫し呆然としていると、微かな何かの匂いに気が付いた。誘われるように進んでみると、そこには月明かりに照らされた泉があった。
 泉の側には青い薔薇の花が咲いていた。微かな香りは、どうやらその花の香りのようだった。

「きれい……」

 私は、花の側まで近づく。だがその瞬間、花の向かい側の葉が、急に動き出した。私は驚いて後退りするが、長いドレスの裾を踏んでしまう。体が軽く浮いて、もう駄目だと思った瞬間、背中に受けるはずの衝撃は無く、寧ろ時が止まったように視界が変わらなかった。

「あら……」

 やがて私の体は、ゆっくりとつま先から地面についていく。そして、花の向こう側からは、何者かがゆっくりと近づいてきた。それは、徐々に月の光を受けて、形を露わにしていく。
 白い体躯と首の後ろには風に靡く柔らかな馬毛。そして額には……一本の角。

「ユニ…コーン…?」
「何故ここにいるのだ」
「あ……申し訳ありません。大蜘蛛から逃げていたら、道に迷ってしまいました」
「ウインドール人だな……エディントン領なら向こうの方角だ」
「あ……」

 『エディントン』と聞いたとたん、私の瞳からは、止め処なく涙が溢れる。

「エディントン家から逃げて来たのか?」
「いいえ、とんでもない。私は、ウイル…ウイリアム様から婚約破棄されてしまって…ちょっと…その、自暴自棄っていうか…やけくそっていうか…とにかく、自分が情けなくって森の近くを歩いていただけで…」
「ウイリアム?ああ、エディントンの息子か。何で婚約破棄したんだ?」
「聞いて下さいませ、ユニコーン様。ウイリアム様が、次の災厄が起きた時、竜に命を差し出さなければならないらしいのです」
「ああ、そういう契約だからな」
「知って…居られるのですね。ウイリアム様は、その為に、一生誰とも結婚なさらないと仰るのです」
「……?何故、そうなるのだ?」
「えーと…恐らく、家族を残していくので、悲しませたくないから…?闇魔法の使い手だから?災厄を止められなかったら、家族に迷惑をかけるから…とかかしら?」
「人間とは…実に理解しがたいものよ」
「そうですか?」
「命なんてあっけないものだ。生きたいように生きれば良いではないか。我らに比べれば人間の命などずっと短い。幸福など他人に与えられるのを待っていたら、あっという間に歳を取るぞ。なのに、自分から不幸を望むなど我らには理解できん」
「……」

 私は、返す言葉がなかった。
 
 
 
 
 

 


 

  

 

  

   
 
 
 
 
 
  
 
 

 
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