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宝石の庭と異端の悪魔

追憶:天界の戦争

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 ネシウムはサタンとルシファーが雲の外へ堕とされたと聞き、以前も感じた左胸のあたりのざわつきが日に日にひどくなっていた。

 穏やかに繭の中で眠っていたクシルバの姿が頭をよぎる。――これは本当にただの戦争なのか? もっと何か考えなければいけないことがある気がする。

 ネシウムの管轄下で働いていた下位天使たちも自我を持ち次々と反乱に加わり始めていた。

 カール、ストロン……ネシウムの身近にいた天使たちは次々に反乱に参加し消えていった。

 あるものは爆発四散しチリとなり、あるものは神起の鉾により全身を雑巾のように捻りあげられ見るに耐えない姿となり宙をただよっていた。

 天界の後方から放たれる無数の矢の中で赤い色の矢に当たった者は水分を奪われたように収縮し骨と皮だけの姿になった後、風船のように膨れ上がり飛び散って消えた。

 黒暗から湧き出る獣も厄介だった。女性の体に怪鳥のような羽をはやした怪物は爪や牙が鋭く動きも俊敏で多くの堕ちた天使たちを爪でえぐり手足や腹をもぎ取り戦闘不能に陥らせた。

 消滅した天使たちは敵味方関わらず青白い光を放つ大きな黒い円の中に引き込まれていった。

 ――反乱から一億年の時が経っていた。

 雲の隙間から降り注ぐ矢はとっくに止んでおり、堕とされた天使たちは神器を使う天使軍を前に衰退していった。堕ちた天使たちはいつ現れたのか黒い円に磁石のように引き寄せられていった。

 抵抗しようとするが足が鉛をつけているかのように重くなる。

 ルシファーは神の矢の影響を受けにくかったため、下位の天使たちをかばって矢を受けすぎていた。

 黒い円の周りは煌々と炎が燃え盛り、引き寄せられるにつれ温度を感じるはずもない天使たちでさえ熱さという感覚に目覚めるほどだった。真っ白な美しい羽は焼け、火の粉を纏う。

 それはサタンも同じだった。炎の耐性が強いサタンは最後まで炎から下位の天使たちを救いあげていたがサタンもついには美しかった六枚の羽は付け根の部分を残し燃え尽きていて飛べなくなっていた。

 炎の上で彼の足が無事なのは皮肉にも六花に覆われていたからであった。

 サタンとルシファーは同じタイミングでお互いの方を向き、微笑む。

「ルーシー、ありがとうな。お前が本来掲げるべき光は神に向けてではなかったはずなのに」

「なにを言う、サタン僕たちは兄弟も同然だ。僕が掲げるべきは今で間違いない」

 サタンは「フッ」と微笑むと瞼をゆっくりと閉じ炎の中に背中から倒れた。ルシファーも残った二枚の羽を閉じると両ひざから崩れ落ちた。
  
 瞬間、大量の海水が降り注ぎ黒円の炎を消しさった。神の加護を含む水はサタンやルシファー、下位の天使たちを少しだが癒し、力を与えた。

 暗闇の中から一つの光がサタンとルシファーに向かってふわふわと堕ちてくる。

 堕ちてきた光はネシウムだった。海と風を操る権限を与えられていたネシウムが力を使い近くにあった惑星の海水をすべて黒円の周りに降らせ炎を消したのだ。

「サタン様、ルーシー様、遅くなって申し訳ありません」

 ネシウムは力なく両膝をついていたルシファーの前に膝まづくようにして降り立った。

 ボロボロのサタンとルシファー、傷ついた下位天使たちや残骸を見て自分の目から今まで感じたことのない暖かい水があふれ出ることに気づく。

(これも自我による感情のひとつなのか……なんだかとても苦しい。)

「……なんだ、これ?」

 ルシファーはネシウムを抱きしめ背中をポンポンっとやさしく二回叩き微笑む。

「やあネシウム。君なら来てくれるって思っていたよ」

 ネシウムは目から流れ出た暖かい水がなんなのか、自分の胸がなぜ苦しいほどに痛くなったのか、訳が分からないままルシファーの背中に腕を回す。

 ルシファーの焼けただれた羽が痛々しい、ネシウムはゆっくりと瞼を閉じる――その時一本の赤く光る矢が一直線にネシウムの右目を貫いた。

 矢からあふれた光はネシウムの目をチカチカと浸蝕していった。まるで目の前で火打ち石を打たれたているように目がチカチカしていたかと思うと想像を絶する痛みが目を襲い、目をかきむしりながら生まれてはじめて大きな叫び声をあげる。

 ネシウムが海水を奪ったことにより、満々と水をたたえていた惑星は血の色を連想させる赤い輝きの惑星となり、赤茶けた鉄さびのチリでおおわれた干からびた星へと姿をかえた。

 さすがに海の水をすべて盗られるなどということは神々も予想外の出来事だったようで怒りに震え禁忌をおかしたネシウムに直接の罰を与えた。

「おまえが一つの尊い惑星の海を盗んだことが分かるようにおまえの瞳を干からびた惑星と同じ色にしてやろう!その眼を見るたびにおまえが犯した罪を全員が知ることとなるのだ!」

 ネシウムは神の光により眼を焼かれ、もがきながら海水と共に黒円の中へ落ちていった。

 力を使い果たし気絶していたルシファーも一緒にくずれるように黒円の中へ吸い込まれていく。

 海水の雨に少しだけ回復していたサタンは急いで二人に手を伸ばすが、引き上げることはできずに一緒に黒円の中へ落ちていってしまった。

 ネシウムはおよそ七百九十日もの間苦しみ続け、琥珀色だった瞳の色は紅炎に染まった。

 ――こうして約一億と二百日におよんだ天界の戦いは終わりを告げた。
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