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第2章
4-----(1)ここはどこだ。
しおりを挟む夕闇せまった森の中で、たくさんの小さな影が動いていた。
彼らはエラルドの人々のように一日中、忙しく働いているようだったが、そのうちの何人かは常にアルシュのほうに光る目を向けていた。
アルシュのほうを指差し、囁きあい、笑っている。彼らのアルシュを見る目には粘りつく何かがあり、好意的な感情を持っていないことは明らかだった。
カサッと音がして、一人が近づいてきた。
小さな手に腐った肉や魚、黒く変色した木の実を盛った皿を抱えている。それをアルシュの前に恭しく置いて、腰を落としたままさがってゆく。アルシュはそれにひきつった笑みを向けた。
(む、無理だ……)
どうやら、食べろ、と言うことらしい。
まわりには、そうやって供えられた食物とは言い難い食物がいくつも置かれていたが、勿論、アルシュがそれらを口にすることはなかった。
この場所へ来て、少なくとも一日以上、経っている。
気を失っていたので確かな時間の経過はわからなかったが、昨日、見知らぬ森で倒れていたところを捕まえられ、一晩、狭い籠のなかに閉じ込められた。今朝は籠から出されたが、手枷をつけられ、祭壇のような場所に繋がれた。
そしてアルシュは持っていた荷物や武器を全て奪われ、途中からはさらに衣服を剥ぎ取られてしまった。つまり全裸で、広場に放置され続けている。
また、夜が来る。
広場のまわりには家々があって、少しずつ灯りがつきはじめていた。
ひんやりした夜風は裸の体にこたえたが、それ以上に食物からたちのぼる腐臭がすごかった。それに村全体に何となく”死の臭い”のようなものがたちこめていた。獣人の里にも特有の臭いがあったが、それとは違う、腐乱した何かの臭いを隠すために強烈な香を焚いたような奇妙な臭いだった。
(くそ。せめてこの枷さえ外せれば――)
かれは自分の右手首を見た。
鎖のついた枷をはめられている。その鎖は祭壇の土台にしっかり固定されている。幸い鎖は多少の長さがあったので、その場で立ったり、体を少し移動させることはできるのだが、かれに許された自由はそれだけだった。
(せめて俺にテオスの半分の魔力があれば)
魔法の発動のさせ方は色々あったが、アルシュが習ったやり方は精神統一によるものだった。呪文も道具も、精霊との交渉もいらない。そしてかれは生まれつき体内にある魔力を剣に宿す、剣魔術の使い手だった。だが、剣を媒体にしなくても、ごく弱い魔法なら単独で発動させられる。
それを使って枷を焼いてみようとしたが、できなかった。それでどうすることも出来ず、アルシュは丸一日、見世物のように繋がれていたのだった。
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