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五分間だけ過去に戻ることができるチケット
願いをこめて
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ようやく復活したばかりの電車に揺られて、目的地に向かう。車窓から外を眺めれば、あの日全てが奪われたまま、茶色ばかりの土地が続いている。
高架からの眺めも変わらない。木々の緑と、その向こうの川の色は少しだけ青い。空ですら初秋なのにどんよりとしている。
あの日までは、生まれ育った土地をこうしてしみじみと眺めることもなかった。
ただ、不便だから早く出たいと思っていたのに、父の転勤に母が同行し、残された家を無人にするわけにもいかなくなった。
寂しくはなかった。
エリがいたから。
エリ、エリ……エリ……!
暑いだろうからとエアコンを付けっぱなしにして、窓も全て施錠して出てしまった。
雨足が強くなり、避難勧告が出ていた頃には、僕は帰る手段を失っていた。
翌日になり、行けるところまで車に乗せてもらい、歩いて帰宅した。そして、一階は全て水に浸かり、二階の窓を突き破った流木を目にした瞬間呆然としてしまった。
そのあと、泥と瓦礫をかき分けながら隅々まで君を探して。
探して、探して、町をさまよって。
貼り紙をして、SNSでも写真付きで情報を求めて、わずかでも似ていればその場所まで出向いて確認して。
でも、君は見つからない。
怪我をして動けないの?
僕のこと、忘れちゃったの?
まだ、土か瓦礫の下にいるの?
わからない。時間と月日だけが無駄に過ぎていく。
そんなある日、このチケットを見つけたんだ。
レビューによると、心から欲している人にしか、その販売サイトは見つけられないらしい。だから悪い評価はないのだと。結果はさておき、チケットの効果は間違いないのだと。
住んでいたときには滅多に使ったことのない駅で降りて、徒歩でその場所に向かう。
再建に先立ち、更地になった僕らの家の跡地。
まだ片づけ途中で放置されているご近所さんもある中、視界に入るのは空っぽの土地ばかり。
ここが何処だかもわからなくなりそうだ。
道路は閑散としており、住宅地を縫っていた舗装路は未だ泥まみれ。それを背に、自宅があった場所、玄関前に立ち、空を仰いだ。
雲らしき形もわからないのに、灰色が重々しく頭上を覆っている。今にも泣き出しそうなその空の下で、僕は祈った。
この国におわす八百万の神々よ、仏よ、精霊よ、ご先祖さまよ。どうか、僕にエリを見つけさせてくだい。
一生のお願いです。このあとどんな窮地に立たされても、自力でどうにかしますから!
しばし瞑目して、深呼吸する。
よし、と目を開けると、今度はテキパキと準備を始めた。
まずは風向きを確認して、ロウソク立てを地面に置く。温い風が炎を消さないように、自分の体を盾にしてマッチで火をつけると、そのロウを垂らしてからそこにロウソクを固定した。
さて、ここからだ。
しゃがんだまま周囲を窺い、誰にも邪魔されそうにないことを確認。完全に不審者だから、途中で声をかけられたりすると全てがおじゃんになる。
鞄に入れたままだったケースを出し、丁寧にチケットを取り出す。
これが燃え尽きてからが勝負だ。ピンセットで端の方を挟むと、風でふわりと揺れた。
危ない危ない。
身体の陰で、そっとロウソクにかざしていく。
あの日の朝、僕が家を出たあとの時刻に戻してくれと願いながら。
高架からの眺めも変わらない。木々の緑と、その向こうの川の色は少しだけ青い。空ですら初秋なのにどんよりとしている。
あの日までは、生まれ育った土地をこうしてしみじみと眺めることもなかった。
ただ、不便だから早く出たいと思っていたのに、父の転勤に母が同行し、残された家を無人にするわけにもいかなくなった。
寂しくはなかった。
エリがいたから。
エリ、エリ……エリ……!
暑いだろうからとエアコンを付けっぱなしにして、窓も全て施錠して出てしまった。
雨足が強くなり、避難勧告が出ていた頃には、僕は帰る手段を失っていた。
翌日になり、行けるところまで車に乗せてもらい、歩いて帰宅した。そして、一階は全て水に浸かり、二階の窓を突き破った流木を目にした瞬間呆然としてしまった。
そのあと、泥と瓦礫をかき分けながら隅々まで君を探して。
探して、探して、町をさまよって。
貼り紙をして、SNSでも写真付きで情報を求めて、わずかでも似ていればその場所まで出向いて確認して。
でも、君は見つからない。
怪我をして動けないの?
僕のこと、忘れちゃったの?
まだ、土か瓦礫の下にいるの?
わからない。時間と月日だけが無駄に過ぎていく。
そんなある日、このチケットを見つけたんだ。
レビューによると、心から欲している人にしか、その販売サイトは見つけられないらしい。だから悪い評価はないのだと。結果はさておき、チケットの効果は間違いないのだと。
住んでいたときには滅多に使ったことのない駅で降りて、徒歩でその場所に向かう。
再建に先立ち、更地になった僕らの家の跡地。
まだ片づけ途中で放置されているご近所さんもある中、視界に入るのは空っぽの土地ばかり。
ここが何処だかもわからなくなりそうだ。
道路は閑散としており、住宅地を縫っていた舗装路は未だ泥まみれ。それを背に、自宅があった場所、玄関前に立ち、空を仰いだ。
雲らしき形もわからないのに、灰色が重々しく頭上を覆っている。今にも泣き出しそうなその空の下で、僕は祈った。
この国におわす八百万の神々よ、仏よ、精霊よ、ご先祖さまよ。どうか、僕にエリを見つけさせてくだい。
一生のお願いです。このあとどんな窮地に立たされても、自力でどうにかしますから!
しばし瞑目して、深呼吸する。
よし、と目を開けると、今度はテキパキと準備を始めた。
まずは風向きを確認して、ロウソク立てを地面に置く。温い風が炎を消さないように、自分の体を盾にしてマッチで火をつけると、そのロウを垂らしてからそこにロウソクを固定した。
さて、ここからだ。
しゃがんだまま周囲を窺い、誰にも邪魔されそうにないことを確認。完全に不審者だから、途中で声をかけられたりすると全てがおじゃんになる。
鞄に入れたままだったケースを出し、丁寧にチケットを取り出す。
これが燃え尽きてからが勝負だ。ピンセットで端の方を挟むと、風でふわりと揺れた。
危ない危ない。
身体の陰で、そっとロウソクにかざしていく。
あの日の朝、僕が家を出たあとの時刻に戻してくれと願いながら。
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