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これからは、ずっと
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「あーあ、連休台無し」
角度をソファー並みにきつくしたベッドで身を起こして、賢は深々と嘆息した。
「ごめんな、賢。ホント全部俺のせいだよな。なんでもするから言って」
救急車の中でもずっと縋り付いて謝り続けていた孝也は、個室のベッドの脇にべったり寄り添い看護師たちに追い払われるまでくっ付いている。
賢本人が頑張ったお陰でナイフは刺さったままだったから出血も大したことなく、体重が掛かっていたとは言え、それなりに日頃鍛えられている筋肉に阻まれて、切っ先は深く刺さらず内臓までは届かなかったらしい。
まあベッドが空いているから一週間くらい入院したらと医師に勧められてベッドの上の人になっている賢だが、はっきり言って暇だった。安静にしていないと治りが遅くなるといわれて渋々寝ているけれど、日常生活出来ないわけじゃないからもう帰りたいとかいう内心を漏らすと、孝也が泣きながら止めに入ったから仕方なくここにいるのだ。
尤も、本来はそうして入院して当たり前の傷な訳だが。
呆れたことに、孝也といちゃつきたいとかそんな邪な考えで退院したいだけなのである。
そうでなければ、仕事の虫でもあるまいに、堂々と休職出来るこの機会を逃さでおくべきかという程度には、賢だってだらだらしたいお年頃なのだ。
だが何しろタイミングが悪い。折角の連休、しかも初めて孝也がお泊りに来ていて、晴れて恋人同士になったばかり。
浮かれてずっといちゃいちゃしていたい。それなのに偶然にもほどがある最悪の場面に出くわしてしまった。
けれど。
べそべそしながらも、あの時、ずっと自分を抱き締めていてくれた。
最初こそ、反射的に健吾を庇いに飛び出したものの、最終的には自分を選んでくれた──そう取った賢は、それだけでもう何もかもいいと、すとんと心が落ち着いたのだ。
あの三人は警察に向かい二人は病院に来たため、事情聴取の時に少し聞いたくらいでしか様子は判らない。
今後少し周りが騒がしかったり色々な手続きが面倒かもしれないが、それもどうでもいい瑣末事のように思える。
次に孝也と過ごせる週末はいつだろうかと、そんなことばかり考えられる日が来るなんて、と賢は微笑んでしまうのだ。
「なんでも、ねえ」
ふっと意地悪く流し目をしてみても、今の孝也は全く動じない。こくこく頷いて子犬のようにまっすぐに見詰めてくるから、さて何を要求してやろうかと意地悪く考えていたのに、躊躇ってしまう。
「じゃあさ、孝也が一人でイくとこ見たい」
それでも結局は、欲望に負けるわけで。
ふわあっと声を上げて紅潮したものの、「いいよ」とこくんと孝也は首肯した。言った方が拍子抜けしてしまう素直さに、いいのかと念押ししてしまう。
「いいよ、ホント、なんだってするから、だから早く治して。そんで俺のこと安心させて」
うるうるとまた目に涙を溜めて、
「退院してからな? 体の負担にならないことならしてやるから」
だから、今はこれで我慢して。そう言って、チュッと音を立てて唇を吸うと、ジュース買って来ると、たーっと出て行ってしまった。
個室万歳、と思いながら、賢はそっと自分の手を口に当ててにやにやと笑ってしまったのだった。
連休の最終日、ギリギリまで賢に付いていた孝也は、一度だけ謝罪に訪れた三村の母親からの生花を生けた花瓶を持って廊下に出た。
ドアの外に家庭にあるような洗面台があり、そこで茎を切り戻していると、ぬっと影が落ちて誰だろうと顔を上げる。
健吾だった。
条件反射のように体全体を震えさせた孝也を見て、健吾は一歩下がってから腕を突き出した。
「迷惑を掛けたな」
手に提げているコンビニエンスストアの見慣れたビニールともう一つ紙の手提げを持ち上げたまま差し出してじっとしているから、孝也は花を洗面台に置いて、特に感情の浮かんでいない健吾の目を気にしながらも、恐る恐るそれらを受け取った。
ずしりと重い紙袋の中は、箱入りの栄養ドリンクの瓶だった。ビニールを確認しようとして、くるりと踵を返して去って行く健吾の背中を見詰めた。
両腕に荷物と花瓶を抱えて戻って来た孝也を見て、賢は言葉を失った。
はい、と中身を見せて紙袋を床に置き、花瓶は窓辺のカウンターに置く。その間、孝也は静かに涙を流していた。
手に持った袋の中からサンドイッチを取り出して、そっと賢に見えるように掲げてみせる。
「あいつ、俺が好きなもの、これしか知らないんだよ、きっと」
はらはらと、両の頬を伝う涙。
窓から差し込む陽光を孕んだ薄いカーテンが、まるで翼のように孝也の背を彩っていた。
「綺麗なままの、思い出にしてもいい?
俺の隣には、これからはずっと賢がいてくれるんだろ?」
頬を濡らしたまま、それでもふわりと微笑んだ孝也を見て、賢もようやく笑顔を浮かべた。
「ずっとな」
Fin.
角度をソファー並みにきつくしたベッドで身を起こして、賢は深々と嘆息した。
「ごめんな、賢。ホント全部俺のせいだよな。なんでもするから言って」
救急車の中でもずっと縋り付いて謝り続けていた孝也は、個室のベッドの脇にべったり寄り添い看護師たちに追い払われるまでくっ付いている。
賢本人が頑張ったお陰でナイフは刺さったままだったから出血も大したことなく、体重が掛かっていたとは言え、それなりに日頃鍛えられている筋肉に阻まれて、切っ先は深く刺さらず内臓までは届かなかったらしい。
まあベッドが空いているから一週間くらい入院したらと医師に勧められてベッドの上の人になっている賢だが、はっきり言って暇だった。安静にしていないと治りが遅くなるといわれて渋々寝ているけれど、日常生活出来ないわけじゃないからもう帰りたいとかいう内心を漏らすと、孝也が泣きながら止めに入ったから仕方なくここにいるのだ。
尤も、本来はそうして入院して当たり前の傷な訳だが。
呆れたことに、孝也といちゃつきたいとかそんな邪な考えで退院したいだけなのである。
そうでなければ、仕事の虫でもあるまいに、堂々と休職出来るこの機会を逃さでおくべきかという程度には、賢だってだらだらしたいお年頃なのだ。
だが何しろタイミングが悪い。折角の連休、しかも初めて孝也がお泊りに来ていて、晴れて恋人同士になったばかり。
浮かれてずっといちゃいちゃしていたい。それなのに偶然にもほどがある最悪の場面に出くわしてしまった。
けれど。
べそべそしながらも、あの時、ずっと自分を抱き締めていてくれた。
最初こそ、反射的に健吾を庇いに飛び出したものの、最終的には自分を選んでくれた──そう取った賢は、それだけでもう何もかもいいと、すとんと心が落ち着いたのだ。
あの三人は警察に向かい二人は病院に来たため、事情聴取の時に少し聞いたくらいでしか様子は判らない。
今後少し周りが騒がしかったり色々な手続きが面倒かもしれないが、それもどうでもいい瑣末事のように思える。
次に孝也と過ごせる週末はいつだろうかと、そんなことばかり考えられる日が来るなんて、と賢は微笑んでしまうのだ。
「なんでも、ねえ」
ふっと意地悪く流し目をしてみても、今の孝也は全く動じない。こくこく頷いて子犬のようにまっすぐに見詰めてくるから、さて何を要求してやろうかと意地悪く考えていたのに、躊躇ってしまう。
「じゃあさ、孝也が一人でイくとこ見たい」
それでも結局は、欲望に負けるわけで。
ふわあっと声を上げて紅潮したものの、「いいよ」とこくんと孝也は首肯した。言った方が拍子抜けしてしまう素直さに、いいのかと念押ししてしまう。
「いいよ、ホント、なんだってするから、だから早く治して。そんで俺のこと安心させて」
うるうるとまた目に涙を溜めて、
「退院してからな? 体の負担にならないことならしてやるから」
だから、今はこれで我慢して。そう言って、チュッと音を立てて唇を吸うと、ジュース買って来ると、たーっと出て行ってしまった。
個室万歳、と思いながら、賢はそっと自分の手を口に当ててにやにやと笑ってしまったのだった。
連休の最終日、ギリギリまで賢に付いていた孝也は、一度だけ謝罪に訪れた三村の母親からの生花を生けた花瓶を持って廊下に出た。
ドアの外に家庭にあるような洗面台があり、そこで茎を切り戻していると、ぬっと影が落ちて誰だろうと顔を上げる。
健吾だった。
条件反射のように体全体を震えさせた孝也を見て、健吾は一歩下がってから腕を突き出した。
「迷惑を掛けたな」
手に提げているコンビニエンスストアの見慣れたビニールともう一つ紙の手提げを持ち上げたまま差し出してじっとしているから、孝也は花を洗面台に置いて、特に感情の浮かんでいない健吾の目を気にしながらも、恐る恐るそれらを受け取った。
ずしりと重い紙袋の中は、箱入りの栄養ドリンクの瓶だった。ビニールを確認しようとして、くるりと踵を返して去って行く健吾の背中を見詰めた。
両腕に荷物と花瓶を抱えて戻って来た孝也を見て、賢は言葉を失った。
はい、と中身を見せて紙袋を床に置き、花瓶は窓辺のカウンターに置く。その間、孝也は静かに涙を流していた。
手に持った袋の中からサンドイッチを取り出して、そっと賢に見えるように掲げてみせる。
「あいつ、俺が好きなもの、これしか知らないんだよ、きっと」
はらはらと、両の頬を伝う涙。
窓から差し込む陽光を孕んだ薄いカーテンが、まるで翼のように孝也の背を彩っていた。
「綺麗なままの、思い出にしてもいい?
俺の隣には、これからはずっと賢がいてくれるんだろ?」
頬を濡らしたまま、それでもふわりと微笑んだ孝也を見て、賢もようやく笑顔を浮かべた。
「ずっとな」
Fin.
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