君を聴かせて

亨珈

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許されないこと

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 ぶうんとファンの回り始める音と共に起動する音を聞きながら、部屋を出てすぐの廊下に置いてある小さな冷蔵庫からビールの缶を取り出して、座卓になっているパソコンテーブルの前に慎哉は陣取った。
 慎哉は実家住まいだが、古い家に増築して繋げた離れのような洋間を寝起きに使っている。廊下が繋がっているけれど庭から直接入れるので、友人らは直接掃き出し窓から出入りすることが多く、学生時代は溜まり場のようにもなっていた。
 最近は流石にそんなことはないが、逆に寝るためだけに使っているような気もする。
 立ち上がったパソコンをインターネットに繋ぎ、メッセンジャーを立ち上げると既に沙良から「まだー」と入っている。「おまち」と入れてから誠也を招待して、グループチャットで今日の自分の動きを簡単に説明した。
 どうせ打つのに時間掛かるからログを見てくれたらいいやと思っていたのに、結構すぐに誠也もログインして来て、祐次も居るよとだけ口を挟んで後は黙っている。
 仕方ないから報告書でも書いている気分で黙々とキーボードを叩いた。ああ、音声通話入れるべきかなあ。でもこんな時でもないと使わないし、などと頭の隅で考えながら。
 以上、と締めくくると、すかさずその住所教えてと沙良から届き、後で携帯にメールすると入れてからネットで住所検索をした。
 何しろ車にナビゲーションシステムを積んでいないから、下調べしておかないと辿り着けないかもしれない。
 隣の市だから遠くはないのだが、田舎なのか住宅地なのか微妙な表示になっていた。まああまり詳しくは載っていないから、後は目印だけ憶えておいて行ってみるしかなさそうだ。
 行くよな、と念押しのように誠也から入る。
 揺れている心の内を見透かされたようで、殆ど反射で指がタイピングしていた。
 行く、と返すと、意識がなくても通じたんだから、聞いていないようでもちゃんと聞こえているよ、と返された。
 誠也の大切な人は、暴漢に襲われて生死の境を彷徨った。
 その人が昏睡していた時、誠也は一体どんなことを思いながら通い、反応のない手を握り話し掛け続けたんだろうと、今ようやく少し気持ちが解った気がした。
 どうせ意識がないのに、毎日ずっと通うなんて物好きだなあとか思ってごめん。
 ICUで、ガラス越しに見詰め続けるだけの誠也の気持ちなんて、慮りもしなかった。
 生きるか死ぬかの大事おおごとだったのに、それに比べたら今の状態なんて、体だけでも無事なんだから全然良い方だろうと自分に言い聞かせる。
 勿論、レイプは心身ともに多大な苦痛を被る重大な出来事だ。刑罰だって、自動車の事故より重い。けれど、少なくとも雪子には意識があるし、寝たきりでもない。
 ただ、慎哉に対しても無反応なだけで……。
 雪子の母親は、何を思って鍵を預けるまでしたのだろうと三人揃って不思議そうにはしていたが、沙良が最後に「信用されてるんだと受け取っとけば~」と明るく締めてくれたのだった。


 巡査は、毎日ではないがショッピングモールにも巡回にやってくる。
 そのついでのように、住居侵入罪と強姦致傷罪で公訴できるということも話してくれた。告訴した場合とどう違うのか、三人にはよく解らなかったが、これだって本当なら第三者に話すような事ではないのだろうからと追求せずに世間話の一環として聞き流すフリをするに留めた。
 聞けば、男の家族に連絡すると典型的な「うちの子に限って」で電話口でも署内でも大暴れだったらしい。
 父親は愛人を連れてくるし、調べてみれば母親と娘は血が繋がっているが男はその愛人が産んだのを本妻の籍に入れて育て、そのくせ愛人もずっと同居しているのだとか訳が解らない家庭のようだ。これが何処かのお大尽ならまだ納得もするが、ごく一般的な家庭であり広くない家なのである。
 幼い頃から母親に「あんたさえいなければ」と言われ続けた男は、家庭においては従順、外に出れば女性を隷属させたがる、そんな不安定な性格に育ってしまったらしい。
 気の毒だとは思えど、だからといって誰一人同情などしなかった。仕方ないねなんて済ませられないのだ。
 すったもんだの末、訴えてやると捨て台詞を吐いて帰って行ったご一行様に、署員全員で塩を撒きたい気分になったという。


 年末に向けての一番の繁忙期を迎えての欠員に、清掃部門はおおわらわだった。
 バイトの急募にも集まらず、結局目に付く部分だけパートとバイトに任せて本社から呼び寄せた正社員でなんとか回しているらしい。
 店内を綺麗らしい制服を着たスタッフが優雅に清掃をするというのが売りであるのに、これでは街中を委託清掃している他の会社と差別化できない。
 慎哉には関係ないが、誠也から伝え聞く分には内部事情は大変なことになっているようだ。
 そんな中、流石に夜に初めての場所に行くのも気が引けて、夜勤明けに手土産を持ってから慎哉は雪子の実家に向かった。
 山というほど高くもない丘と畑と田んぼ。その中にどんどん開発されていく住宅地。
 雪子の実家は、そんな宅地の中でも戦後すぐくらいからある地区らしく、周囲にはそれなりに古い家も混じり、その家自体は三十年も経っていないような比較的新しい家だった。
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