上 下
2 / 14
気づいたら神社ごと異世界に飛ばされていた件

2話目 

しおりを挟む
「ん……あれは夢? じゃないな……」

 目を覚ますと目の前にイノシシウシがデーンと横たわっていた。
 周囲を見回しても、相変わらず境内しかなくて、鬱蒼と茂った森もそのままだ。
 何故助かったのか。考えても答えは出ない。
 普通ならあれだけの猛スピードで走ってきた怪物が境内に傾れ込めば、手入れが行き届いているとはいえ築うん百年の本殿はひとたまりもない筈だ。
 それなのに、境内は全くの無傷で、怪物は一歩も足を踏み入れるうことなく倒れている。
 答えが出るはずもない疑問よりも、腹で猛獣の暴れる鳴き声がすることの方が重要だと思いなおして、とりあえず腹ごしらえを試みる。
 もちろんターゲットはこのイノシシウシだ。

「まずは火だな」

 とりあえず、アウトドアの定番で枯れ枝を軽く積み上げたところに、拾った石同士をカンカン打ち付けてみるが、もちろん簡単に火がっついたりしない。
 次に木切れに枯れ枝を当て、枯れ枝を両手でぐるぐる回してみる。しばらくがんばっているとちょっと焦げてきた感じがするが、火が付く気配はない。

「無理か……」

 やはり、素人に火起こしは無謀だったようだ。
 クラスメイトがサバゲーに行った話をしていたのを小耳にはさんだことがあるが、彼らはこんな芸当もさらりとこなすのだろうか? 新しく入手したモデルガンの話を嬉々として語っていたこと以外記憶に残っていないので、食事をどうしたかは聞いていなかったのが悔やまれる。
 さすがにこのイノシシと牛のあいのこのような生物を生で食べる気にはなれない。
 諦めて木の実を探すしかないのかと思い直したところで、目の前の巨大な塊がぶるりと震えた。

「やべ、目を覚ました!?」

 どうやら死んでいたわけではなく、気絶していただけだったらしい。
 こんな巨体が至近距離で暴れたら今度こそ殺されてしまう。
 じりじりと後ずさりしながら、どう対応するべきか考えていると、腰に繋がった物が何かに引っかかった感触がした。
 すっかり忘れていたが、腰に御陵丸を差したままだったのを思い出した。これでとどめを刺すしかない。
 とはいえ、生まれてこのかた生物を殺したことなどない。
 抜刀して構えたものの、決心が固まっていないので剣先がぶれてしまう。
 これではいくら手入れの行き届いた日本刀とはいえ、その性能を活かすことは出来ない。
 ためらっている間にもイノシシウシは徐々に意識を取り戻し始めたのか動き始める、自分の頭程もある巨大な目玉がギョロリとこちらを見据えた。

「ひっ」

 思わず声が漏れたが、逆に生存本能を刺激されたのか、身体の震えが止まって刀を持つ手に力が入った。
 呼吸を整え、足を踏ん張り、丹田に力を込め、体中の血液が全身をめぐり手を通じて刃先へと流れていくような意識で集中する。

 吸って、吐いて、吸って……つま先に力をこめ、「メーーーーーーン!!」という掛け声と共に振り上げた刀をまっすぐに振り下ろす。
 次の瞬間突然突風が吹いて、身体が後方に吹き飛ばされる。同時にイノシシウシの悲鳴らしき轟音が響いたが、自分も後方の木に背中を強く打ち付けて「ぐふっ」と間抜けな声が漏れた。
 また気絶しそうな程の衝撃でクラクラしているが、何とか立ち上がって前方を確認すると、なんとイノシシウシの頭部に大きな亀裂が入っていた。亀裂の隙間からはおびただしい量の血が流れ出ていて、完全に事切れているのが一目で分かる状態になっている。ちなみに血はちゃんと赤い。

「うわぁ、グロ……」

 何が起こったのかは全く分からないが、それよりも問題はこの死体の処理だ。血の匂いが凄すぎて食欲なんか吹っ飛んだし、比較的涼しい時期とはいえ数日もすれば腐り始める。
 いきなり神社ごと変な森に迷い込んだ時より途方に暮れた。

「あんた凄いね、カヴァラを一撃で倒すなんて」

 突然、イノシシウシと自分しか居なかった筈の空間に、少女の声が割って入った。
 バッと振り返ると、自分と同じか少し年下くらいの少女が立っていた。
 腰より下まで流れる燃えるような赤い髪。髪と同じ色で宝石のようにきらめく少し吊り上がった瞳。一枚の生成りの布を首のところに穴をあけて首を通してから左右を縫い合わせ、腰のところを紐で縛っただけのような簡素な服を着ているが、そのせいで胸や腰回りの女性らしい曲線がくっきりと浮かび上がって目に毒なくらいの艶めかしさがある。
 肩には弓道で使うような木造の弓を担いでいて、腰には矢が数本入った筒を下げている。
 正直いって、今までテレビでも見たことが無いくらいの美少女だった。五年も経てば物凄い美人に育つだろう。

「誰……ですか? カヴァラってこの化け物のこと?」
「カヴァラを知らないの!? あんた何者? 変わった格好してるし、凄い強いし」

 でも、カヴァラを知らないってことは外国人とか? でも……などとブツブツつぶやいているが、こちらとしても聞きたいことが山ほどある。

「それよりも、聞きたいことが……」

 疑問を口にしかけたところで、再び暴れだした腹の虫が鳴り響いた。二人分。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

デビルサマナー

John Smith/ジョン スミス
ファンタジー
天使が現れてこう言った 『これは神の試練です。生き残れば新世界で暮らすことを許されます』 しかし天使の攻撃は苛烈を極め、そして人類は悪魔と契約してデビルサマナーを育成し始めた。 そして七日間に現れる大天使を倒せば世界は救われることを伝えられた人類は全力で応戦して大天使達を撃破するのだった

異世界から見たら現実世界は異世界だよね

ホメオスタシス
ファンタジー
相原 桂(あいはら けい)異世界に行きたかった。 エイ・ミイサは異世界に行きたかった。 そして2人は出会った。休日のコンビニで。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

元勇者で神に近い存在になった男、勇者パーティに混じって魔王討伐参加してたら追い出されました。

明石 清志郎
ファンタジー
昔とある世界で勇者として召喚され、神に近い存在になった男ジン。 新人研修の一環として同胞の先輩から、適当に世界を一つ選んでどんな方法でもいいから救えと言われ、自分の昔行った異世界とは別の世界を選び、勇者四人の選定も行った。 自分もそこで勇者として潜入し、能力を隠しつつ、勇者達にアドバイスなんかを行い後方支援を行い、勇者を育てながら魔王討伐の旅にでていた。 だがある日の事だ。 「お前うるさいし、全然使えないからクビで」 「前に出ないくせに、いちいちうぜぇ」 等と言われ、ショックと同時にムカつきを覚えた。 俺は何をミスった……上手くいってる思ったのは勘違いだったのか…… そんな想いを抱き決別を決意。 だったらこいつらは捨ててるわ。 旅に出て仲間を見つけることを決意。 魔王討伐?一瞬でできるわ。 欲しかった仲間との真の絆を掴む為にまだよく知らない異世界を旅することに。 勇者?そんな奴知らんな。 美女を仲間にして異世界を旅する話です。気が向いたら魔王も倒すし、勇者も報復します。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

処理中です...