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Endress Happiness
誰にも邪魔されない時間
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部屋に戻ると、ベッド脇の小さなテーブルに食事の用意がしてあった。車椅子のまま食べるのではなく、ベッドに横付けして少しだけ手を貸しながら、鮎原は祐次がなるべく自力で移動するようにと上手く誘導している。
自分だったら抱き上げて移してしまうだろうなと思いながら、その遣り方をじっと誠也は見守った。
テーブルにはキャスターが付いていて、ベッドの上で食事が出来るようになっているから、そのままゆっくりしたらいいですよと言い残して、鮎原は退出した。
帰る道すがらもう祐次が落ち着いていたからか、特に先程の件について言及しないようだった。重湯から始まった食事も、既に水分多めの粥になっていて、色からして人参のポタージュのようなものと野菜ジュースが付いていた。
テーブルを動かして祐次の丁度良い位置に調整すると、誠也はどちら側に居れば良いのかと逡巡する。利き手を支えた方が良いのか、それとも椀を支えた方が良いのか。それを察したらしく、祐次は首を振った。
「大丈夫。自分で食べられるから。良かったら話をしていてくれる?」
「わかった」
入り口に近いベッドの右側に居たので、そのまま丸椅子に腰を下ろす。
ここで話を蒸し返すとまた取り乱すのではと不安にも思ったけれど、祐香本人もきっとショックを受けているだろうと思い、誠也は祐次の表情の僅かな変化も見逃すまいと注意しながら、話を切り出した。
「祐香ちゃんって言うんだな、妹さん」
一拍考えるように動きを止めて、祐次はレンゲを手にして頷いた。
「そうなんだよ。四つ下なんだ。あー……もしかして、さっきのは祐香だったんだ」
まさかと思ったけれど、あの距離でも妹を認識出来ていなかったらしい。
もしかしなくてもその祐香だよと心の中で答えて、祐次が粥を啜るのを見つめる。まだ震えが取れていないし長くは持っていられないようで、三口食べたらトレイの上に一旦置いて手を下ろしてしまった。
「そっか。祐香には悪いことしたな」
「仲、いいのか? 凄く積極的というか、物怖じしない子だな」
「うん。おれと兄貴は何となく似ているような気がするけど、なんでか祐香だけは全然違うんだよなあ。小さな頃から、敬われていないっていうか」
それは解ると思ってくすりと笑うと、祐次は俯いてしまった。
やはりこの話題はまずかったかと、誠也はその手を握る。祐次が何を思い悩んでいるのか解るような気がして、何か言う前にスッと顔を寄せて唇を合わせた。
今なら誰にも邪魔をされない。
「せ、誠也っ」
面を上げた祐次の顔は、耳まで真っ赤に染まっている。
「祐次、ちゃんと食べないと。俺、少しでも早く元気になって欲しいんだよ。焦らせたいわけじゃないけどさ、でも」
レンゲを取り、自分の口に含むのを、祐次は不思議そうに見ていた。そのまま誠也はまた祐次の唇を塞ぎ、舌を半円筒にして粥を口内に送り込んだ。あまり奥へと行かないように舌の上に載せてから引っ込めて、唇をぺろりと舐める。
粥には殆ど塩気もなかったけれど、酷く甘いように感じた。
数回咀嚼してちゃんと飲み込んだのを確認してからまた同じようにする。途中で遮りそうになった祐次の手の動きも無視して、いつの間にか粥の椀は空になってしまっていた。
祐次の瞳は熱を帯びて、うっとりと誠也を見つめている。
可愛いなんて言えないけど、このままもっと深く口付けて貪りたいのをぐっと誠也は我慢した。
「これじゃリハビリになんないよ」
「だな、ごめん」
困ったように眉を下げて、でもそれは照れ隠しだと解っているから、余裕綽々で誠也はにっこりと笑ってみせた。
その後はゆっくりとでも手を止めずにポタージュを飲みきったので、ご褒美な、とまた誠也はチュッとキスをした。
ご褒美どころかいつだって何回でもしたいけれど、それもやっぱり我慢する。
何度しても慣れないようで頬を染めるから、それを目にするだけでも腰の奥が疼いて仕方ないのだけれど。
「祐次、もし困るようならさ、祐香ちゃんには俺が恋人だって言っとけよ」
いきなりあっさりと口にする誠也に、祐次は「え」と固まった。
「だって俺も正直辟易したしさ、取り敢えずご両親にはまだ言えなくても、さっきみたいにくっ付かれたりしたら、祐次だって嫌だろ」
「ええっ!? で、でも」
「それとも、嫉妬してくれないの」
明らかにあれは悋気だったと知りながら、わざと悲しそうな顔で言うと、祐次はふるふると首を振って否定した。
「じゃあ問題なし」
祐次のそれは、相手に対する恨みや怒りではなく、内側に向かい自己否定するものだ。普段でも背負い込んでしまう性質なのに、今の体調でそんなことになっては治るものも治らないだろう。
だから尚更、誠也は努めてあっけらかんと言ってのけたのだ。
「いいよ、本当に。いつかは伝えなきゃいけないことだろ。それなら今だっていい。ただ、祐次のお母さんは……もうちょっと時機を見た方がいいかな」
今言ったらまたカッとなって即刻転院手続きを取られてしまいそうに思う誠也。
祐次はパックに入った野菜ジュースを吸いながらしばらく考えた後、こくりと頷いた。
自分だったら抱き上げて移してしまうだろうなと思いながら、その遣り方をじっと誠也は見守った。
テーブルにはキャスターが付いていて、ベッドの上で食事が出来るようになっているから、そのままゆっくりしたらいいですよと言い残して、鮎原は退出した。
帰る道すがらもう祐次が落ち着いていたからか、特に先程の件について言及しないようだった。重湯から始まった食事も、既に水分多めの粥になっていて、色からして人参のポタージュのようなものと野菜ジュースが付いていた。
テーブルを動かして祐次の丁度良い位置に調整すると、誠也はどちら側に居れば良いのかと逡巡する。利き手を支えた方が良いのか、それとも椀を支えた方が良いのか。それを察したらしく、祐次は首を振った。
「大丈夫。自分で食べられるから。良かったら話をしていてくれる?」
「わかった」
入り口に近いベッドの右側に居たので、そのまま丸椅子に腰を下ろす。
ここで話を蒸し返すとまた取り乱すのではと不安にも思ったけれど、祐香本人もきっとショックを受けているだろうと思い、誠也は祐次の表情の僅かな変化も見逃すまいと注意しながら、話を切り出した。
「祐香ちゃんって言うんだな、妹さん」
一拍考えるように動きを止めて、祐次はレンゲを手にして頷いた。
「そうなんだよ。四つ下なんだ。あー……もしかして、さっきのは祐香だったんだ」
まさかと思ったけれど、あの距離でも妹を認識出来ていなかったらしい。
もしかしなくてもその祐香だよと心の中で答えて、祐次が粥を啜るのを見つめる。まだ震えが取れていないし長くは持っていられないようで、三口食べたらトレイの上に一旦置いて手を下ろしてしまった。
「そっか。祐香には悪いことしたな」
「仲、いいのか? 凄く積極的というか、物怖じしない子だな」
「うん。おれと兄貴は何となく似ているような気がするけど、なんでか祐香だけは全然違うんだよなあ。小さな頃から、敬われていないっていうか」
それは解ると思ってくすりと笑うと、祐次は俯いてしまった。
やはりこの話題はまずかったかと、誠也はその手を握る。祐次が何を思い悩んでいるのか解るような気がして、何か言う前にスッと顔を寄せて唇を合わせた。
今なら誰にも邪魔をされない。
「せ、誠也っ」
面を上げた祐次の顔は、耳まで真っ赤に染まっている。
「祐次、ちゃんと食べないと。俺、少しでも早く元気になって欲しいんだよ。焦らせたいわけじゃないけどさ、でも」
レンゲを取り、自分の口に含むのを、祐次は不思議そうに見ていた。そのまま誠也はまた祐次の唇を塞ぎ、舌を半円筒にして粥を口内に送り込んだ。あまり奥へと行かないように舌の上に載せてから引っ込めて、唇をぺろりと舐める。
粥には殆ど塩気もなかったけれど、酷く甘いように感じた。
数回咀嚼してちゃんと飲み込んだのを確認してからまた同じようにする。途中で遮りそうになった祐次の手の動きも無視して、いつの間にか粥の椀は空になってしまっていた。
祐次の瞳は熱を帯びて、うっとりと誠也を見つめている。
可愛いなんて言えないけど、このままもっと深く口付けて貪りたいのをぐっと誠也は我慢した。
「これじゃリハビリになんないよ」
「だな、ごめん」
困ったように眉を下げて、でもそれは照れ隠しだと解っているから、余裕綽々で誠也はにっこりと笑ってみせた。
その後はゆっくりとでも手を止めずにポタージュを飲みきったので、ご褒美な、とまた誠也はチュッとキスをした。
ご褒美どころかいつだって何回でもしたいけれど、それもやっぱり我慢する。
何度しても慣れないようで頬を染めるから、それを目にするだけでも腰の奥が疼いて仕方ないのだけれど。
「祐次、もし困るようならさ、祐香ちゃんには俺が恋人だって言っとけよ」
いきなりあっさりと口にする誠也に、祐次は「え」と固まった。
「だって俺も正直辟易したしさ、取り敢えずご両親にはまだ言えなくても、さっきみたいにくっ付かれたりしたら、祐次だって嫌だろ」
「ええっ!? で、でも」
「それとも、嫉妬してくれないの」
明らかにあれは悋気だったと知りながら、わざと悲しそうな顔で言うと、祐次はふるふると首を振って否定した。
「じゃあ問題なし」
祐次のそれは、相手に対する恨みや怒りではなく、内側に向かい自己否定するものだ。普段でも背負い込んでしまう性質なのに、今の体調でそんなことになっては治るものも治らないだろう。
だから尚更、誠也は努めてあっけらかんと言ってのけたのだ。
「いいよ、本当に。いつかは伝えなきゃいけないことだろ。それなら今だっていい。ただ、祐次のお母さんは……もうちょっと時機を見た方がいいかな」
今言ったらまたカッとなって即刻転院手続きを取られてしまいそうに思う誠也。
祐次はパックに入った野菜ジュースを吸いながらしばらく考えた後、こくりと頷いた。
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