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第3章

6-----(2)鎮守神ドラゴン。

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(人のものだって?)

 ウーディが漏らした言葉を聞きとめて、かれは心が浮き立った。

(ウーディはまだ俺を自分のものだと思ってるのか)

 バカにするなと思う自分と、まんざらでもない自分がいる。

 何より、先程、アルシュがニーナのことを持ち出したせいで壊れてしまったように見えた二人の関係が、完全に修復不可能になったわけではないらしいことを知って、嬉しかった。

(そうか。やり直すチャンスはあるのか)

 ホッとした途端に、下腹が暖かくなってくる。刻印の〈声〉は静かだった。オークの里でセックスをしたばかりだからなのか、今のところ空腹を訴える様子はなかった。

 アルシュは腹に手をあてた。

 腹の子を可愛いと思ったことはない。腹の子はアルシュの迷惑を考えず、言いたい時に言いたいことを言う。傍若無人な振る舞いは父親そっくりだと思う。ウーディがあんなに怒りながらもアルシュを切り捨てられないのは、この子がいるからなのだろう。

(ざまあみろ。自分のまいた種だ。貴様は俺から何を言われても、許すしかないんだ。獣人族にとって子は宝だそうだからな!)

 得意げに思い、ギクリとした。

(いや、俺はどうして喜んでるんだ)

 苛々する相手なのに、ウーディがアルシュを自分のものだと思っていることを知って、嬉しい。

(……)

 と言うより、客観的に見て、かれはどうもウーディに心を乱されすぎている。

 ウーディに拒絶されて悲しかったこと。ウーディがアルシュを抱いたのがニーナの代わりだったと知って、怒りがこみあげてきたこと。それなのに、今、ウーディの心が離れていないらしいと知って、嬉しく思っていること。

(俺、もしかしてこいつのことを)

 間髪を入れず、認めたくない、恐ろしい考えが落ちてきた。

(俺はウーディを……こいつを――自分で思ってる以上に気に入っている? 俺はもしかして心まで女になってしまったのか? あり得るかもしれない。男が妊娠するくらいなんだから。これがもしかして――話に聞く――恋…………?)

 かれは放心したようになってしまった。




 ドラゴンのポポは赤い目をくるめかせて、興味深そうにアルシュを眺めていた。

 その目からは当初の威圧する感じが消えていた。代わりに好意的な、ある種の共感めいた光が宿っている。ポポは頬を染めて固まってしまったアルシュと、自分が恋人を喜ばせてしまったことに気付いていないウーディを交互に見て、暖炉の前で体を動かした。
「何はともあれ、我はおぬしらに話がある。状況が変わった。そう聞いただろう?」

 そこへ盆を持ったパニエがやって来た。

「お茶をどうぞ、ウーディ様。アルシュ様」

「あ、ああ。有難くもらおう」

 ウーディは子供の頃から知っている老女の姿を見て、ドラゴンへの敵意をひっこめた。パニエは客人たちとドラゴンの前にお茶と菓子を置いて、頭をかるく下げてさがってゆく。ポポは小さな手で器を持ち、茶をすすった。

「おぬしらをゴブリンとオークのいる世界に送ったのは、あやつらの長年の下らぬ争いを止めさせて、我の悲嘆と苛立ちと心労の一部でもわからせたかったからだが、こちら側の世界でも問題が起こってな」

 ウーディが警戒するように、眉間に皺を寄せる。アルシュもやっと我に返って、ポポのほうを見た。

「この岩屋は我の結界だ。先程からここがどこか心配していたようだから教えてやるが、おぬしたちは元の世界に戻っておるよ。エラルドも獣人族の里ムフーもある。話が済んだら、それぞれの居場所へ戻してやろう。そしてお前たちは族長の息子と王子という立場にかけて、同胞どもに戦さを思いとどまらせるのだ」

「戦さ、だと」

 ウーディが鋭く聞き返す。

「それは毎年恒例の春先にやる争いのことか」

「違う。あんな小競り合いではない。本気の殺し合いだ」

 ドラゴンは溜息をついた。

「おぬしが王子を妊娠させたこと、獣人がエラルドの女たちを攫っていたことが人族側にバレて、エラルドは今、戦争の準備中なのだ。今度こそ獣人族を皆殺しにしてしまえとな。獣人どもも、受けてたつ心構えだ。いつものように適当に暴れるだけの、エラルドから必要な物資を奪うための戦いでなく、獣人の本物の戦士どもが出ようとしている」

「!」

「かの世界を二分する大戦争のおり、我は領主の切なる求めに応じて、領民であったそなたらの先祖らをこの浮島の端にあるこの地へ導いてきた。領主はおぬしらの幸福と繁栄を願っておった。その願いゆえに、我は外敵からおぬしらを守ってきた。しかしあれから数百年。おぬしたちは争いばかりだった。あのオークどもと同じようにな。そして今回の大戦さだ。この戦さが起これば、我は今度という今度は我慢がならない。いっそおぬしらをまとめて滅ぼしてしまおうと思っているよ」

 鎮守神ドラゴンはうんざりしたように言った。

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