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異世界転生ー私は騎士になりますー

13 魅惑のお茶会

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 ドレスに着替えた私と、正装に着替えたシェイルはウィルがお見舞いに来て下さった際にも使用した温室のテーブルの前に集合した。
 テーブルには妙齢の女性が座っていて、私達のことを微笑ましそうに見ている。

「ようこそおいで下さいました。私はフェスティール伯爵家のミルフェと申しますわ」

 これは、お茶会に招待された体を装った実戦形式のマナー練習だ。
 フェスティールというのは母の実家の名前で、ミルフェ夫人は母の弟の奥様だ。つまり私達からすると義理の叔母ということになる。叔母というにはかなり若いように見えるがカーラよりはまぁまぁ年上らしい。
 亜麻色の髪に碧眼という組み合わせが優しそうで、その朗らかな笑顔に癒される。
 彼女はシェイルの現状を嘆いた私が送った母への手紙の返信と同時期に訪ねて来て下さって、それから毎日シェイルと私とお茶をしに来てくださっている。
 シェイルが失敗する度に最初からになるので、彼女の自己紹介も何回聞いたか分からない。

「本日はお招きいただきありがとうございます。私はこの度ヴィラント家に迎えられることとなりましたシェイルと申します。こちらは妹のクロウツィアです」

 ちょっ棒読み過ぎかよ。
 内容としては及第点なんだけど、仕草も凄い固い。
 これでもかなりマシになった方で、最初の日は無言で着席しようとしたので私が椅子を取り上げたらキレてきたので私も応戦しようとしたら、怒られた。誰にって……愚問だ。

「お招きありがとうございます。クロウツィア・ヴィラントと申しますわ。兄共々よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願い致します。よろしければお掛けになって」

 若干カクカクとした動きながら、シェイルが椅子を引いて私を座らせてくれようとするが、動きが荒い。いたっ椅子で膝裏を小突くな。あ、椅子の足が床を擦る不快な音が響いた。この音嫌い。背筋がぞわっとする。

「シェイル様、30点です」

 もう一回背筋がぞわっとした。

 ミルフェ夫人は凄く朗らかな笑顔をしているのに、眼だけが笑っていない。そんな凍り付くような笑顔を向けられたシェイルは顔を青くしている。
 ミルフェ夫人はシェイルが頭が上がらない女性第一号だ。二号はもちろんカーラ。
 私は基本的にエスコートされる側だし、クロウツィアとして生きて来ていた分貴族令嬢としての振る舞いは身についているのであの笑顔を直接向けられたことは無いが、余波だけでも結構怖い。

「よろしければお掛けになって」

 ミルフェ夫人が続けた言葉にほっとする。最初からではなく続きからで良いようだ。初日は何度も最初からやり直しになったので、用意されていた紅茶が冷めてしまったし、ミルフェ夫人の発する空気で身体の芯まで冷えたものだ。
 シェイルが今度はそおっと椅子を動かしてくれたので、やっと座ることが出来た。私が着席したのを見守ってから、シェイルも隣に着席する。
 明らかにほっとした顔をしている。顔に出やすいなぁ。

「シェイル様、そんなに緊張していてはエスコートされる女性が疲れてしまいますわ。もう少しリラックスなさって」

 ミルフェ夫人の苦笑交じりの声に、シェイルは「できるか!」と言いたげな顔をしている。顔に出やす過ぎる。元が平民だから仕方がないといえば仕方がないのだが不安しかない。
 ヴィラント家は先代で叙爵されたばかりの新興貴族なので、父方の親族は全て平民だ。
 それも戦場で身を立ててきた脳き……武人ばっかり。
 食事マナーだけは一般兵でも手柄を立てれば晩餐会に招待されることがあるからと叩き込まれたらしいが、その程度だ。戦場で手柄を立てて凱旋した者に礼儀作法を説く無粋な人間はあまり居ないからね。だが、シェイルはそうではない。二代目のヴィラント侯爵にならないといけないんだから。
 ガチガチのシェイルと、にこにこと笑顔を崩さないミルフェ夫人と私、その緊張感漂う空間にすっとティーポットが割り込み、予め温められていたカップに注がれた。美しい琥珀色の液体からほっとする香りが漂ってくる。

「フェスティール伯爵領では新作の茶葉を売り出しましたの。お二人にご意見を伺いたく存じますわ」

 来た。シェイルが最も苦手とする社交会話の開始だ。
 シェイルの手が伸び、カップを手に取った。そしておもむろにカップに口をつけ。一口飲んだ。

「あっつ!」

 そうだろうねっ。

 ちらりとミルフェ夫人を見ると、笑顔のままだ。シェイルはほっとした顔をしているけれど、私の方が緊張するのでもうちょっと落ち着いて欲しい。

「えーっと、良い香りですね」

 大分長く押し黙った末に口を開いたシェイルはそれだけしか言わなかった。
 えーっとは余計だ。もう少し広げろと怒鳴ってやりたい。
 仕方が無いので助け船を出すべく私も紅茶をそっと口に含む。嗅いだことのある匂いに、クロウツィアの記憶が反応してくれた。

「これは……リープの花の香りでしょうか? それに、お砂糖を入れていないのにほんのり甘くてとてもお美味しいですわ」
「正解ですわクロウツィア様。リープの花はお茶にすると甘みを帯びるのです。甘さが足りない時はこちらをどうぞ」

 ミルフェ夫人の指示でカーラ達が持ってきたのは黄金色の蜜だった、濃厚なリープの花の匂いがするので、リープの花から採れた蜜だろう。

「いかが?」
「では一匙だけいただきますわ」
「お、私も一匙」

 ミルフェ夫人の指示に従ってカーラ達が私達のカップに一匙ずつ蜜を落としてくれる。
 俺と言いそうになったのを何とか修正したシェイルに私もほっとしながら、スプーンでかき混ぜたリープのお茶を飲むと、先程よりも甘くて美味しい。

「こちらはクーチャケのケーキです。リープのお茶に合わせて甘さ控えめにしておりますの」

 クーチャケは柑橘系の小さな木の実だ。甘酸っぱいクーチャケをアクセントにしたパウンドケーキはリープのお茶に良く合う。逆に言うと単品だと物足りない位甘くない。

「美味しいです。リープのお茶と合うというのも良いですが、クーチャケのケーキは甘いものを好まない方にも良さそう」
「確かに、お……私も甘すぎるのは苦手ですが、これはいくつでも食べられそうだ、です」

 シェイルのいちいち躓くの何とかして欲しい。俺と言いかけたりタメ口になったりしてるのバレバレだから!
 あと、ケーキ食べすぎ。いくらマナーに気をつけていてもそんなバクバク食べるものじゃないから!
 お茶会は社交の場であって、おやつタイムではない。特徴あるお茶やケーキも話題の材料としてミルフェ夫人が用意してくれた、言わば課題なのだ。
 私は怖くてミルフェ夫人の方を向けないので、必然的にシェイルばかり眺めてしまう。

「ありがとうございます。気に入っていただけて何よりですわ。それでは、クロウツィア様はお先にご退出なさって結構です。シェイル様は……ふふ」

 私は合格点を貰えたらしい。居残りになったシェイルは顔を真っ青にしてから白くするという器用な真似をしているのを見せてくれている。

「それでは失礼致しますわ」

 触らぬ神に祟りなしとばかりに私は浅く腰掛けて居た椅子から、カーラが椅子を引いてくれるのに従って立ち上がる。
 シェイルは、行かないでくれと言いたげな顔をしてその様子を見ている。悪いが見捨てさせてもらう。
 温室から出る瞬間、声にならない悲鳴が聞こえた気がした。

 許せ。



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