逃がさないよ?

亨珈

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小話

あなたの隣にいたいから

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 スコープを覗いて、移動中の敵を確認する。大体二百メートルくらい離れている山肌を、木立に隠れながらジグザグに進んでいる黒ずくめの女性。

(たぶん、ここらへん)

 さっき木陰から頭を覗かせていた位置より少し上に照準を合わせて、待つことしばし。
 ヘルメットがチラリと見えた瞬間に指に力を入れた。
 空気の抜けるような発射音より僅かに遅れ、顔半分こちらに晒していた敵から血飛沫が舞う。

(ヘッショしたと思ったのにダウン取れないー!)

 ううーとリアルに唸っていると、ヘッドホンから叱咤が飛んできた。

『位置バレしてるぞ! 移動しろ!』

 チュイン、という音と共にすぐ脇の地面が抉られる。

「うわっと」

 寝そべっていた私は反射的に反対側に転がり、そのまま斜面に隠れるように後ろに這った。
 私より更に後ろの岩陰にいたイアさんのM24の重い発射音が二発。続いて、ダウンから確殺の表示がスクリーン端を流れていくのを見守り、私は深々と息を吐いた。




『今更だが、スナイプが安定しないな』
「まあ、基本的に近距離が好きなので」

 マッチ後のロビーでは、私のアバターマメちゃんがフラフープをしている横で、イアさんが椅子に腰掛けて、組んだ足を揺らしている。

『デュオのときは役割分担でもいいけど、もう少し練習しとかんと、ソロになったときキツイだろ』
「大丈夫ですよー。私の方が先にやられるし」
『いや生き残れよ』
「生き残る気満々なんだけど、おかしいなあ」
『ソロに出てるときはどうしてるんだ?』
「あー……SR持つこともあるけど、アサルトみたいに中距離で使ってますね」
『まあ、なくても戦えるけど、あたればダメ取れるからな。見えてるのに手持ちの銃じゃ届かないって諦めるのも悔しいもんだぞ』
「確かにそうかもー」

 イアさんには見えないけど、画面越しにうんうんと頷いていると、イアさんの溜息が聞こえてきた。

「イアさんだって前に出ないじゃないですかー」
『そりゃお前が突っ込んでくからな』

(まあそうなんですけどね?)

 イアさんがソロでやってるときには、近距離も強いの知ってるし。配信をこっそり観ていることは内緒にしてるから、知らないフリしてるんだけどさ。

「さっきのマップは風がないからまだマシなんだけど、距離空けば空くほど偏差撃ち難しいしー」
『難しいから練習して数こなさないと、いつまでもできねぇだろが』
「おっしゃるとおりで」
『二人のときならアドバイスもフォローもしてやれるからな。野良スクではやりにくいだろ?』
「えへへ」

 野良だと特攻隊長みたいになってる自分を思い出して、乾いた笑いが漏れる。

(まあでも役割分担的にはありだと思うんだよね!)

 そんな私の開き直りを感じたのか、『じゃあこうしよう』と、イアさんが居住まいを正した気配がした。

『どうせこれからしばらく俺がインできる時間減るから、お前はその間に偏差撃ち練習しとくように』
「えぇっ! 週末だけしかできないのにそれもなし!?」
『学年末と卒業式と入試の準備で忙しい』

 中学校の教師であるイアさんは、リアルが繁忙期に突入するらしい。
 私の方も多少は年度末の色々があるみたいだけど、何しろ就職して初めてのことなのでピンときていない。システムの更新があるとかなんとか言われても、じゃあ何がいつもと違うのかってのは、やってみないとわからないんだよね。
 バレンタインが平日だったけど、仕事終わりに待ち合わせして、チョコだけは手渡しできたのがついこの間の話。

「じゃあ、もしかして四月まで会えないの……?」

 年度始めもクラス割り云々で少し忙しいのは知ってる。

『ホワイトデーは空けとけ』

 まったくもう、とヘッドホン越しに笑ってる雰囲気が伝わってきた。

『耳と尻尾がへにょんと垂れてるのが見えるようだよ』

 いつの間にか俯いていた顔を上げると、画面の中ではイアさんが投げキッスをしている。

『趣味だし、そこまでって思うかもしれない。けど、俺とお前を繋いでくれたゲームだし、楽しみながらもできれば上を目指していきたい。付き合ってくれないか?』
「うえ?」
『そう。ショップのカスタムマッチ、負けたの悔しかったろ?』
「うん……」

 あの時は、弾切れもあったし、なにより中盤でイアさんを失ったのは大きかった。それでも、なんとか二位にはなれたけど。でも。

『次は勝つぞ』
「うん」
『その時の俺の相棒は、お前しかいない。だろ?』
「うん!」
(他の誰かと組んだら、嫉妬でどうにかなりそう)

 大きく頷く。

(そっか。だから、練習しなくちゃなんだ)

『てことで、宿題な。十回に一回はヘッショ決めれるようになっとけ。ご褒美用意しとくから』
「アイアイサー!」

(ご褒美! って、なんだろ)

 スイーツかなあ、なんて顔を綻ばせながら、『ラストな』と出撃表示にしたイアさんに倣ってクリックした私。



 僅か数分後に、降下した先でフライパンをぶん投げて最初の敵をダウンさせてイアさんを大笑いさせることになるなんて、予想できるはずもなく――

『俺もそれ真似していい?』
「それはどうかなぁ」

(ファンの人のためにも、やめといたほうが……なんて、言えるわけないや)

 とっさの判断力はなかなかなんじゃない?と自分を褒めてみたりしたんだった。



     了
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