曖昧サディスティック

亨珈

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言いたいことも飲み込んで

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 土曜の夜は恒例の会合で、和室もダイニングも開け放して広く使っている山浦の部屋で大勢が集まる。板の間にはカラフルなカーペットが敷き詰めてあり、それだけでも同じ間取りとは思えないくらい華やいで見える。

 同室の中田はやはり特定局勤務なのだが、とっかえひっかえ相手を変えてはいつもデートで出掛けているので頭数には入っていない。

 山浦にしろ中田にしろ、孝也から見てもさして整っているとは思えない容姿で、それならば余程健吾の方がかっこいいとすら思ってしまう。欲目とかそういうのではなくて、初見から不思議だった。

 だけどこうして一年以上も付き合っていれば解る。結局、人間は性格とか中身なんだろう。それと口達者なこと。窓口では営業と接客がメインだから、二人とも良く喋るし、話の腰を折らずに方向転換する話術も巧みだ。その上聞き上手でもあるから、女性にとっては楽なのだろう。

 怒っている訳じゃないのに口数が少ない健吾や、流れに乗れずにおどおどして結局笑顔だけ貼り付かせてただ座っているだけの孝也は、こういう場でははっきり言ってもてない。

 山浦の一番狙いは水上より更に先輩の綺麗な女性で、凄く清楚なお嬢様然とした様子を崩さない。

 あれが地なのかいぶかしんだものの、外で遊ぼうが酒が入ろうが崩れたことがないので、そういう人なのだと思うことにした。取り敢えず孝也には関わりのない人だ。他にも水上と同期がいたり孝也たちと同期の女性も居たりと狭い室内は華やいでいる上姦しい。

 ぐるりと見回して、そういえばメンバーも随分減ったものだと感慨に浸る。

 今でも十分大人数だが、去年はもっと酷かった。トイレに立つのも一苦労するくらいの人数が集まり、男が女の二倍くらいはいたから、皆どうにかして好みの女性と話すきっかけを得ようと躍起になったものだ。

 今でこそ健吾の隣が定位置の孝也も、その頃はグループの中で自然と出来る序列の下の方に居て、女性陣にはバレないように巧みに隠されながらも、山浦にパシリとして扱われていた。

 不満がないではなかったが、買い物などの雑事を誰かがしなければならないのも明白で、人数の少ない女性よりも男性の誰かがやった方がいいだろうとも感じていたから素直に受け入れた。

 何より、孝也にとっては恋人を作ることよりも、友達を作ることの方が大事だったのだ。まだ健吾とは必要最低限の会話しかなくて、官舎でも寂しかった。配達区域が隣り合っている人とは仕事をしながら少しは話したものの、個人的に遊ぼうとまで進んだことはない。

 そういえば、と昔の仲間を思い出しているうちに、一人が鮮やかに脳裏に蘇った。

 テニスをしようという話が出て、何一つ知らないままに出掛けたスポーツショップで一緒に選んでくれた人が居た。

「俺も巧いわけじゃないけど、一通りは知ってるから」

 そう言って、初心者だけどそれなりのものを使った方がいいと、手頃なラケットを選んでくれた。グリップテープの存在すら知らなかった孝也に、巻き方を教えてくれた。

 一緒に居ると心地良くて、色んなことを知っていて、それを聴くのも楽しかった。段々と週末の集まりに顔を出さなくなり、官舎から出て一人暮らしを始めてしまった同期の片山。

 大抵は壁に背を預けて、少し距離を取るようにして全体を眺めていたっけ。

 それでも、例えばこんな風に孝也が手持ち無沙汰にしている時には、ゴミを集めながらさり気なく隣に来てくれた。孝也ともう一人、よく買い出しに行かされた人が居たのだが、なんだかんだと理由をつけては自分も部屋を後にして並んでスーパーに行ったことも多い。

 何処か引っ掛かりを覚えながらも、そういった細々した出来事をずっと引き摺らずに済んだのは、きっと片山のお陰なんだろうと、今になって気付いた。

 今頃どうしてるのかな、片さん――。

 片膝を立ててそこに載せた腕に顔を隠すようにして、喧騒の中でときが過ぎるのを待つ。

 途中で孝也と健吾の間に入って来た水上が、声を顰めてデートの行き先を話し合い始めた。嬉しそうな内緒話に胸が締め付けられるようで、トイレに行くフリをしてこっそり外に出た。

 あの頃と違って、もう誰も追い掛けてはこない。どんなに気を遣って静かに抜け出したつもりでも、いつの間にか片山が半歩後ろにいて驚いた。

 片山が居ないことを忘れて、振り返ったことが何度あっただろう。もう一人も同じように居なくなり、孝也はいつも一人きりだ。

 古びたコンクリートを踏みしめて下まで降りると、そのまま部屋に帰るのも癪な気がしてぽてぽてと歩き出した。駅の表は店ばかりだが、線路を越えなければこちら側には結構広い市民公園がある。

 孝也お気に入りの散歩コースを歩きながら、公園の中を流れる清流に、淡い光を見つけた。

 ふわりふわりと風に乗っているかのようで、明滅しながら何かを探しているようで、丸木橋で足を留めてぼうっと見惚れていると、通りすがりのおじいさんが「源氏ボタルだよ」と教えてくれた。

 同じ市内に平家もいるが、ここのは源氏。飛ぶ季節も住む場所も違うんだと説明されて、へえそうなんだと感心した。

 清流にしか生きられない源氏。健吾は知っているだろうか、こんな街中にもホタルが居ること、そして二つの種類が居るということを。



 少し気分が良くなって部屋に戻ると、襖を開けたまま健吾はテレビを観ていた。

「せめて声掛けてから出て行けよ」と淡々と言うから、素直に「ごめん」と謝った。

「あのな、近くの公園にさ、」

「明日、テニス行こうって。山ちゃんが」

 孝也の顔から画面に顔を戻してしまった健吾の言葉に「え」と声が詰まった。

「コートの予約取ってあるから、一面だけどダブルスでしようってさ」

 テニスには、いつも水上が参加する。それに山浦の目当ての年上も良く来るから、もう一人の女性が誰だったとしても、ペアの頭数に勝手に入れられているのだろう。断られるなんて露程にも考えていない山浦と健吾の決定に、孝也はいつも振り回されっぱなしだ。

 もう既に意識がテレビに行ってしまっているところに今更ホタルの話なんて言い出せなくて、解ったとだけ言って、孝也は部屋に戻った。

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