You're the only

亨珈

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Endress Happiness

居酒屋での問答

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 考え事はしていても、視線はあちこちをチェックしている。探し物をしている様子の人が居れば声を掛け、落し物があればサービスカウンターに知らせてからバックヤードに持ち帰り、と忙しい。
 ようやく休憩時間になり、制帽を脱いでモニタールームに置きっぱなしの団扇で扇いでいると、これから店内巡回に出る植田に声を掛けられた。

「何か悩み事?」

 自分の持ち込みらしいアイス珈琲をカップに入れて渡してくれるから、素直に礼を言って受け取った。ほんの少しだけ甘味があり、しっかりと冷やされていて火照った体が落ち着いていく。

「んー、俺って何も料理できないなと実感してるとこ」
「え、何々なんでいきなりそんな話? まあ昨今はイケメンだって家事スキルあるに越したことはないけどさ」

 一気にまくし立て、そこで植田はぴたりと動きを止めた。
 今日もきっちりとアップにした髪の上にぎゅうっと制帽を載せながら、綺麗に引かれたワインレッドの紅が横長に細まる。

「ははあん。なあるほど。なるほどねえ~」

 一人勝手に言いながら、結局誠也からの返答など待たずにさっさと行ってしまった。

「小野、今の判ったか? 何がなるほどなんだ」

 ぼんやりと呟く誠也に、知るか、と小野が吐き捨てながら、モニターを見つめていた。



 帰り際、ロッカールームの手前で植田に呼び止められた。

「ねえ、見舞いの後でいいから晩御飯行かない? 水上さんも一緒なんだけど」

 たまにはゆっくり話したいんだけど、と楽しそうな口元には艶めいたものは見られない。植田の性格からして、誘う時には二人きりでもっとズバリと切り出すだろうと思った誠也は、待ち合わせの場所だけ聞いてからさっさと退出した。
 日勤の後は、祐次の食事も済んでしまっているし面会時間外だから長居が出来ない。それを知っていて、その後でと誘ってくれたのだろうが、少しでも長く一緒に居たいから、まずは病院へと自転車でダッシュしたのだった。



 いつも通りその日の出来事などを軽く話して、祐次の方もリハビリでどんなことをしたとか出来るようになったことなど報告してくれる。あっという間の三十分を過ごし、誰も居ないのをいいことにキスをしてから別れた。淡々とした日々の中で、それでも僅かずつ快方へと向かっている体を労わり、他に自分に出来ることはないかとつらつらと考えながら、来た道を少し戻る感じで駅の近くの駐輪場に自転車を置いてから、指定されたビルの中にある居酒屋に向かった。

 上の階にも座敷があるのだが、二人は入り口のある階のテーブル席に居た。四人掛けになっているのに長いこと誰も来ないからだろう、隣の席のサラリーマンらしき男三人にしきりと話し掛けられているが、それはそれで楽しそうだ。三人ともまあそれなりにというか、同性の目から見て平凡な容姿をしている。
 植田は誰がどう見ても「できる女」だし、美人である。水上もいつも笑顔を絶やさないし喋らせるとキツイことも平気で言うが、見た目は清楚な美人系だ。二人並んでいればナンパして下さいと言わんばかりなのだろう。

 あー、あそこに行かなきゃいけないのか。
 少々げんなりしながら、それでも空腹に負けてさっさと二人のいるテーブルに近寄ると「お待たせ」と極上の笑みを浮かべた。
 椅子の背凭れに腕を載せて殆ど体半分彼女たちに向けていた二人と、その対面の男も一緒になって誠也をねめ上げてくる。

「そんなに待ってないよ~。話し相手には困んないし」

 ビールジョッキ片手に植田はご機嫌だ。その向かいに座って梅酒をロックで飲んでいる水上も「お疲れさまです」と会釈してから、どうぞと自分の隣を指した。

 連れが男だと知った周囲の反応は面白い。まずはどちらの彼氏なのかと見極めようとするし、あわよくば混じって合コン状態に持っていけないかと探るような視線を向けたりする。男が二人なら問題なかったのだろうが、まあ仕方がないだろう。逆に、入店時に誠也を見て色めきたった女性たちは、二人の容姿を見て諦めるような吐息をついたりもしている。
 付き出しを持って来た店員に芋焼酎と料理を数点注文すると、誠也はお手拭で両手を拭きながら二人の様子を窺った。

「どうかした?」

 揚げ出し豆腐を口に運びながら植田が視線を遣り、釣られて水上も顔を向ける。
 やっぱり二人揃っていると目の保養だなと思った。

「モテモテだったなと思って」
「あー、あんなの社交辞令でしょ。男連れていなかったら取り敢えず声掛けとけーみたいなさあ」

 ひらひらと手を振る植田に水上も同意しているが、それは絶対に違うと思った。
 議論するだけバカらしいから放っておくことにする。

「市村さんが元気になったら、今度は四人で食べに来ましょうよ」

 うふふ、と笑う水上はほんのり頬を染めている。酒に弱いのかもしれない。いやでも本当に弱いなら梅酒は頼まないか。サワーと違って、これらはアルコール度数が結構高い。敷いてあるメニュー表を見ると、十三度になっていた。誠也とどっこいどっこいである。

 楽しそうに話す二人に時々混じりながら、届いた端から料理を片付けていく。仕事柄早食いが癖になっているから、あっという間に締めのメニューの雑炊まで平らげて、それからたまに塩辛など突付きながらの雑談タイムになる。

「俺はいいんだけどさ、二人とも彼氏とかは? こんなトコ見られたら誤解されない?」

 三人という半端な人数ではあるが、人によっては嫌がるだろうと一応尋ねてみた。以前、祐次も水上には恋人が居ると話していたので、それを思い出したのだ。

「そんな狭量な男とは付き合っていないですよ」

 水上は、ちびちびとロックグラスに口を付けながら微笑んでいる。けれど、何処か無理をしているような、強張ったものを感じた。
 深くは付き合ってこなかったけれど、それが判るくらいには毎日顔を合わせて少しは言葉を交わしてきている。

 ああ、でも。水上はちろりと流し目をして誠也を見た。近くを通りかかった店員にお代わりを頼み、空になったグラスをテーブルにことんと置く。確か、誠也が気付いただけでも五杯はお代わりをしている。頬の染まり具合は最初から変わらないが、大丈夫なのだろうか。
 ちらりと植田を見ると、彼女もやや心配げに水上を見つめていた。

「ねえ、木村さん。木村さんだったらどうします? 自分の恋人がこうやって他の人と飲んでいたら」
「ん? んん……相手に寄るだろうけど、まあ気にはなるよ。どんな関係なのかとか、納得できればいいけど。心の中では嫌だなって思うんじゃない」

 水上のことを祐次だと考えれば、自然とそういう答えになった。ただ、それは祐次の場合だ。本当は今まで付き合った女性にそんな感情を抱いたことなどなかった。
 向こうから付き合おうと言ってきて、守備範囲内なら付き合ってみる。性欲が湧けば抱くけれど、誰か自分以外の男と会っていたとしても、それを見掛けても追求したことなどない。

 だからか、長くても数ヶ月しかもたないのだ。何故と問われても、嫉妬などしたことがなかったから解らなかった。
 他に好きな人が出来たなら仕方ないねと、笑ってさようならしてきた。今思えば、きっと誠也は祐次こそが初恋だったのだと解る。そして今だからこそ、ようやく水上の言葉に真剣に向き合うことが出来る。
 目元をほんのり桜色に染めて、水上は届いた梅酒のグラスを受け取り唇を湿らせた。

「ですよねえ。ましてや、自分から『合コンでも行って来たら』なんて言ったりしないですよね」

「えっ、そんなこと言うの」
 植田も初耳だったようで、テーブルを拳で叩いて抗議した。
「なに考えてんの、そいつ」

「彼の言い分では、合コンでちやほやされてもっと綺麗になって来いって。意味解んない。それってヤキモチとか焼かないのって訊いたら、『俺以上の男がいるかよ』って。それで私がふらっとなったら、それは自分の魅力が足らないからだろって、どんだけ自信過剰なんですかね。私が離れないって信じてるのかな。それとも、自分がふるのは嫌だから、私が理由を作るのを待っているのかな。どう思います? 同じ男として」

 女性にしては短い、学生のようなショートカットの水上は、真横に座っている誠也を見上げてうっすらと微笑んだ。髪をアップにすればさぞ色っぽいだろうと思うような、白くて艶めかしい項だった。
 もしも祐次が居なくて、一定基準以上なら平気でホテルに誘っていた誠也だったら、植田さえ止めなければ今すぐに肩を抱き寄せて口説いていただろうと思った。

「それは──」

 ごくりと喉を鳴らす誠也と、じっと見詰める水上を、植田は黙って見守っている。
 ああ、本題はこれだったんだろうなと悟った。女同士では解決できないことを、誠也という異分子を入れることでどうにか動きを与えて、解決までは出来なくても水上を救おうとしているのだろう。

 もっと他に居るだろうにと植田を恨みがましく見て、考えた。
 上辺を取り繕う言葉など水上は望んでいないだろう。だからといって、誠也はその男ではないし、そんな風にはとても考えられないから解りようがない。
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