鍵を胸に抱いたまま

亨珈

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信じていたいのに

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 もう失いたくない。新汰の言いなりにガラスを続けたとして、手伝いならばともかく作品として納得のいく物が出来るはずはない。
 確かに、哲朗が結婚すると聞いてこの世の終わりのようにショックで、その時入れ替わるように現れた新汰の勧めるまま指し示すままに物づくりの世界に足を踏み入れた。
 それは確かに実を救い、生きる糧となった。だから今でも、新汰のことは嫌いではないしましてや憎めないし、感謝している。
 しかし、ここからの人生もそのままでいいのだろうか。
 まめに会えても、コンビという名目以上の関係になれない他人。妻という隠れ蓑の陰で続けられる肉体関係のあとに訪れるのは、充足ではない空虚。
 確かに、男同士だから、戸籍上の他人でしか居られない。それは哲朗とも同じだ。だが、絶対的に違うと言えるのは、哲朗ならば実だけを唯一として愛してくれるということだ。
 そこまで考え、待てよと思う。
 哲朗の家族はどうだろう。再婚話を持ち出されると、今度も断れないのではないのか。
 流石にそこまでは聞いていないから、両思いになってふわふわした気持ちのままに帰ってきてしまった。
 果たしてこれで良かったのかと、気付いてしまった。
 新汰は、自分を信じろと言う。愛しているのはみのちゃんだけ。幾度も聞いた睦言は空言だ。
 哲朗は、まだ何も言わない。同じように好き合っていることだけは確認できたものの、では今後の付き合い方をどうするかなどと無粋な話には持っていかなかった。
 十年前のあれは、哲朗が通した筋。
 友達ならば、そんな断りなど不要だった。またタイミングが良いときだけ声を掛けて、夜に少し会うだけの関係。それをずっと続けていけば良かったのだ。
 新汰が哲朗と同じ立場ならばそうしたろうと思う。別に言う必要がない。訊かれなかった。黙っている理由ならばそれで十分。なぜわざわざ告げる必要があるのか。
 けれど、実をただの友人以上に想っていた哲朗は、結婚を別離とした。また、実もそうだとしか考えられなかった。普通の友人ならば、またいつか遊ぼうねと、そう言うところだろうに、もう会えないなとしか考えられなかった。それは誰かの夫である哲朗と、これまでのように話せる自信が皆無だったからに他ならない。
 ならば、もしも再婚が決まれば、訪れるのは今度こそ間違いなく完全な別離だろうと思う。
 その時までの一時的な恋人でいればいいのだろうか。
 自分は、それで耐えられるのだろうか。
 心配性だと非難されてもいい。恋人になったその次の瞬間に別れの心配ばかりするのは早計に過ぎると嘲笑されても仕方ない。
 ずっと、ただ一人として大事に想われた経験のない実は、愛されている自信を持ったことなどなかった。
 与えられたことのないものは信じられない。哲朗を信じていたいのに、信じるとはどういうことなのかと考えてしまう。
 ぐるぐる同じところに辿り着く思考に見切りをつけたときには、日付が変わろうとしていた。


 ほんの少し寝不足なことを除けば、日々は安穏に過ぎていく。
 職場ではバレンタインの義理チョコが配られ、生徒たちは朝からずっとそわそわ浮かれている。
 元々校則の緩い学校ではあったが、この日は特に大人も目こぼしして、綺麗にラッピングされた箱や袋が行き交うのを微笑ましく横目に眺めていた。
 とはいえ、女子の方が圧倒的に少ないという特徴のある学校だから、多くの男子生徒にとってはまるで関係ないものであったり、劣等感を煽られるだけのイベントであったりする。
 実も高校時代は義理チョコにしか縁がなかったけれど、それもここではもらえない人が多いのは気の毒だなあと感じていた。
 新汰はあちこちからいつもかなりのチョコレートをもらっていた。返すのが大変だと笑いながら披露して、作家仲間に小突かれていたのを思い出す。
 義理と解っていても、実は切なく見守っていた。自分もそれに参加すればきっと喜ぶと解っていても、なんだか悔しい気がして。
 皆の前で堂々と渡しても、きっと誰も深く考えず、ノリでイベント事を楽しんでいるのだと取られて終わるだろう。
 でも、二人だけのときに渡したとしても、新汰はそう取るのではないか。それならば意味のないことをしても仕方がないし、男一人でバレンタインコーナーに行くのは顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
 ふと、哲朗はどうなのだろうと思った。
 きっと喜んでくれるだろう。
 驚いて、それからおずおずと受け取って、きっとあのふんわり優しい笑みを浮かべて耳だけ赤くするに違いない。
 想像の中の哲朗はいつだって実のことだけを真摯に見つめてくれる。
 それはもしかしたら、実の勝手な思い込みなのかもしれない。
 新汰は知り合いも多くて、いつも沢山の人に囲まれていて、二人になってもいつも話題豊富な新汰が喋り、実は殆ど聞き役に徹していた。
 元々お喋りな方ではなかったから、それで良かった。肝心なこと以外とはいえ、いつでも話題を提供してくれた。
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