君を聴かせて

亨珈

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〈番外小話〉チラリズム (後)

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 水を差されて体の奥にくすぶる熾き火のような熱を抱えたまま、慎哉が会計している間にキッチンで支度を始めてしまった雪子の後ろ姿に、先に布団に行こうなどと言えるはずもなく。

 テーブルを拭いては備前焼のフリーカップに慎哉用の麦酒を注いだり自分の梅酒を用意したりとくるくる立ち働いている雪子の邪魔にならないよう、先に手を洗ってからピザの箱を開けてテーブルに置く。

 ひらひらと足の動きに合わせて開いたり閉じたりするスカートが気になって仕方ない。今すぐ足に抱きついてすくい上げてそのまま布団に連れていきたい。あ、ベッドじゃないからまだ敷いてないんだっけ、などと不埒なことを考えながら少し離れて見守り、雪子が椅子を引くのに合わせて対面に自分も腰を下ろした。
 これなら下半身が見えないから、取りあえず食事中は平穏に過ごせるだろう、多分。

 いただきますのあと続けて乾杯をして、軽く杯を合わせる。くうっと一息に飲み干すのは慎哉だけではなく、その飲みっぷりの良さに惚れ惚れと見入ってしまう。
 まだ親しくなる前に、誠也が何の気なく話題にしていたのを思い出す。誠也も沙良も弱い方ではないが、二人とも雪子の酔った姿を見たことがないと言っていたっけ。

 慎哉も誠也とふたりでなら飲み歩くこともあったから、誠也がちゃんぽんでもかなり強いのは知っている。それに付き合ってそこそこ飲めるなら雪子も強い方かとなんとなく思ったけれど、そこは醜態を晒さない程度にセーブしているのだと考えていた。

 付き合い始めてみれば、張り合えば負けるんじゃないかというくらいに初っぱなから速いペースで飲む割に、二日酔いになったのも見たことがない。度数だけなら確実に雪子の方が沢山アルコールを摂取しているはずなのに、呂律が回らない、ということにもならない。
 ただ、ほんのり頬を染めて、時折誘うような仕草をする。

 ピザにかぶりつく口はどちらかというと豪快なのに、糸を引くチーズを絡めるように少しだけ覗かせる舌先が、トマトソースが付いた唇を拭う指先が、楚々としているのに淫靡だ。ごくりと喉を鳴らす慎哉に投げかける眼差しが、切れ長の上がり目の眦を細めて飛んでくる秋波が、この後もっといいことが待っているよと示唆しているようで堪らない。 
 それが勘違いじゃないことも、慎哉は知っている。

「あ、付いちゃった」

 指先から垂れ下がるオニオンに落とされた視線を追って、慎哉の手が伸びる。少し距離があるのを中ほどまで引かれるままに伸ばされた白い指に、首を伸ばして慎哉がかぶりつく。

 舌で手繰り寄せたオニオンをそのまま飲み込むと、ねっとりと指の股に向かって舌を這わせていく。あ、と半開きになった雪子の口から熱い息が漏れ、それを誤魔化すかのようにもう片方の指先の甲が唇に当てられた。

 雪子は慎哉の上目遣いが好きだ。垂れた眦が挑むように上がって、半眼で下から見つめられるのに感じるらしい。それを知っているから、俯きがちにして、舌の動きすら見せつけるようにしてやれば、紅潮が広がっていくのがありありと判る。

「しんや、く……ん」

 ん、が鼻に抜けて甘く誘っている。グラスに残った梅酒を煽ると、雪子は口に含まれたままの指先を返して、逆に咥内の粘膜をさする。
 最後に一切れ残った切片はまた明日ということにして、のそりと慎哉は腰を上げた。


 珍しくがっついてしまった慎哉の性急さにも、雪子は戸惑うよりも嬉しそうだった。
 直管の蛍光灯に照らされたままのダイニングキッチンで、テーブルに手を突いた雪子の背後から、着衣のままに攻め立てる日がこようとは、慎哉とて想像していなかったくらいだ。

 事件のあと、一度だけ身体を繋げた。
 その時には、最初の時よりも手探りで、まるで童貞の少年のようにたどたどしく、ちょっとした雪子の反応に気を使いながらの労りが最優先のセックスだった。いつでも、雪子が嫌がる素振りを見せたら止めるつもりだった。眼の色を伺い、声音に耳をそばだて、指先の動きひとつにも息を潜めて。
 雪子がもどかしく思うくらいに、丁寧で繊細な抱き方になってしまったのは仕方ないだろうと思う。

 ああ、だからなのか――。
 ショートパンツの裾から、ジッパーとボクサーパンツを下ろしただけの下半身から取り出した怒張を突き入れながら、慎哉は得心していた。

「っあ、気持ちい……っ」

 大した愛撫もされていないのに、それでも少しの潤滑液で侵入を果たせば、どんどん次から次へと、雪子の想いのように中から溢れてくる。
 時折振り返る顎が震えていて、瞬きでなにか訴えてくるのを唇で宥めながら、今は顕わになった太腿を裏側から表へと撫でる。ヒップに掛けるようにスカートを捲り上げると、本当にショートパンツにしか見えないのが不思議だ。

 また少し下ろして、体液で汚れるのも気にしないで臀部を覆うと、その方がぐっとくる。そんな風にスカートとパンツの具合を気にしながらの行為なんて慎哉も初めてで、喘ぎつつも雪子はその動向を仔細に観察しているようだった。
 突き出されたヒップに腰を押し付けながら、ようやくブラウスの裾から手の平が差し込まれて、大きな手がゆっくりと脇腹を撫で上げる。その温かさに安堵し、ぶるりと雪子の背が震えた。

 竦めた肩を労わるように撫で擦り、それから前へと回す。先に外されていたホックのせいでただぶら下がっているだけの布キレの下から、つんと上を向いている突起を指先で摘まむと、自身がきゅっと搾られた。
 ん、と互いに押し殺した声を喉の奥で発し、衝撃をやり過ごす。それから慎哉は、大きく乳房を掬い上げて包み、ゆっくりと揉みこむ。

 雪子はどちらかというと、乳房で快感を得ないタイプだ。それは無駄に喘がないというだけで、気持ち良くないわけではないらしいというのも知っているから、愛撫に手は抜かない。寧ろ嘘っぽく声を上げられるよりずっといい。快感は性感だけじゃないから、体温に安心するなら、それだけでも触れる意義がある。

 事件の際に、噛み切られるかと恐怖するくらい、乳首を責められた様子だった。そのさまも憶えているから、体の表面的な傷が癒えた今でも、無理に強く触れてはいけない気がする。
 やんわりと手を動かしながら、前に屈んでうなじにキスを落とす。慎哉の意図を汲み取り目の前に晒される耳朶を食み、中へと舌を伸ばした。

「あぁ……っ」

 びくんと雪子の背が反り、また中がうねる。敢えて水音を立てて耳を犯しながら腰を動かすスピードを上げると、もう慎哉の方も限界だった。



 一度絶頂を迎えたまま、口付けながらじりじりと移動を促し、爪先立ちの雪子を片腕で抱き締めたまま襖を開けて、もう片方の手で布団を引き摺り下ろす。
 崩れるように落ちてきた掛け布団の上に続いて敷布団が乱れ、それをおざなりに伸ばしてから雪子の身体を横たえた。
 まっすぐにもなっていない。所々折れたままの寝心地悪そうな敷き布団に下りている背中。慎哉の首に回した二の腕で上半身を少し浮かせ気味の雪子は、懸命に舌を伸ばしている。

 ひとときでも離れたくない。
 解り過ぎるほどに解るだけに、慎哉の方も絡めた舌を解かずに、雪子の着衣を緩めていく。ブラウスのボタンを外し、全開に。そのままショートパンツのリボンを解き、ボタンを外してショーツごとずり下げていく。
 スラックスのポケットから指先で引っ張り出した新しいパッケージを咥えて開封すると、下半身に伸ばした手に、雪子の手の平が添えられた。

 空気を抜いてから丁寧に下げられていく。輪にした指に扱かれて、まだ臨戦態勢のままだった猛りがますます勢いづく。
 唇から漏れる吐息が、殆ど音になっていないのに、早くと急かしているのが解る。
 けれど、慎哉は一度腰を引いて、雪子の割れ目から上を滑らせた。

 溢れた粘りのある蜜で、ぬるりと先端から根元まで。袋が肌に触れる。体温の低いそこだけが、何か別の存在であるように感じる。
 表面過ぎたかと少し強めにもう一度擦りあげると、今度は雪子のものに当たり、良い具合になぞったようだ。あぁ、と白い喉元が反り、唇が離れる。

「ゆっこ、いい?」

 何度も何度も滑らせると、んっと唇を噛んでから、ぱさぱさと睫毛が揺れる。

「気持ち、い……」

 自ら足を開き、もう少し腰を浮かせて良い角度に調整している。一定のリズムで動かしながら、慎哉は雪子の好いポジションに収まるのを待った。

「っは、んー――っ!」

 慎哉に比べると随分冷たく感じる太腿が揺れて、雪子が極まった。それから弛緩するタイミングで腰を引いて、一気に中へと押し進める。
 息を呑む表情も、嫌悪は一切滲ませていない。反射的にそうなるだけで、気持ちも、そして体内も、全て慎哉を心地良く受け止めてくれているのが解る。
 少し斜めに俯いて、雪子が流し目で見上げてくる。眦に滲むのは生理的な涙。そこにキスを落としてから、再び互いの口内を貪りながらの突き上げが始まった。



 別の季節ならば、もう空が白み始める頃。途中で意識を飛ばしていた雪子が、慎哉の腕の中で身じろいだ。

「あ……寝ちゃってた?」
「ほんのちょっとだけ。このまま寝たら?」

 横臥のまま、触れるだけのキスを落とすと、うん、と返事をして柔らかな腕が慎哉の腰に回る。気だるげながらも満足しきっている様子に、ごめんねと、慎哉は呟いた。

「え? 全然謝ることなんて、」
「前のとき、満足させられなかった。怖がってたの、俺の方だよな。ごめん」

 裸の胸に、雪子が優しくキスをして、そうっと手を添える。そうだよ、と小さな乳首を指先で弾かれて、くすぐったさに身体を揺すった。

「信じてないわけじゃないよ。でも、以前と違うように抱かれるのはイヤ……寂しかったよ。気遣いは、嬉しかったけど。でもね」

 ぐりぐりと突起を潰しては弾き、ついには軽く歯を立てられる。甘んじてその行為を受け入れながら、慎哉は呻いた。

「ごめん」
「いいの、今日、気持ち良かったし」

 そっか、と吐息混じりに返すと、ちゅうっと吸われてなんだかもどかしくなる。

「あー……ゆっこさんゆっこさん」
「なあに」
「それ、もうやめて」
「それってなにー」

 完全に承知しているくせに、雪子は意地悪く笑みを刷いた唇で、また慎哉のものを苛む。
 くすぐったいだけだと思っていたのに、ちょっとずつ変な感じに身体が反応するから困ってしまう。何かに目覚めてしまうかもしれない。

「ね、慎哉くん」

 止めとばかりにもう一度指先で弾かれて、不覚にも下半身が疼いてしまった。変な声が出掛かり、懸命に歯を食いしばった慎哉に、幸いにも雪子は気付かなかったようだ。

「あのね、ロング派って言ってたけど、実はミニのチャイナドレスも持ってるんだ。着てみていい? 今度」

 瞬間、下着なんて履けないくらいに際どいところまでスリットの入った、花柄のワンピースが脳裏に浮かぶ。極彩色の布地に煌びやかな刺繍。それに身を包んだら、雪子の白い肌は尚いっそう艶めかしく映るに違いない。
 反応したのは脳だけじゃなくて、気付いた雪子はくすくすと笑った。

「やっぱりミニも好きなんじゃない」
「ちーがーいーまーすー」

 そこは断固として否定しておかねば。慎哉は唇を尖らせて、雪子の額にキスをした。

「ミニでもロングでもスリットがあってもなくても! ゆっこだから感じるの。愛してるから勃つに決まってるでしょ」

 照れ隠しに雪子が胸の突起に齧り付くまで、あと一秒――


     了



お付き合いありがとうございました♪
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