曖昧サディスティック

亨珈

文字の大きさ
上 下
22 / 27

その瞬間に、体を動かしたものは

しおりを挟む
 食事の後、少しごろごろして過ごした二人は、最近出来たばかりだというショッピングモールに行ってみることにした。
 特に何か欲しいものがあるわけではないけれど、シネマコンプレックスという形態の映画館が中に入っているというので、一通り歩いてから映画の一本でもと軽く考えていた二人は大変な目に遭った。

 まず、駐車場に入れられない。ぐるぐる回って、どうにかタイミング良く帰ってくれた家族連れのスペースに入れ替わりに停めたが、屋上駐車場。二階から四階の屋根のあるスペースに停める人が多く、それから平面、一番競争率の低いところを狙ってようやくだった。
 一人で来ていたら絶対に諦めて帰っていたと思う。

 そうしてようやく入ってみれば、どっちを向いても人、人、人。通路の反対側の店舗を覗こうと思えば、突っ切るよりはぐるりと回って反対側を歩いた方が流れを乱さずに済むというくらいの多さに、離れ離れにならないようにと賢に手を握られてどきりとした。

「こんだけ込んでたら、誰も気付かないって」

 そう言って悪戯をしているみたいに楽しそうに笑うから、釣られてくすりと笑ってしまった。
 特に何泊するかは決めていなかったけれど、この休みは五連休だから、ぎりぎりまでいても構わない。
 どちらもはっきりとそれについては言い出さず、今日は何か買って帰ろうかとか、それとも食料品売り場で材料を買おうかと話しながら、雑貨屋などでたまに足を止めては少しだけ覗いてみたりする。

 映画館のある階は通路が長くて、上映中の映画のポスターが壁にずらりと飾られている。
 他の場所より人が少ないから歩き易くて、ポスターを眺めながら同じ階にあるCDショップの方に歩いていたら、渡り廊下のようなスペースに居る人物の背中が視界に入りぎくりと孝也の体が強張った。

 人が少なくなってきた時点で賢は手を離してくれていたものの、触れ合うくらいに近くを歩いているのだから、すぐにそれに気付いて視線を追った。
 人が多く居ても、常に頭一つ飛び抜けているから余計に目に付いてしまう。

 渡り廊下の反対側は軽食の店が並んだフードコートで、その手前で茶色いロングヘアの女性と話しているのは健吾だった。

 まだ少し距離があり、話の内容までは聞こえない。尤も、いくら空いているといってもあちこちの店舗から流れてくる音楽や人々の喋り声で、余程傍に居なければ会話すら覚束ない。だから、二人も親密そうに身を寄せていて、よく見ればその女性は浅尾だと知れたけれど、孝也の胸は痛んだ。

 そして、それを隣の賢に悟られるのが一番恐ろしくて、そっと賢のシャツの裾を掴んで、そのまま傍を通り抜けようと、鈍りそうになる足を叱咤して歩き続けた。
 そんな孝也の様子をどう捉えたのか、黙って付き合いながら、盾になるように斜め前を歩く賢の背後で、孝也はどうにか誤魔化そうと視線を動かした。

 そうして、気付いてしまった。

 渡り廊下は、両側に手摺りが付いている。二人は向こう側の手摺り沿いで、ワゴンのアクセサリーを眺めながら話しているようだ。
 そして、そんな二人を見詰めるもう一人の女性が居た。肩に掛けたショルダーバッグの紐を片手でギュッと握り締め、重苦しいほどに黒々とした髪は、すっかり腰を覆うほどに長い。印象的な大きな瞳は、少しやつれた感じの頬のせいもあるのか余計に目立っていて、孝也からは横顔しか見えないのに、それでも恐怖を覚えるのに十分な異質な光を湛えて二人を凝視していた。

 あ、と声が漏れた。

 その手元に、頭上の蛍光灯の明かりが反射して、あちらの手摺りの隙間から、孝也の傍の手摺りの隙間を縫って届く。
 まだ距離がある。通路が途切れて、孝也と賢は渡り廊下との三叉路に来た。
 近付いて、確信した。健吾と浅尾を、別のワゴンショップの陰から射殺しそうに見詰めているのは三村だった。

 光の正体に気付き、孝也は息を呑んだ。

 二人はその存在にすら気付いていない。

 三村が両手で握り直して一歩前に出る。

 孝也は賢の服から手を離した。

「健吾!」

 声に気付いた健吾と浅尾が顔を上げ、振り向く健吾に向けて孝也が足を踏み出すのと三村が飛び出すのが同時だった。

「孝也!」

 そして、賢がそれを追うように向きを変えたのも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶の代償

槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」 ーダウト。 彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。 そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。 だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。 昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。 いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。 こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...