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第2章
1-----(2)獣人族の里に着いたぞ。
しおりを挟む幸い、エラルド側からはアルシュとテオス、それから従者のカズトしか来ていない。
カズトは獣人たちが放つ強烈な臭いと異質さに気をとられて、テオスの言葉にぎょっとしながらも、あまりその重大さに気付いてないようだった。口をぽかんと開けて、様々な姿の獣人たちを恐怖と好奇心の混じった目で眺めている。
アルシュはそのことにホッとしたが、さらし者のようにされて、恥ずかしさでいたたまれないのは変わらなかった。
「おい、テオス!」
かれは大声で叫んだ。叫んだはずだったが、声は皆に届かなかった。
「ふざけるな、こんな大勢の前でそんなことまで言う必要ないだろっ」
声が出ない。アルシュは魔法で声を封じられていることに気が付いた。無論、そんなことが出来るのはテオスだけだった。
(テオスッ!)
アルシュは怒って、テオスを振り返る。テオスはそれにチラッと視線をくれただけだった。
「第二王子とはいえ、アルシュ・エム・ロディシは有事の際にはロディシ家を継ぐかもしれぬ者であり、エラルド王位を継承するかもしれない身です。我々はその王子の生命を脅かした賠償を獣人の里ムフーに求め、問題を解決するための協力を要求したい。私の言葉はエラルド国王ダントのものであると思っていただきましょう。ここにそのことを証明する書簡があります」
「……! ……!」
アルシュは口をパクパクさせた。
かれは事前にテオスから、獣人たちとの交渉は自分がするので、口出ししないように言われていた。先程のあけすけすぎる言葉には呆気にとられたが、一応、テオスはその役目を忠実に実行しているようにも見える。
カン=ドロウスは毛皮が敷かれた椅子にどかっと座った。
「貴殿は? 無礼であろう。名乗るがよい」
「テオスと申します」
テオスは貴人に対する礼をした。獣人の長は仏頂面になる。
「<太陽>? ふざけた名だ。まあいい。書簡をあらためる。見せてみろ」
「はい」と言って、テオスは懐から羊皮紙の手紙を取りだして、近くの獣人に渡す。その獣人が手紙を開いて、長に差しだす。
「フン……」
長はしばらく手紙を眺めていた。やがてしかめっ面のまま、顔をあげた。
「おぬしの言うことは偽りではないようだ。しかしだな、使者殿。その王子の腹に宿った命は我が一族の血を引く者であり、わしの孫なのだ。獣人の出生が非常に困難であることはそなたも知っておるだろう。その子はいずれ獣人族の長となるかもしれぬ。それを殺せと言うのは、つまりそなたたちの大事な王子の生命を脅かした罪と同罪ではないのか」
カン=ドロウスが口もとを歪めた。屁理屈だったが、族長として一族をまとめあげ、率いてきた者が持つ迫力がある。気の弱い者だったら、こちらの言い分が正しいと分かっていても、逆に押しきられてしまうだろう。けれども、テオスは柔らかい声できっぱり言った。
「いいえ、それは違います。同意なしの一方的な性交は暴力と同じです。しかも知らずに臨月を迎えてしまえば、アルシュは赤子に殺される。そのような物騒な命とアルシュの命を同等に扱うことはできません」
「それはまた強気だな」
カン=ドロウスの目が不気味に光る。
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