上 下
2 / 10

サヨナラだけは、遥か彼方(講談社NOVEL DAYS課題文学賞優秀賞)

しおりを挟む
【幼なじみの男子が引っ越すことを当日まで知らなかった。
アタシは走る、走る、ひたすら走る……。
全米が泣くはずだった物語。】
 ***
【講談社NOVEL DAYS課題文学賞優秀賞】
(※著作権その他すべての権利関係は現在、作者のもとに有ります。)



「キョースケくんの家、今日引っ越しなんだって。知ってた?」
 お母さんが朝のゴミ出しで仕入れてきた情報だった。
 磯川恭介が? そんなの、聞いていない。
 三月、春休み。宿題もないので、まだ出しっぱなしのコタツの中でごろごろしていた時だ。アタシは動揺を隠そうと平静を装った。
「ふ~ん、そうなんだ」
「マキ、手伝ってきてあげたら?」
「考えとく」
 お母さんはそのうちパートに出かけてしまい、アタシはまだぬくぬくとしていた。いや、悶々かもしれない。
 どうしてアイツはひと言も告げなかったのだろう。近所じゃないか。小さい頃は一緒に遊んでいた仲じゃないか。今じゃ、まったく話さなくなったけどさ。
 そうか、思春期の照れというやつだな。さすがに女子にお別れの挨拶は言いづらかったのかもしれない。じゃあ、メッセージでも送っておくか。
 ない。アイツのアカウントもIDも知らない。そもそも、アイツ、スマホを持っていたっけ? イエデンなんて、できるかよ。いや、引っ越し当日だ。自宅の電話は、もう使えないはずだ。
 手伝いに行けって言っていたよな。アイツの家、すごく物が多くて、めちゃくちゃ狭くなっていたもんな。あれを運び出すの、かなり大変じゃないかな。
 仕方がない、行ってやるか。ホント、手伝うだけだぞ。

 路地を二つ曲がって、アイツの家が見えた。ちょうど発車するところだった。引っ越しトラックに続き、アイツんちの車が。
 え? もう?
 父親が運転しているのだろうか。ということは助手席に母親? 後部座席でアイツが小学生の妹ちゃんとふざけ合っているのが見える。
 待て、待て、待て。
 アタシは思わずあとを追いかけた。おっ、これってマンガやアニメでよくあるパターンだな。後部座席の窓越しに手を振ってくる。でも、どんどん遠ざかっていく……って流れ。
 今まさに、現実でもどんどん離されていた。だけど、アイツもアイツの家族も誰も気づいてくれない。どういうことだよ! ここ、一番盛り上がるところだろ! 全米が泣くシーンだぞ! アタシは激怒しているけど。
 このまま大通りに出たら、まずい。でも、ラッキー! 大通りに入る手前で信号待ちになった。追いつけ、追いつけ。
 けど、車体にあともう少しという瞬間に、また発進してしまった。この距離でも、まだ分からないのか、父親は。ミラーを見ろよ。
 右折した車を追って、アタシは大通りの反対側歩道を必死に走った。渋滞なのが幸いして、何度も前方でスピードダウンしては、微妙に距離を縮めてくれた。
 アタシは両手を大きく振り上げながら、斜め後方を並走した。声も張り上げていた。これ、とてつもなく恥ずかしいぞ。
 なのに、スルーかよ。逆に、他の車の人たちから注目され、笑顔で手を振り返してくれた。スマホで撮影しやがる奴もいる。
 あっ、左折して脇道へ入っていった! 横断歩道はない! だが、歩道橋はある!
 駆け上がり、駆け抜け、駆け下りる。なぜ、ここまでしなければいけないのか。

 脇道の奥へ進んだが、見失ってしまった。ああ、何てこった! ジ・エンド。アタシはその場に四つん這いで崩れ落ちた。
 終わった。すべてが終わった。
「マキ姉ちゃん、どうしたの?」
 見上げると、アイツの妹ちゃんがいた。
「お兄ちゃん! マキ姉ちゃんだよ!」
 横を見ると、行き止まりの私道に引っ越しトラックが停車していた。そして、アイツんちの車が一軒家の駐車スペースにある。その家の中から、アイツが出てきた。
「おう、手伝いに来てくれたか!」
 能天気な笑顔がむかつく。
「ここに引っ越したんだ。前の家、狭くてよ」
「マキ姉ちゃん、今度はわたしの部屋もあるんだよ!」
 は? 同じ学区内じゃないか。というより、通学距離、短くなっていないか?
 そういえば転校なんて、ひと言もなかったな。ただの引っ越しかよ!
「マキ姉ちゃん、泣いてるの?」
「汗だろ? 鼻水もすごいぞ。おい、どこに行くんだ!」
 アイツの声が後ろから響いた。アタシは顔から火が出る思いで、逃げるように駆け出していたのだ。
 でも、安心した。ちょっと嬉しいかも。ちょっとだけ。

                (了)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽんくら短編集

タカハシU太
ライト文芸
ポンコツ&ボンクラなショートショートの寄せ集め

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

リトルストーリーズ~小さな物語集~

タカハシU太
ライト文芸
小品のショートショート集を掲載していきます 現代からSFファンタジーまで

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

魔法少女ヘッドハンティング【声劇台本】【三人用】

マグカップと鋏は使いやすい
ライト文芸
【ギャグ台本】 魔法アニマル(魔法少女の横にいる動物)の話です。 ある女性が歩いているところへ、三匹のアニマルたちがやって来ました。このアニマルたちは、「僕とケイヤクして、魔法少女にならないか?」と言うのです。 こちらは、声劇台本用として書いたものです。 登場人物 ●アニマル1 基本はきっちり守る優等生。 ☆アニマル2 オシャレ第一、少々上から目線な性格。 □アニマル3 マイペースで他人の話を聞かないタイプ 以前別のサイトに載せていたものです。 動画・音声投稿サイトに使用する場合は、使用許可は不要ですが一言いただけると嬉しいです。 聞きに行きます 自作発言、転載はご遠慮ください。 著作権は放棄しておりません。 使用の際は作者名を記載してください。 性別不問、内容や世界観が変わらない程度の変更や語尾の変更、方言は構いません。

医者兄と病院脱出の妹(フリー台本)

ライト文芸
生まれて初めて大病を患い入院中の妹 退院が決まり、試しの外出と称して病院を抜け出し友達と脱走 行きたかったカフェへ それが、主治医の兄に見つかり、その後体調急変

処理中です...