2 / 9
サヨナラだけは、遥か彼方(講談社NOVEL DAYS課題文学賞優秀賞)
しおりを挟む
【幼なじみの男子が引っ越すことを当日まで知らなかった。
アタシは走る、走る、ひたすら走る……。
全米が泣くはずだった物語。】
***
【講談社NOVEL DAYS課題文学賞優秀賞】
(※著作権その他すべての権利関係は現在、作者のもとに有ります。)
「キョースケくんの家、今日引っ越しなんだって。知ってた?」
お母さんが朝のゴミ出しで仕入れてきた情報だった。
磯川恭介が? そんなの、聞いていない。
三月、春休み。宿題もないので、まだ出しっぱなしのコタツの中でごろごろしていた時だ。アタシは動揺を隠そうと平静を装った。
「ふ~ん、そうなんだ」
「マキ、手伝ってきてあげたら?」
「考えとく」
お母さんはそのうちパートに出かけてしまい、アタシはまだぬくぬくとしていた。いや、悶々かもしれない。
どうしてアイツはひと言も告げなかったのだろう。近所じゃないか。小さい頃は一緒に遊んでいた仲じゃないか。今じゃ、まったく話さなくなったけどさ。
そうか、思春期の照れというやつだな。さすがに女子にお別れの挨拶は言いづらかったのかもしれない。じゃあ、メッセージでも送っておくか。
ない。アイツのアカウントもIDも知らない。そもそも、アイツ、スマホを持っていたっけ? イエデンなんて、できるかよ。いや、引っ越し当日だ。自宅の電話は、もう使えないはずだ。
手伝いに行けって言っていたよな。アイツの家、すごく物が多くて、めちゃくちゃ狭くなっていたもんな。あれを運び出すの、かなり大変じゃないかな。
仕方がない、行ってやるか。ホント、手伝うだけだぞ。
路地を二つ曲がって、アイツの家が見えた。ちょうど発車するところだった。引っ越しトラックに続き、アイツんちの車が。
え? もう?
父親が運転しているのだろうか。ということは助手席に母親? 後部座席でアイツが小学生の妹ちゃんとふざけ合っているのが見える。
待て、待て、待て。
アタシは思わずあとを追いかけた。おっ、これってマンガやアニメでよくあるパターンだな。後部座席の窓越しに手を振ってくる。でも、どんどん遠ざかっていく……って流れ。
今まさに、現実でもどんどん離されていた。だけど、アイツもアイツの家族も誰も気づいてくれない。どういうことだよ! ここ、一番盛り上がるところだろ! 全米が泣くシーンだぞ! アタシは激怒しているけど。
このまま大通りに出たら、まずい。でも、ラッキー! 大通りに入る手前で信号待ちになった。追いつけ、追いつけ。
けど、車体にあともう少しという瞬間に、また発進してしまった。この距離でも、まだ分からないのか、父親は。ミラーを見ろよ。
右折した車を追って、アタシは大通りの反対側歩道を必死に走った。渋滞なのが幸いして、何度も前方でスピードダウンしては、微妙に距離を縮めてくれた。
アタシは両手を大きく振り上げながら、斜め後方を並走した。声も張り上げていた。これ、とてつもなく恥ずかしいぞ。
なのに、スルーかよ。逆に、他の車の人たちから注目され、笑顔で手を振り返してくれた。スマホで撮影しやがる奴もいる。
あっ、左折して脇道へ入っていった! 横断歩道はない! だが、歩道橋はある!
駆け上がり、駆け抜け、駆け下りる。なぜ、ここまでしなければいけないのか。
脇道の奥へ進んだが、見失ってしまった。ああ、何てこった! ジ・エンド。アタシはその場に四つん這いで崩れ落ちた。
終わった。すべてが終わった。
「マキ姉ちゃん、どうしたの?」
見上げると、アイツの妹ちゃんがいた。
「お兄ちゃん! マキ姉ちゃんだよ!」
横を見ると、行き止まりの私道に引っ越しトラックが停車していた。そして、アイツんちの車が一軒家の駐車スペースにある。その家の中から、アイツが出てきた。
「おう、手伝いに来てくれたか!」
能天気な笑顔がむかつく。
「ここに引っ越したんだ。前の家、狭くてよ」
「マキ姉ちゃん、今度はわたしの部屋もあるんだよ!」
は? 同じ学区内じゃないか。というより、通学距離、短くなっていないか?
そういえば転校なんて、ひと言もなかったな。ただの引っ越しかよ!
「マキ姉ちゃん、泣いてるの?」
「汗だろ? 鼻水もすごいぞ。おい、どこに行くんだ!」
アイツの声が後ろから響いた。アタシは顔から火が出る思いで、逃げるように駆け出していたのだ。
でも、安心した。ちょっと嬉しいかも。ちょっとだけ。
(了)
アタシは走る、走る、ひたすら走る……。
全米が泣くはずだった物語。】
***
【講談社NOVEL DAYS課題文学賞優秀賞】
(※著作権その他すべての権利関係は現在、作者のもとに有ります。)
「キョースケくんの家、今日引っ越しなんだって。知ってた?」
お母さんが朝のゴミ出しで仕入れてきた情報だった。
磯川恭介が? そんなの、聞いていない。
三月、春休み。宿題もないので、まだ出しっぱなしのコタツの中でごろごろしていた時だ。アタシは動揺を隠そうと平静を装った。
「ふ~ん、そうなんだ」
「マキ、手伝ってきてあげたら?」
「考えとく」
お母さんはそのうちパートに出かけてしまい、アタシはまだぬくぬくとしていた。いや、悶々かもしれない。
どうしてアイツはひと言も告げなかったのだろう。近所じゃないか。小さい頃は一緒に遊んでいた仲じゃないか。今じゃ、まったく話さなくなったけどさ。
そうか、思春期の照れというやつだな。さすがに女子にお別れの挨拶は言いづらかったのかもしれない。じゃあ、メッセージでも送っておくか。
ない。アイツのアカウントもIDも知らない。そもそも、アイツ、スマホを持っていたっけ? イエデンなんて、できるかよ。いや、引っ越し当日だ。自宅の電話は、もう使えないはずだ。
手伝いに行けって言っていたよな。アイツの家、すごく物が多くて、めちゃくちゃ狭くなっていたもんな。あれを運び出すの、かなり大変じゃないかな。
仕方がない、行ってやるか。ホント、手伝うだけだぞ。
路地を二つ曲がって、アイツの家が見えた。ちょうど発車するところだった。引っ越しトラックに続き、アイツんちの車が。
え? もう?
父親が運転しているのだろうか。ということは助手席に母親? 後部座席でアイツが小学生の妹ちゃんとふざけ合っているのが見える。
待て、待て、待て。
アタシは思わずあとを追いかけた。おっ、これってマンガやアニメでよくあるパターンだな。後部座席の窓越しに手を振ってくる。でも、どんどん遠ざかっていく……って流れ。
今まさに、現実でもどんどん離されていた。だけど、アイツもアイツの家族も誰も気づいてくれない。どういうことだよ! ここ、一番盛り上がるところだろ! 全米が泣くシーンだぞ! アタシは激怒しているけど。
このまま大通りに出たら、まずい。でも、ラッキー! 大通りに入る手前で信号待ちになった。追いつけ、追いつけ。
けど、車体にあともう少しという瞬間に、また発進してしまった。この距離でも、まだ分からないのか、父親は。ミラーを見ろよ。
右折した車を追って、アタシは大通りの反対側歩道を必死に走った。渋滞なのが幸いして、何度も前方でスピードダウンしては、微妙に距離を縮めてくれた。
アタシは両手を大きく振り上げながら、斜め後方を並走した。声も張り上げていた。これ、とてつもなく恥ずかしいぞ。
なのに、スルーかよ。逆に、他の車の人たちから注目され、笑顔で手を振り返してくれた。スマホで撮影しやがる奴もいる。
あっ、左折して脇道へ入っていった! 横断歩道はない! だが、歩道橋はある!
駆け上がり、駆け抜け、駆け下りる。なぜ、ここまでしなければいけないのか。
脇道の奥へ進んだが、見失ってしまった。ああ、何てこった! ジ・エンド。アタシはその場に四つん這いで崩れ落ちた。
終わった。すべてが終わった。
「マキ姉ちゃん、どうしたの?」
見上げると、アイツの妹ちゃんがいた。
「お兄ちゃん! マキ姉ちゃんだよ!」
横を見ると、行き止まりの私道に引っ越しトラックが停車していた。そして、アイツんちの車が一軒家の駐車スペースにある。その家の中から、アイツが出てきた。
「おう、手伝いに来てくれたか!」
能天気な笑顔がむかつく。
「ここに引っ越したんだ。前の家、狭くてよ」
「マキ姉ちゃん、今度はわたしの部屋もあるんだよ!」
は? 同じ学区内じゃないか。というより、通学距離、短くなっていないか?
そういえば転校なんて、ひと言もなかったな。ただの引っ越しかよ!
「マキ姉ちゃん、泣いてるの?」
「汗だろ? 鼻水もすごいぞ。おい、どこに行くんだ!」
アイツの声が後ろから響いた。アタシは顔から火が出る思いで、逃げるように駆け出していたのだ。
でも、安心した。ちょっと嬉しいかも。ちょっとだけ。
(了)
10
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。




男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる