兄が変態すぎたので家出して逃げ込んだ先はまたしても変態比率が高かったようでどうやら僕の救いはお嬢様だけなようです。

アララギ

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第一話 僕が家を飛び出した顛末

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  キーコキーコ。

「はぁ、これからどうしようか」

 夕日に照らされたブランコに乗りながら一人つぶやく。

  昨日の夜まで降っていた雨も上がり、所々に残った小さな水たまり
に赤い光が反射していた。

  公園ではその水たまりをものともせずに小さな子ども達が駆け回っている。

 侘しいお腹を抱えながらキーコキーコとブランコを漕ぐ。

  軽く吹いた木枯らしが肌を切るように冷たく感じる。

「兄さんの家はどっちの方かな」

 ボーッ、と公園の外へと目を向ける。

「やっぱり無茶だったかな、………いやいや」

 思わずこぼれた弱音にフルフルと首を振る。

「こうしなかったらもっと大変なことになってたかもしれないし、大
丈夫大丈夫、きっとなんとかなるっ」

 自分の弱気を振り切るように拳を握って明日に向かって闘志を燃やす。

「にしても、まさかこんなことになるなんて」

(人生何が起きるかわからない、なんてよく聞くけど本当なんだなぁ)

  日も暮れかけた公園で、そんなことをしみじみ考えながらほんの数時間前のことを思い出すのだった。

  


「真守兄さん、ご飯できたよ」

 片手で出来たての料理の乗った皿を持ちながら、扉を押し開く。

「お、海人。もう出来たのか?」

 デスクに腰掛けた真守兄さんがこちらに顔を向ける。
  #緋辻_ひつじ_ ##真守_まもる_#。僕、#緋辻_ひつじ_# #海人_かいと_#から七つ離れたの血の繋がらない兄さんで、ペンネーム・#城守_しろもり_ ##慧_けい_#いう名前で売り出し中の今をときめく推理小説家だ。

「まだ五時すぎじゃないか、少し早くないか?」

「真守兄さんが言ったんじゃないか。また新しい仕事が入ったから明日から夕飯早めに持ってきてくれって」

「ああ、そういえばいったな。悪い悪い、最近物忘れが多くてなぁ」

「僕と七つしか変わらないんだからそんな年よりくさいこと言わないでよ」

 柔和な笑みを浮かべてポリポリと頭を掻く兄さんに小さく嘆息する。

  街のはずれにある一軒屋。今、この家に住んでいるのは僕たち兄弟二人だけだ。

  幼い頃に養子に出された僕は、推理小説家として独立していた真守兄さんに引き取られた。関係的には父のいとこに当たる人なのだが、僕を引き取った当時大学生だった兄さんの嘆願で『真守おじさん』という呼び名は封印された。もちろん、今では真守兄さんを本当の兄のように思っている。

  真守兄さんはほとんど他人といってもいいほど遠縁に当たる僕を、辛い顔ひとつ見せず養ってくれた。いつしか僕はせめて自分に出来ることをと、家の家事を率先して受け持つようになったのだった。

「おお、サンドイッチか、美味そうだ」

「これなら片手間で食べられるでしょ、夜食は何時くらいがいい?」

「いや、今夜はいい。適当な時間にコーヒーを持ってきてくれるか?」

「わかった。仕事頑張って」

「頑張るさ。かわいい弟のためだからな」

 そういうことをさらりとそういうことを言ってのける兄にムズ痒さを感じるが悪い気はしない。

 デスクに寄ってサンドイッチの乗った皿を机に置く。

「それじゃ、真守兄さん、僕は下にいるから何かあったら呼んで」

「ああ、海人。ちょっと待った」

 部屋を出ようとしたところで真守兄さんに声をかけられた。

「? 何?」

「実はお前にやってもらいたい事があってな」

 こちらに向き直った真守兄さんはくいっ、と眼鏡を押し上げた。

 そう、兄さんは本当に頼りになった。
  大変じゃないはずはなかったのにいつも何でもない顔をして育ててくれた真守兄さんはとても立派だと思う。ただ、
  
「女装してエプロンをつけてくれ。もちろん裸で」

「いったい何を言ってるの真守兄さんっ!?」
  
 ただ、どうしようもなく、突然変なことを言い出す人だった。

「聞こえなかったか? 女装して裸エプロンの格好をしてくれと頼んだんだが。ほら、これだ」

「そんな堂々と女装道具とエプロンを出さないでっ!!」

 どこから取り出したのか、いつの間にか片手にはフリルたっぷりの胸がハート型になったピンクのエプロン。もう一方の手にはカツラと化粧用具があった。

「ふむ、こ、こんな感じか?」

「恥らって出せとは言ってない」

 ものすごく気持ち悪い。
 真守兄さんはそうか、というと一瞬で元の表情に戻る。

「というわけでこれだ」

「だからなんでっ!? どうしていきなり女装なんだよっ!? しかも裸エプロンっ!!」

 次の小説を書くのに必要だったりするのか? もしそうだったとしてそんなものが必要になる推理小説って何なの、推理小説に女装が必要なのか??

「ん? 完全に僕の趣味だが」

「絶対にしないッ!!」

 少しでも女装に意味を見出そうとしたのが間違いだった。

「ふむ、まぁそれはのちのち説得すればいいか」

「いや、そんな説得だけは絶対にされないからって、真守兄さんっ、な、なんでにじり寄ってくる」

「実はこの前、編集部に行った時に気の合う御仁と出会ってな。その人相手に相談してみたんだ」

「は?」

 急な話題転換についていけず目を白黒させる。

「な、なんの相談を?」

 とりあえず会話をつづげながらも近くに寄ってくる兄さんから逃げるように後ずさる。

「うむ、実は日々高まり続ける弟への情欲のせいで弟以外がすべからく木偶人形に見えるのだがどうすればいいだろうか、と」

「初対面の人になんてことをっ!!」

 というか今の僕にとってもの凄く聞き捨てならない相談内容だったと思うんだけどっ!?

「じょ、冗談なんだよね? 兄さん」

 冷や汗を流しながらそうであってくれと訴える。

「そうしたらな、素晴らしい助言と共にこれらのアイテムを託してくれたんだ」

 質問に答えずにそう言って真守兄さんはクイッ、と見せつけるようにエプロンと女装道具を持ち上げた。

「い、嫌な予感しかしないんだけど、な、なんて助言を?」

「ああ、曰く、『好きという気持ちに貴賎などはない、弟にこれらを着せ、押し倒して目覚めさせるといい』と」

 部屋の外へ逃げ出しました。それはもう、全速力で。

「待て、何故逃げる、マイすうぃーとブラザーよ」

「寄るな来るな近づくなこの変態バカメガネーッ!!」

 貞操の危機につき日ごろの感謝の念はゴミ箱へ放り投げる。

 女装道具とエプロンを携えて寄ってくる兄さんに向かって電話やら掛け軸やら美術品やら手当たり次第に全力で物を投げつけた。

「おお、なにをする。その絵は世界でも希少なものなんだぞ。これはきっちりお仕置きしないとなぁ」

「頼むから正気に戻ってよ真守兄さんっ!! 濁ってるっ!! ものすごく目が濁ってるっ!!」

「ハァハァ、ごくりっ。なるほど、あの御仁の言うとおりだな。抵抗されればされるほどますます高ぶってくる」

「いやあああああっ!!」

 顔や体に飛んでくるものを物ともせずに近づいてくる。
  不気味だった。兄さんのことは尊敬しているがはっきり言って気持ち悪い。

  まずい、このままじゃ本当に襲われてしまうっ!!

「さぁ、ほら。海人は素直ないい子だろう? わがままは言わないでお兄ちゃんの言うことを聞いておきなさい。ぐふ、ぐふふ」

「真守兄さん……兄さんのことは尊敬してるし、大切に思ってるけど、受け入れていいことと悪いことがあるんだああああああっ!!」

 階段を駆け下り、そのままの勢いで外へと飛び出す。

 僕はしばらくの間は絶対にこの家には戻らない……そう誓った高校二年の春の初めだった。

「ふむ………やはり、ぐふふはやりすぎただろうか」
  
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