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【幕間】某ストリーマーさんたちの日常【クロスオーバーver.】
黒歴史になるかもしれないとあるマッチ〈前編〉
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フルフェイスの軍用ヘルメットを被った黒づくめの男が、ブンッと右からフライパンをフルスイングした。
ガコッと鈍い音がして、ミニガンの銃身がそれを受け止める。重量三十キロにも及ぶそのデカブツを支えているのは、全身迷彩服に肩だけ覆うケープを付けた女性だ。こちらは顔が見えるタイプのヘルメットを被り、大きな瞳は目の前の男性をひたと見据えている。
「やるじゃねぇか」
舌打ちしながら、男性は少し距離を取った。だが、二人は半径五メートルあるかないかの範囲から動けない。
境界線から外は強力な電磁波で覆い尽くされており、僅か一ミリでもその境界線を越えようものなら、凄まじいダメージを受けることになる。
ここまでで殆どの体力を失っている二人にとって、それは一瞬でも致命傷になり得るものだ。
二人それぞれのゴーグル形態のスクリーンで、カウントダウンが始まった。ゼロになれば、境界線は更に収縮し最終的には点になる。
最後にそこに立っていた方が勝者だ。
「ねえこれなんのゲームだっけ」
衝立で仕切られた隣のブースで、ウォルターが囁いた。
「うるせえ気が散る」
隣でマウスとキーボード操作に集中している浩司は、液晶から目を離さないままにヘッドセットでドスを利かせる。
ゲームは、いつも二人が配信しているものの筈だ。最高百名が同時接続して同じエリアで殺し合うバトルロワイアル形式のサバイバルゲーム。
確かに一応ナイフやらスパナやらも武器として入手できるものの、初手でそれしかなければ使わないハズレ武器。但し、フライパンだけは防具としても使えるため、腰に装備する場合もある。
が、最終エリアでそれを武器として扱うとすれば、それは一部の縛りプレイが好きな者だけだろう。
「しょうがねぇだろ。弾切れなんだし」
「まあね、それしかないんだけどね」
ウォルターは、腕組みして切なく吐息した。
(元はといえば、先にやられた俺が悪いんですけどね?)
デュオで出撃したゲーム終盤、今残っている女性キャラの相方に狙撃された。体力はほぼ満タンだったのに、恐ろしく正確無比なヘッドショットで抜かれた。
(支給品ガチャでやられたよね。AWM強……)
位置の割れたスナイパーは分が悪い。その後浩司がやり返してくれたものの、迫るエリア収縮に追われて満足に物資を調達できないまま、浩司は一人で他のチームを倒さなければならなくなった。
(弾さえあれば)
せめてウォルターの死体から漁れたら、アサルトライフルの弾を使い回しできたのだけれど、距離が災いした。
アタッカーの背後で広範囲を索敵するスタイルの相棒の位置まで戻っていたら間に合わない。残念ながら浩司が倒したスナイパーの所持品は型が合わなかったのと、銃の種類が好みではなく放置した。
そうして、今のタイマンとなっているわけである。
経験から、何処が最終地点になるかの判断はついている。対戦相手も判っているのか、ミニガンを両手で持ち腰を落としたままじりじりと斜め後ろへとにじり寄っていく。
銃同士なら有り得ない試合展開に、それぞれのチームメイトも画面に目が釘付けだ。
(ばら撒かせたのは良かったけど、まさか俺まで弾切れになるとはな)
オートで弾幕を張るミニガンは、近距離でばら撒かれたら蜂の巣にされる。市街地戦ならどうにかできるが、運悪く開けた丘陵地帯だった。
僅かに点在する岩と木立を利用し、適当に撃ち返しながら撃たせ続ける作戦を取ったのだが、判断を誤った。
思った以上に相手の反応速度が良い。当てるつもりの銃撃をスレスレで何度も躱され、ここまでで二丁とも撃ちきってしまった。
尤も、それは相手からしても同じ思いだったに違いない。
最後の一発を撃ち尽くした瞬間に腰のフライパンを手に構えた浩司に向けての射撃を、数発しかなかったとはいえ全て弾かれてしばらく呆然としていたようだった。
キュルキュルという音と立ち昇る硝煙が消えた後、接近戦に持ち込んだ浩司をそのままミニガンで受け止めるとは、浩司も予想外だったのだが。
「おもしれぇ」
クッと喉で笑い、フライパンを斜に構える。
互いに相手から目を離さぬまま、ゆっくりと最終地点を目指す。
「弾の入ってない銃なら、鈍器として使やいいか」
これが現実ならば、とても盾代わりになどできないだろう。持って移動するだけでも大変な銃だ。
けれど、ここはゲーム内だ。持ち運べる物資の量に限りはあるが、重量は関係ない。通常持つことが可能なもう一丁の銃という選択肢がなくなるだけ。常に両手が塞がるだけ。
バイザーのカウントがゼロになった。
収縮が始まる。
電磁波の輪が迫り来るその瞬間、浩司は地面を蹴りスピードを乗せて懐に飛び込んだ。案の定ミニガンでガードしてきたところをそのままミニガンを足場にしてジャンプする。
女性は浩司の姿を追って顔を振り仰いだ。
(やっぱ反応いいな、こいつ)
口元が綻ぶ。
(だが)
空中で振りかぶったフライパンを、浩司は躊躇なくフルスイングした。側頭部にヒットした衝撃で、倒れた相手の身体が電磁波に飲まれる。
浩司は予定していた地点にストンと着地した。
二人の背後で「にゃー! 押し出しで負けるなんてー!」と叫び声が上がり、ビクリと肩を揺らした二人はそうっと振り向いた。
猫耳のついた赤いヘッドセットを付けた女性が立ち上がり、ガッデム!と両手の平を上に向けてわななかせている。二人のいるブースとの間にもう一列あるのもあって、あちらは気付いていないようだ。
「本人か」
試合終了後にまた繋がったボイスチャットで微かに問うと、
「だろうね」
と、ウォルターは軽く頷いた。
二人より若いだろうその女性の腕を掴んで、隣の男性が座らせようとしている。
「マメ! Sit down!」
少し癖のある黒髪に、フレームレスの眼鏡を掛けた男性は、二人と同年代か少々年下か。
がるるる、と唸りながらも言われた通りに腰を下ろした女性を見てから、二人は前に向き直った。
ガコッと鈍い音がして、ミニガンの銃身がそれを受け止める。重量三十キロにも及ぶそのデカブツを支えているのは、全身迷彩服に肩だけ覆うケープを付けた女性だ。こちらは顔が見えるタイプのヘルメットを被り、大きな瞳は目の前の男性をひたと見据えている。
「やるじゃねぇか」
舌打ちしながら、男性は少し距離を取った。だが、二人は半径五メートルあるかないかの範囲から動けない。
境界線から外は強力な電磁波で覆い尽くされており、僅か一ミリでもその境界線を越えようものなら、凄まじいダメージを受けることになる。
ここまでで殆どの体力を失っている二人にとって、それは一瞬でも致命傷になり得るものだ。
二人それぞれのゴーグル形態のスクリーンで、カウントダウンが始まった。ゼロになれば、境界線は更に収縮し最終的には点になる。
最後にそこに立っていた方が勝者だ。
「ねえこれなんのゲームだっけ」
衝立で仕切られた隣のブースで、ウォルターが囁いた。
「うるせえ気が散る」
隣でマウスとキーボード操作に集中している浩司は、液晶から目を離さないままにヘッドセットでドスを利かせる。
ゲームは、いつも二人が配信しているものの筈だ。最高百名が同時接続して同じエリアで殺し合うバトルロワイアル形式のサバイバルゲーム。
確かに一応ナイフやらスパナやらも武器として入手できるものの、初手でそれしかなければ使わないハズレ武器。但し、フライパンだけは防具としても使えるため、腰に装備する場合もある。
が、最終エリアでそれを武器として扱うとすれば、それは一部の縛りプレイが好きな者だけだろう。
「しょうがねぇだろ。弾切れなんだし」
「まあね、それしかないんだけどね」
ウォルターは、腕組みして切なく吐息した。
(元はといえば、先にやられた俺が悪いんですけどね?)
デュオで出撃したゲーム終盤、今残っている女性キャラの相方に狙撃された。体力はほぼ満タンだったのに、恐ろしく正確無比なヘッドショットで抜かれた。
(支給品ガチャでやられたよね。AWM強……)
位置の割れたスナイパーは分が悪い。その後浩司がやり返してくれたものの、迫るエリア収縮に追われて満足に物資を調達できないまま、浩司は一人で他のチームを倒さなければならなくなった。
(弾さえあれば)
せめてウォルターの死体から漁れたら、アサルトライフルの弾を使い回しできたのだけれど、距離が災いした。
アタッカーの背後で広範囲を索敵するスタイルの相棒の位置まで戻っていたら間に合わない。残念ながら浩司が倒したスナイパーの所持品は型が合わなかったのと、銃の種類が好みではなく放置した。
そうして、今のタイマンとなっているわけである。
経験から、何処が最終地点になるかの判断はついている。対戦相手も判っているのか、ミニガンを両手で持ち腰を落としたままじりじりと斜め後ろへとにじり寄っていく。
銃同士なら有り得ない試合展開に、それぞれのチームメイトも画面に目が釘付けだ。
(ばら撒かせたのは良かったけど、まさか俺まで弾切れになるとはな)
オートで弾幕を張るミニガンは、近距離でばら撒かれたら蜂の巣にされる。市街地戦ならどうにかできるが、運悪く開けた丘陵地帯だった。
僅かに点在する岩と木立を利用し、適当に撃ち返しながら撃たせ続ける作戦を取ったのだが、判断を誤った。
思った以上に相手の反応速度が良い。当てるつもりの銃撃をスレスレで何度も躱され、ここまでで二丁とも撃ちきってしまった。
尤も、それは相手からしても同じ思いだったに違いない。
最後の一発を撃ち尽くした瞬間に腰のフライパンを手に構えた浩司に向けての射撃を、数発しかなかったとはいえ全て弾かれてしばらく呆然としていたようだった。
キュルキュルという音と立ち昇る硝煙が消えた後、接近戦に持ち込んだ浩司をそのままミニガンで受け止めるとは、浩司も予想外だったのだが。
「おもしれぇ」
クッと喉で笑い、フライパンを斜に構える。
互いに相手から目を離さぬまま、ゆっくりと最終地点を目指す。
「弾の入ってない銃なら、鈍器として使やいいか」
これが現実ならば、とても盾代わりになどできないだろう。持って移動するだけでも大変な銃だ。
けれど、ここはゲーム内だ。持ち運べる物資の量に限りはあるが、重量は関係ない。通常持つことが可能なもう一丁の銃という選択肢がなくなるだけ。常に両手が塞がるだけ。
バイザーのカウントがゼロになった。
収縮が始まる。
電磁波の輪が迫り来るその瞬間、浩司は地面を蹴りスピードを乗せて懐に飛び込んだ。案の定ミニガンでガードしてきたところをそのままミニガンを足場にしてジャンプする。
女性は浩司の姿を追って顔を振り仰いだ。
(やっぱ反応いいな、こいつ)
口元が綻ぶ。
(だが)
空中で振りかぶったフライパンを、浩司は躊躇なくフルスイングした。側頭部にヒットした衝撃で、倒れた相手の身体が電磁波に飲まれる。
浩司は予定していた地点にストンと着地した。
二人の背後で「にゃー! 押し出しで負けるなんてー!」と叫び声が上がり、ビクリと肩を揺らした二人はそうっと振り向いた。
猫耳のついた赤いヘッドセットを付けた女性が立ち上がり、ガッデム!と両手の平を上に向けてわななかせている。二人のいるブースとの間にもう一列あるのもあって、あちらは気付いていないようだ。
「本人か」
試合終了後にまた繋がったボイスチャットで微かに問うと、
「だろうね」
と、ウォルターは軽く頷いた。
二人より若いだろうその女性の腕を掴んで、隣の男性が座らせようとしている。
「マメ! Sit down!」
少し癖のある黒髪に、フレームレスの眼鏡を掛けた男性は、二人と同年代か少々年下か。
がるるる、と唸りながらも言われた通りに腰を下ろした女性を見てから、二人は前に向き直った。
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