逃がさないよ?

亨珈

文字の大きさ
上 下
19 / 22
Happy Marry Xmas

クリティカルなクリスマスでいこう!

しおりを挟む
 五十メートル先で所在なげに佇むイアさんのすぐ脇を通り過ぎ、地面に雪玉が落下する。真っ白い地面に点々とイアさんの足跡だけが残り、薄明るいグレーの空の下、赤いコスチュームが目立ちすぎる。
 だというのに、私の雪玉は当たらない……! 何故だ!

「避けちゃダメだってばー」
「一ミリも動いてないぞ。ノーコンめ」

 正論に返す言葉がないですね!


 クリスマスイベントってことで、一週間前からフィールドは雪景色オンリーに変わっている。
 もともと雪の天候もあるにはあったんだけど、結構レアだったんだよね。足跡が残るから敵の場所が判りやすくなるんだけど、逆に足音が聞こえにくくなるという特殊マップ。
 今回はそれに加えて、水面も凍っているのと、若干雪が深くて動きが制限されている。あと、武器は雪玉限定。一発当てても五ダメしか入らないのに、当てづらい。回復なしだからひたすらダメージ蓄積されるにしても、タイマンで倒すのは難易度高いと思われる。


「じゃあもう動いていいです。その代わり追いかけます!」

 銃と違いすぎて、取り敢えずイアさんを練習台にしてたんだけど、まだ勝手が掴めない。こうなったら実践だ~!

「ま、頑張れ」

 イアさんは笑いながらひらりと身を翻して木立の方へ向かい始めた。
 私は足元の雪で新しい玉を二つ作ると、その後ろ姿を追う。
 雪玉リロードには三秒。これは何気に長い。でも大丈夫!
 あっという間に詰め寄って、十メートルくらいでえいやっと投げる。白いキャンバスに紅い的、今度こそはの距離なのに、ひょいと一歩横にステップしただけで躱すイアさん。

「あっぶね、流石トナカイ」

 私のトナカイコス、サンタの一点五倍の速さで歩けるんだよね。その代わり角が長くて邪魔な上、角に当てられるとノーダメージだけど転んじゃうというデメリットが。

「むー。この距離でも駄目かぁ」

 仕方ない、超近距離戦だ!
 もう一発も躱されたので、また作り直して追いかける。
 でも走ってるうちに追いかけるのに夢中でそのままタックルかましてしまった。

「捕まえたー!」

 ドサッと二人で雪の上に転がる。

「わっ! 何やってんだマメ……」

 途中から気配を察してジグザグに避けていたイアさんだったけど、木立に逃げ込む前に捕獲完了です!
 ゴロンと転がったまま隣を見ると、防具無しのイアさんのご尊顔。イケメン。アバターもイケメン。眼福です。

「マメさんよ、これじゃ練習になんねえ」
「よく考えたらイベントって楽しむためのものだから、別に勝たなくてもいいかなって」

(当てるの難しいから諦めたわけじゃなくって、イアさんと一緒ならなんでも良くなってきたって言ったら駄目かなあ)

「やるんならリアルでやってくれ」

 イアさんもこっちを向いて、アバター同士見つめ合う形に。吐息混じりの声がまた私のハートを鷲掴みです。色っぽいです。

「リアルでタックル?」
「但しもうちょいソフトに」
「ソフトに」

 つまり?

(つまりそれって抱き着いていいってことですね!?)

 クスクス笑うイアさんの声を聞きながら悶えている間にエリア収縮に追われて呆気なくリタイアした私たちなんだけど、そんなの気にならないくらい充実した一戦だったような気がしたりしなかったり(個人の感想です)。


 待機画面のロビーには、ド真ん中に大きなクリスマス・ツリー。その足元には沢山のギフトボックス。キラキラ綺麗な画面内に、茶色いトナカイの私とサンタのイアさん。

「週末、出掛けられるか?」
「金曜日です?」

 今年は金曜日がクリスマスだ。

「そう」

 タイミング良く頷くイアさんのアバター。

「仕事終わりなんて初めてじゃないですか……! 勿論オーケーですっ」

 拳を握り締めて、力強く頷く私。

「あんまり遅くならないようにはするけど、イルミネーション観に行くか」
「行きたーい!」
「よしよし、楽しみにしとけ」

 そばにいたら頭でも撫でてそうに微笑ましげな声で告げられて、場所と時刻を決めてからログアウトした。
 真っ黒になった液晶に、だらしない私の顔が映ってる。

(だってクリスマスだよ? 何このリア充イベント!)

 ひとしきりニマニマとその日の瑛介さんを妄想してから気付く。

(ちょい待ち。もしかして、プレゼント手渡しフラグもある? え? 私何用意すればいいの?)

 慌てて検索を始めた私、翌日寝不足気味だったのは言うまでもないのであったよ……。




【おまけ : もうちょっとだけ練習する二人】

「そんなに言うならお手本見せてくださいよー! ブーブー」
「口に出してブーブー言うやつ初めて見たわ」
と言いながら、雪玉作るインスパイア。
「いいか、このマップは無風だ。てことはだ、計算上は、」
 インスパイア、曲線を描くようにマメマメの方向に雪玉を投げ上げる。
「角度良し」
 雪玉を追って上を見上げるマメマメ。
「やーん! 空が白いから目標見失いましたぁ!」
「こっち見といた方がいいぞー」
 言うか言わないかという瞬間、雪玉がマメマメの顔面直撃。
「ぎゃぼっ!」
「だから言ったのに」
「言うの遅すぎますから!」
「という訳で、理論上は止まっている時に当てるのは簡単だ」
「ええー!?」
 ムキになって練習したマメマメがようやく投げ方を会得した頃には、期間限定のためにそこまでやりこまなくてもと言えなくなったインスパイアでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

処理中です...