鍵を胸に抱いたまま

亨珈

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あけおめメール

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「みのちゃん? ちゃんと前見てないと危ないよ」
 コートを着て、深夜の散歩。自動車のものばかりではない轍の跡を辿りながら、近所の神社へと向かう二人の足取りはのんびりしている。
 それというのも、実は百六十少しという男性にしては小柄な体格で、百八十に近い新汰がそれに合わせて歩調を緩めてくれているからなのだ。
「解ってるって」
 視線は足元に落ちていて、田舎の夜って明るいのか暗いのか判らないな、と影から空へと視線を移す。
 道の片側は見渡す限りの田んぼ。その遥か向こうに黒々とした山が連なっていて、距離感が掴めない。
 反対側は逆にすぐに山に入れるようになっていて、大晦日から元日にかけてのこの夜は、等間隔に篝火と提灯があり、普段から立っている電柱の灯りに加えてかなりの明るさだ。
 ジジ、と時折音を立てて点滅する蛍光灯は橙色に黒が混じり、羽虫が周りを飛び交い、それを狙った夜行性の生き物が凄いスピードで宙を舞っている。木で出来た柱部分にも何かしら生き物が止まっている。
 夏場はそれが蝉やクワガタだったりしたけれど、冬はなんだろうとぼんやり考えつつ、時折擦れ違う人々と新年の挨拶を交わしながら歩を進めた。
「どうかしたの」
 常から口数の多い方ではないものの、あまりにも黙りこくっている実に、ついに痺れをきらせたのか新汰が顔を覗き込んだ。
 言わなきゃ、今度こそ。
 本当は、年末に言うつもりだった。
 だが、いつも通り正月は飲もうねと新汰の家族から連絡を受けて、とても言い出せる雰囲気ではなかった。
 ずっと、ずっと、考えてきた。
 お盆まで、まだ日がある。
 今しか、言う時はないんじゃないか。
 このまま、夜明けまで待って、急用が出来たからと予定を切り上げて帰ればいいんじゃないか。そうすれば、次に顔を合わせるまでに少しは気持ちの整理が付くんじゃないか、そう考えるのは、一方的だろうか。
「あの」
 境内に上る石段の手前で足を止めた時、新汰が「あ」とコートのポケットから携帯端末を取り出した。メールが届いたらしく、開いてから嬉しそうに笑っているのを見た瞬間に、相手が誰かも解ってしまった。
「さちからあけおめメール。彼氏が酔い潰れて寝ちゃったってさ」
 タップして、ピンクや金でキラキラにデコレーションされた画像を見せられて、実は「可愛いね」とそっと微笑んだ。
 そう、メールの相手は、新汰が愛して止まない一人娘。家を出て大学に通っている身分でありながら、彼氏と同棲しているらしい。そして仕送りのためにパートに出ている娘の母親も、今現在戸籍上の妻として存在しているのだった。
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