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気づいたら神社ごと異世界に飛ばされていた件

14話目

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 口の中が苦い。メルの傍らに置かれた器に少し緑色の液体が残っているので、俺を叩き起こしてくれた苦いどろっとしたものの正体はこれなのだろう。
 薄く眼をあけると、ボスコとメルの丸い頭が覗き込んでいる。                                                                                                                                                                                                           
 まだ身体がうまく動かなくてしゃべることが出来ない。
 ぼんやりとしていると、今度は香ばしい匂いがしてきた。匂いの元は湖の方からで、上から降りてくる桶と共に近づいてくるので。村から運ばれてきているのだろう。
 桶が着水する前にメルが受け取りに走って、皿を抱えて戻ってきた。
 眼の前に差し出された皿には、木の串に一口サイズの肉が刺されたものが山盛りになっている。

「これも食べろ」
「あつっ」

 メルによってその一つを口に突っ込まれた。まだ焼き立てなので熱いが、吐き出すわけにもいかずハフハフしながら咀嚼。この味は覚えがある。カヴァラの肉だ。
 先程苦い液体を口に流し込まれた時と同じように身体が満たされていく。
 咀嚼を終えて飲み込むと、疑問を口に出す前にもう一つ詰め込まれた。飲み込む度にもう一つ、もう一つと口に運ばれ、皿が空になる頃には身体が動くようになっていた。

「いきなり倒れるからどうしたんかと思ったわ」
「……間に合った」
「メル? ……泣いて」

 呑気な顔をしているボスコとは対照的に、深刻な顔をしたままのメルの赤い瞳は潤んでいて、今にも雫がこぼれそうになっている。
 思わず伸びてしまった手を、メルが両手でがしっという音がしそうなほど強くつかんだ。ミシリと骨が軋む音がした気がする。

「さっきの水、お前のクラヴィスだろ!? なんであんな強力なの使ったんだ! 死ぬところだったんだぞ!」
「死!? 一体どういうこと」

 メルの発した物騒な話に、ぎょっとして聞き返すと。メルははぁとため息と共に勢いを弱めて話し始めた。

「私達は身体に宿っている魔力を使ってクラヴィスを使うんだけど、その使える数には限りがある。私達がリスク無く使える魔力はそう多くないから」
「リスク?」
「そう、魔力が尽きてもクラヴィスは使えるけど、使いすぎればさっきのキョウスケみたいに意識を失い、放っておけば死に至る……――みたいに」
「このねーちゃん深刻そうな顔して何てゆーとるんや?」

 メルの言葉が分っていないボスコはぽかーんとしているが、俺のほうはそれどころじゃない。
 つまり、さっきのはただの夢じゃなくて走馬燈というやつだったのだ。メルと再会していなければ危なかった。何も知らずに今日も穴掘りをしてぶっ倒れてそのまま死んでいたかもしれないのだから。
 それに、メルが最後に何かをつぶやいたのも気になる。小さくて聞き取れなかったが、なんとなく言及しないほうがよさそうだ。

「昨日、私達は薬草や魔物の肉を食べないと弱るって言っただろ。あれはそういうことだよ。さっきのキョウスケ位深刻な状態になるとこのキヴスを与えるしか助かる方法は無い」

 メルが先程の緑色の液体が少しだけ残っている器を見せて来た。あのドロドロで苦い液体がキヴスらしい。材料が何なのか気になる。元の世界でドロドロしている植物というとオクラとかモロヘイヤとかが思いつくが、これほど苦い味がするものじゃない。それにあれはドロドロというよりもネバネバだ。

「でも、応急処置でしかないから。カヴァラの肉もあって良かったよ。ひどいことにならなくて」

 はぁと優しい笑顔で微笑むメルに対し、寝起きの口に、物凄く苦いドロドロの液体と、やけどしそうな程熱い焼き立ての肉を詰め込まれるという展開はひどくないのかと少しだけ思ったが、死ぬよりはマシなのは言うまでもないので沈黙した。
 ちなみに、唇と舌を少しやけどしたようでヒリヒリしている。
 俺の仕草を見て気づいてくれたようで、キヴスの器に水を満たして口に入れてくれた。水で薄められた苦みは中途半端に不味く感じてしまうが、黙って飲み込んだ。

「とにかく、早くなんとかして村へ戻ろう。まだ完全に回復したわけじゃないし。今日はもうクラヴィス使うなよ。今度こそ死んじゃう」
「あ、ちょっちょっと待って」

 メルに立ち上がるよう促されるが、従うことは出来ない。
 身体が動かないというわけではない。また村へ戻れば昨日以上に村人に囲まれる展開が目に見えている。あの村長だってきっと怒っているだろう。正直戻りたくない。
 何かないかと周囲を見回すとこちらの様子を黙ってみているボスコが居た。
 忘れかけていたが、俺はボスコに借りがある。それを返す義務があるのだ。それをネタにもう少しここに滞在させてもらおう。少々卑怯だが背に腹は代えられない。

「ぼ、ボスコ。君のお願いって何だったんだ?」
「ええよええよ、お前なんか知らんけど具合悪いんやろ? 元気になったらまた戻ってきてくれたらそれでええから」
「そういう訳にはいかない。恩を受けたらすぐにでも返すのが家訓なんだ」

 ボスコは殊勝なことを言ってくれるが、こっちはそうはいかない。出来れば無理矢理にでも押しとどめて欲しい。ちなみにうちにそんな家訓などない。あったとしてもこういうことがなければ守ろうとはしなかっただろう。

「さっきからぶつぶつ何言ってるんだよキョウスケ。誰かいるのか?」

 メルとボスコの間では言葉が通じ合っていないようなので、怪しまれないよう小声で話していたが、腕をつかまれている距離ではどうしても聞こえてしまっていたようで、キョロキョロしている。
 モグラとしゃべっているなんて言ったら馬鹿にされるか変人扱いされるかのどちらかもしれない。メルならば信じてくれそうな気もするが、保証はないのだ。

「! キョウスケ! 逃げぇ!」
「キョっキョウスケ……」
「急にどうしたんだよ二人とも」

 突然ボスコの様子が変わって、ボスコまで俺の腕を引っ張りはじめたと同時に、メルの様子まで変わり、急激に青ざめて俺の背後を指さした。
 メルもボスコも岸壁の方へ手を引いていたので、俺は地底湖に背を向けている。無理矢理首をひねって指さす方を見れば、今朝みたのと同じ美しく光り差し込む地底湖が広がっている。だが、地上の光が差し込まない暗がりに、それは居た。
 目を凝らすことで見えたのは、昨夜見たボスコの目とは一線を画す禍々しくも怪しく輝く赤い光が二つ。
  浅い地底湖では泳ぐことはできないようで、ザブザブと水音を響かせながら確実に近づいて来ている。井戸からふりそそぐ地上の光が届き、徐々に全貌が明らかになってゆく。
 最初は巨大な岩のように見えた。ゴツゴツとした輪郭を持ち、その中心部に二つの赤い眼が光っている不可思議な黒い岩塊。それが、地上の光によって照らされることで表面が濃い緑色をしていることが分かった。そして、禍々しく尖った牙が並ぶ大きな口を持っていることも。
  トカゲというには禍々しすぎるので、岩竜とでも呼ぶことにしよう。禍々しさしか感じられない岩竜の赤い眼がカッと見開かれた瞬間。嫌な予感がぞくりと背筋を駆け抜けた。

「危ない!」

 考えるより先に身体が動いてとっさにボスコとメルを押し倒す形で倒れた。
 
 ガガァアアアン!!

 強く眼を閉じたことで轟音だけが耳を劈いて、飛んできた小石が身体を打つ。
 そっと眼を開けると、地面はえぐれたような一直線の道が出来ており、亀裂の入った壁の中心部に濃い緑色の岩ーー岩竜がめり込んでいる。
 アルマジロの様に丸まって転がって来たようだ。凄まじいスピードと威力だ。
 あのあたりには確か俺がここにくる時に利用したボスコの穴があったはずだ。
 完全に逃げ道を塞がれたのは明らかだった。

「あ、ぁあ」

 メルが完全に怯えきってガタガタと身体を震わせている。この状態で逃げるのは無理そうだ。ボスコはというと気絶している。まぁ小動物だしね。

 俺は、傍らにあった御陵丸の柄を握った。

 柄と鞘を結んでいる紐を解いていると、道着の腰紐がそっと引っ張られた。もちろんその手の主はメルしかいない。
 視線を向けると、腰を抜かしたままで縋り付いていた。

「だ、め……」

 震える手で、怯えた目で、それでも彼女は俺の身を案じてくれているのが伝わってくる。彼女の悲壮な気持ちが伝わってくるのとは裏腹に、俺はとても晴れ晴れとした気持ちでいた。
 生まれて初めて、守りたいと思う相手が出来たのだ。
 だから自然と口角が上がっていた。

「メル、悪いけどもう一杯キブスを用意してくれないかな」

 岸壁を穿っていた緑色の塊に対して抜刀した御陵丸を構えると、岩竜はずんぐりとした胴体に対して付属品のような手足を出して丸まった状態から身体を開くと、ゆっくりと方向転換した。陽光を浴びた岩竜は、大きくて頭突きだけでも攻撃力がありそうな頭と、一振りでも吹き飛ばされそうな尻尾を持っている。

 俺はかつてないほど頭を回転させようとしていた。
 何せあの硬い岩盤に当たってもピンピンしている化け物を倒そうとしているのだから、生半可な攻撃では効かないだろうし、更にこちらは生死の境を彷徨ったばかりだ。
 
 頭の中で練り上げたイメージを御陵丸にぶつけるような感じで念じると、サワサワと空気の流れが生まれ、背中のあたりに集まっていく。
 足元の岩を小さな山にして踵を持ち上げるようにする。陸上でいうクラウチングスタートの形だ。剣道ではありえない構え。こんな事がなければ使うことは無かっただろう。

 そして岩竜が、威嚇するように大きく口を開けた瞬間に地を蹴った。
 全身の筋肉と、背後に集めた空気の壁によって尋常ではない推進力を得、その全てが岩竜の口へと向かっていく。

『ウグオオオォオオォ!!』

 岩竜のくぐもった悲鳴が洞窟内の空気を揺らす。
 俺の身体は岩竜の喉から噴き出した血で真っ赤に染まった。
 目の前に岩竜の口が迫り、目の前に牙が来る。短い手足ではどうにもならないので、噛みつこうとしているようだ。
 上下の顎が閉じようと迫っているので、右手に御陵丸を持ったままで腰に差していた鞘を縦にしてなるべく奥へと差し込んだ。
 

『ウグォウグァア!!』

 ほっと溜息をつく。痛みからか動きが鈍かったお陰で対処する事が出来た。手を噛みちぎられているところだ。

 御陵丸は俺が握ったままで固定されているので、暴れてくれるだけで岩竜にダメージが蓄積されていく。御陵丸を持って行かれないようにするだけで必死だ。
 本当ならもっと奥に突き込んでいくべきなのだろうが、恐ろしくてそんなこと出来るわけがない。火事場の馬鹿力など長続きするものではないのだ。
 このままでは、振り切られる、というところで、ふわりとした赤い髪が視界をかすめた。

「……メル?」

 メルが、涙目のままで御陵丸を一緒に握ってくれていた。恐くて震えたままなのに。
 ただ、それだけで力が湧いてきた。
 思った以上に俺は単純なようだ。俺だけの為じゃないのは分かっている、俺が死ねば次はメルの番だ。メルは自分の身を守る為にそうしている側面もある。それでも、嬉しいと感じた。
 御陵丸を、握り直し、両足に力を込めた。

「メル。頼みがあるんだけど」

 前置きしてから告げた言葉に、メルは頷いてくれた。そして、御陵丸を引き抜いて同時に岩竜の口内へ手を伸ばす。塞き止めていた御陵丸が抜けて更に大量の血が吹き出て全身を濡らす。
 
 メルの手から炎が現れた。
 俺が御陵丸を両手で握ると、メルの灯した小さな炎は突如として大きく燃え上がり、岩竜の洞穴のような口腔から胃のほうへと猛進してゆく。

『ギャウォオオオォ!?』

 あたりを肉の焦げる香ばしい匂いが満たす頃には、岩竜は閉じる力を失った口から鞘を落とし、バッタリと倒れた。

「やった……」

 誰からともなく、その言葉が漏れた。

「やったああ!」
「メッメル! えっとあのっ」

 岩竜を倒せたのは嬉しいのは分かるし俺も嬉しいが、それどころじゃない。飛びついてきたメルの身体が当たってるのだ。
 柔らかくてふにふにしている。
 でも気持ちいいかと言うとそうでもない。
 何故なら二人共頭から血をかぶっていて生臭いし、ネトネトしているのだ。

「やれやれ助かったみたいやな。う……早よ水浴びしろや、エグいでおまえら」

 今頃起きてきたボスコが俺たちの惨状を見て顔を顰めた。言われなくても分かってるけど、呑気に気絶していたやつに言われると少し腹立つ。

「う……」
「キョウスケ!? 」

 また虚脱感が襲ってきた。先ほどのように意識を失うほどではないが身体が動かない。
 メルの身体を支えにゆっくりとうずくまる。俺が横たわったのを確認するとメルの身体が離れた。
  おそらくキブスを貰いにに行ったのだろうと予測して眼を閉じていると、ぐちゃぐちゃというなんだか変な音がした後、口に何かを入れられた直後、口を押さえられた。

「うごご!?」

 思わず噛みしめると、ムチムチとした弾力のある感触と、喉から鼻へと抜けて行く強烈な血生臭さ。
 まさかと、眼を開けると、見るも無残な岩竜の死体があった。口を中心に裂くようにして解体してあり、ご丁寧に焦げた部分は綺麗に選り分けられて黒い山を形成している。

「ごめんキョウスケ! キブスは貴重品でそう何杯もあげられないんだ。それに意識があるなら、魔力を含む食べ物を生で食べるのが一番。こいつは見たことないタイプだけど魔力がすごく強い。我慢して食べて」

 そこまで言われれば吐き出すわけにもいかず、なるべく噛まないようにして飲み込んだ。また口に運ばれたが今度は抵抗せず受け入れた、メルも心得て小さめに切ってくれたので、最初ほどは労せず飲み込める。5切れほど飲み込んだところでようやく効果が身体に現れだした。身体の奥が熱を帯びたような感覚があり、手足に力が戻ってきて、立ち上がることくらいは出来るようになった。

「ここまで回復すればもう大丈夫。身体を洗って村に戻ったらちゃんとした食事を食べよう」
「やっとこの血を落とせるのか」

 ようやく血生臭い臭いから解放される、と安堵した俺の耳に、まるで囁くような水音が届いた。






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