君を聴かせて

亨珈

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〈番外小話〉チラリズム (前)

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ラストシーンから少しあと。復帰後の雪子と慎哉です。

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「ねえ慎哉くん」

 珍しく就業中に声を掛けられて、風除室脇の階段を降りてきた慎哉は足を止めた。
 雪子は巡回用の黄色いゴミカートを停めて、壁際の自販機横に並んでいるダストボックスから中身を回収していたらしい。
 もうじき閉店で、映画館以外のエリアが閉鎖される。平日で閑散としているからというのもあり、少し緩んだ口元で慎哉を見上げている。

「どうかした?」

 驚きながらも頬が緩むのは仕方ない。まだ休職から復帰して一月も経っていない恋人の体調を気遣いながら過ごしている慎哉は、ぱっと見てどこも問題なさそうなのを確認してから改めて微笑した。
 あのね、と前置きする雪子の視線が階段をつうっと上がっていく。

「私、常々不思議だったんだけど、女子高生のスカートってね、かなり際どい丈じゃない」
 うん、と相槌を打ちながらも、慎哉の首が僅かに傾く。

「あれって平地を歩いているときにはまだいいけど、階段だと下から丸見えになるんじゃないかって、ずっと気になってたの」

 真剣そのものの雪子を見つめたまま、慎哉はフリーズしていた。いきなり何を言い出すのか、この愛しい恋人は。

「それで、さっきここを上っていくのを見上げながらしゃがんでみたのね」

 こんな感じで、と段の手前で腰を落とす雪子。男がやれば犯罪だ。
 そしたらね、と瞳を煌めかせて雪子が立ち上がり、とても凄いことを発見したんだと喜色満面で報告する。

「うまい具合にふあんふあんってスカートが揺れてね、ぎりぎり見えないの。くう、あとちょっとっていうところでお尻が隠れて、太股しか見えないの」

 あれって計算され尽くした絶妙なスカート丈だったんだねえ。惚れ惚れと両手の平を合わせて吐息するに至り、慎哉は言葉を失っていた。

「知ってた?」

 問いかけられて、曖昧に首を横に振る。
 そうでしょ、と得意げな雪子は、澄ましてよそゆきに微笑んでいる普段とは別人のように幼くて可愛い。ここが職場じゃなかったら、人目もはばからずにぎゅうっと抱き締めていただろう。

「チラリズムだよね~。興奮するよね~。ねえ、慎哉くんも覗きたくなるよね」

 これは試されているんだろうか。

「見たいけど見れないっていうジレンマがまたいいんだよね」

 確認なのか問いかけなのか、一体どう反応すればいいのか解らない。

「あのー、俺はやっぱり短いよりも長い方が好きっていうか」

 膝上のキュロットがどちらに入るのかは判らないしミニが嫌いなはずもないが、ここは少しぼかしておくことにする。
 すると雪子はぱちんと両手を叩いて、そっちね、と頷いた。

「ロングタイトに入ってるスリットが好きなんだ。わかった、今度それにする」
「スリット?」

 はてなを飛ばしている慎哉をよそに、カートを押して雪子は歩き出す。巡回ルートが異なるため置き去りにされた形になる慎哉は、その後の仕事中スカート丈について思案する羽目になってしまった。



 大体において、雪子はパンツルックで通勤する。自転車なのだから無難だし、午後から出勤して帰りが遅いから、防犯の面でもそうあるべきだ。
 事件の前、毎日慎哉たち警備三人で出来るだけ付き添っていた帰り道。今は慎哉と沙良が日勤の際に同伴するのみで、必ず毎日というわけではない。
 恋人の慎哉ならともかく、元彼が近くにいないのに心苦しいと雪子が固辞したのも当然だった。まして、誠也とふたりきりにするなど、慎哉にとってもストレスだ。

 そんなある日のこと、警備員室で慎哉がモニターを眺めていると、店内巡回から沙良が帰ってきて、持参の水筒から紅茶を飲みながら、なにやら意味ありげに視線を飛ばしてくるのに気付いた。

「小野ー、あの格好さあ」

 呼び掛けたくせに後を続けず、胡乱に見つめられても慎哉は戸惑うばかりだ。

「あの格好って?」

 日勤で三人同じくらいの時刻に出勤したから、自分の私服のことかと怪訝に思う。そんなに変な組み合わせではなかったはずだけれど。

「あんたじゃなくて、ゆっこ。見た?」

 頭の中を覗かれたように言い当てられて、納得しつつも首を振る。
 雪子の通勤服なら、大抵はジーンズとダウンのハーフコートだろう。

 今日は沙良が残業してもうじき慎哉と誠也は上がることになっている。雪子の方が遅くまで仕事があるが、明日は二人とも休みだ。慎哉は退社してからモールの中で時間を潰し、デートをする予定になっている。
 珍しいことでもないけれど、もしかしたらデート用にいつもと違う服装なのかもしれない。
 そこまで推測して慎哉がにやついていると、沙良はとてもとても生温い視線で立ったまま慎哉を見下ろしていた。

「はあ、まあいいわ。どうせ見れば解るし」
 制帽を脱いで、慎哉の隣の椅子に腰掛ける沙良の声は脱力している。

「出勤してきたときに風除にいたのか」
 モニターに視線を戻しながら慎哉が問うと、そそ、と沙良が少し顎を引く。

「あの時間って休憩してる人とか、バイトの子らも入るから結構この近辺賑わっててさ、そこにゆっこが来るから男どもの視線釘付けだったよー」

 雪子は元々外見が美しいため、老若男女問わず視線を集めやすい。そんなことは百も承知の沙良がそう言う状況、というのがちょっと想像が付かない。慎哉は眉根を寄せた。

 休憩していた誠也が戻ってきて、弁当箱を提げた沙良は部屋を出て行ってしまった。
 もう少し聞きたかったような気もするけど、後数時間の辛抱で本物にお目にかかれるんだからまあいいか、と今度は慎哉が制帽を被る。
 外回りの巡回時間だった。



 ぐるりとモールを回り、私服の時には更に熱の入った視線を投げてくる女性スタッフらを華麗にスルーして、書店内のカフェで珈琲を飲んでいると、雪子がやってきた。
 二人並んでぎりぎりの幅になっている書棚の間の通路を近づいてくるのを見守りつつ、思わず音を立ててカップを置いてしまったのは許して欲しい。

「ちょっ、ヤバ――」

 平積になった書籍から視線を滑らせる男連中の眼を全部塞ぎたい。仕事帰りに一息入れている会社員も多い時間帯。学生も入れて、青壮年の男性率が高すぎる。
 店内では脱いだままのコートを腕に掛けた雪子は、白いブラウスと黒いスカートという至ってシンプルな装いだ。だが、一歩踏み出すごとに露わになる太股は、まさしく足の付け根ぎりぎりで、タイツも履いていない生足である。ふくらはぎから下がブーツでも露出度合いが高い。いくらタイトスカートでも、真ん中が開いているのはやりすぎだ。
 慎哉は唖然としたまま恋人の足から目が逸らせずにいた。

「お待たせ、慎哉くん」

 半開きの口のまま呆けているうちに、雪子が隣に腰掛ける。組んだ足はやはり素肌で、交差した隙間から別の部分まで見えそうな気がしてしまう。

「そ、そのスカートさ、ボタンとかは」

 震え声で問うと、雪子は首を傾げながら耳に髪を掛ける仕草をした。

「元々ついてないんだ。これ一応ショートパンツだし」

 言うのと同時にぴらりと布をめくると、確かに同じ布地で出来たショートパンツが現れる。
 とっさに慎哉がそれを手で隠すようにスカート部分で覆うのを、雪子は不思議そうに見つめた。

「腰回りに布が付いてて繋がってるの。変わってるでしょ」

 ボタンの上からリボンで隠すようになっている臍の下を示す雪子の手をまた隠すようにしてブラウスも下げさせて、慎哉は今日の予定を変更する決心を固める。

「慎哉くん、どうかした? あんまり好きじゃない? こういうの」

 喜ぶと予想していたのがありありと解る困惑の表情に、ごめんと慎哉は眉を下げた。
 確かに、雪子以外の女性を連れていた頃なら、どう綺麗だろ羨ましいだろ、という感覚で居られた。だけど今はそんな風に見せびらかす気持ちなんて全く湧いてこない。どちらかと言えば、このままどこかに閉じこめて誰にも見せたくない。

「ゆっこ、晩ご飯ピザにしよ」
「う、うん」

 いいけど、と戸惑う雪子の隣で、携帯電話で急いで注文する。それが終わると、雪子の肩を抱き寄せてなるべく密着させるようにして歩き、駐車場からは車で雪子のアパートへ向かった。



 事件のことを思い出さないわけはないはずなのに、意外にも雪子は住まいを変えなかった。
 世話になった隣人とは更に親しくなり離れがたかったのかもしれない。逆に居たたまれなくなる人もいるだろうが、職場にほど近く家賃も手頃で広めの間取りが気に入っているようで、引っ越さなかったのだ。

 それでも、件の洋室は、ほぼ物置同然になってしまっている。
 もともとテレビもそんなに見ないからと洋室に置いたまま、和室に布団を敷いて寝るようになったのを見て、慎哉は胸をかきむしりたくなった。
 一間半の押入に普段使いのものを収納し、季節ものを洋室のクロゼットへ。それで事足りているからと淡々と説明されて、出来るだけ早くこの状況から解放したいと思う。

 雪子の実家でプロポーズしたものの、二人の間で具体的な話になったことはない。
 付き合いだしてまだ数ヶ月のふたりにはあまりにも重すぎる出来事だった。渦中にあるときには気が急いてしまったものの、雪子の精神面はどれほど落ち着いているのか図れなくて、そうこうしているうちに日常に埋没してしまっている。
 いまだにペースを掴めずに、何処か歯がゆさを残したままの日々を過ごしているのだ。

「良かった、ピザより先に着いたね」

 パチンと玄関の白熱灯を点けてブーツを脱いだ雪子が先に上がる。
 後ろ姿はごくありふれたロングタイトスカートなのに、前はどうしてあんなに扇情的なのだろう。少し屈んだ雪子のヒップラインについつい慎哉の手が伸びて、雪子は悩ましげに半身になった。
 さするようにまろい丘を撫でて、そのままスニーカーを脱ぎつつぴたりと体を寄せて、慎哉の手のひらが太股を伝って内側へと回っていく。
 温かくて、でも性感を高めるその動きに、俯いていた雪子の喉が反った。

「ゆっこ」

 耳元に囁いて、内腿からショートパンツの裾を割り、指が割れ目に伸びる。

「この服、ヤバすぎ」

 はあ、と雪子の唇が開き、熱い吐息が無暖房の室内の温度を上げる。まだほんの少し触れられているだけだというのに、茂みの奥は湿っていた。

「……ほんと? 喜んでくれてる?」

 半信半疑な表情で、雪子は背後を振り返る。もっとにこやかにして欲しかったのだろう。ショックを隠し切れていない。
 あー、と唸りながら眉根を寄せる慎哉に送る視線が痛々しくて、わり、と囁きながらそのまま唇の端に触れるだけのキスをした。

「嬉しいっていうか、大歓迎なんだけど、それで外歩いて欲しくないっていうか」

 むにゃむにゃと言い繕いながら、指先が優しく入り口を撫でて花弁の中から見つけだした突起にひたりと指先が吸い付く。
 そこを優しくさすられるのが駄目で、雪子は身悶えして鼻にかかった声をあげた。

「これで電車になんか乗ったら大変だよ。こんな風に密着してたら簡単に触れちゃうのに、このスカートがまた犯行を隠せちゃうと言うか寧ろ誘ってるようにしか見えないっていうか」
「変な慎哉くん」

 はあ、と吐息しながらも、雪子は嬉しそうに口角を上げている。
 潤んだ眼差しでじいっと見上げているところにゆっくりと慎哉の顔が寄せられて、その瞬間にふたりの鼓膜にバイクのエンジン音が届いた。
 掃き出し窓の向こうで停車した様子からして、頼んでおいたピザが届いたのだろう。
 お早いお着きで、と呻くように体を離す慎哉を、雪子も名残惜しそうに見守った。
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