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卑屈な努力が招いたこと
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それだけでも信じられないのに、内容には更に耳を疑った。
「ああ、そうそう、姉貴の欲しがってた赤ちゃん、プレゼントしようと思って今頑張ってんだよ。男は要らないから子供だけ欲しいって言ってたじゃん。うん、大丈夫、顔は綺麗だから、どっちに似ても可愛くなるよ。はいはい、朝には帰るから」
してみると、相手はあの雪子を罵倒した姉なのか。確かにまだ仲の良かった時分に、そんな話も聞いていた。
男の姉は、まるきり姉弟だとは思えない冴えない容姿だった。勿論そんなことを言ったり態度に出したりしたつもりはないが、雪子の顔を見るために職場に来たりする割に、弟と仲が良いとも思えない態度で、雪子のことはそれはもう嫌悪していたのだ。
そして男性嫌いであることも知っていた。
どうやらその姉が、弟の血を引く子供を欲しがっている……そう認識した時、体中を虫に這いまわられるような得体の知れない嫌悪感に包まれた。
口が解放されていたら、根限り詰っていただろうと思う。
「さあ、ちゃんと孕めよ。もっとたっぷり注いで遣るから」
臍の下を労わるように撫で、それからまた律動が開始される。
私は、子供を産む道具じゃない!
瞬間的な怒りが雪子を包み、目の前が朱に染まるも、すぐにそれは鎮火していく。
もう愛がないのは感じていた。だから付き纏うのは嫌がらせだと、自分をもう一度下に置き、言うことを聞く従順な女を確保したいだけなのだと、いつかは飽きて止めるだろうと思っていた。
飽きたから簡単に捨てた。だけど手を離れてみると何かが物足りない。雪子は古風なタイプで男性にアピールせずにそっと尽くすので、ある意味されて当然と男に錯覚させる危うさを含んでいる。
雪子もある程度はそれを自覚しているが、自分があれをしたこれをしたと胸を張るのは恥ずかしいと感じる性格だった。
なにも言わず先回りして居心地良く環境を整える。それゆえ、男が増長したのだろう。
今、己の肉体を苛んでいる存在を意識から締め出したくて。それでも浮かんでくるのはそんな風に「自分が悪かったのだ」という自責と後悔ばかりだった。
そんなに簡単に妊娠はしない。知識としてはそう思っていても、所謂安全日でもない上、もしもそうなったらという恐怖ばかりに苛まれる。
慎哉の時には、そんな不安はなかった。
ただ、慎哉の全てが欲しくて、もしもなんて考えもしなかった。それで万が一妊娠したとしても、思い悩みはしないだろうと確信する。
そんな風に考えたのは、今までで慎哉ただひとりだった。
親しくなってからの日が浅くとも、二年以上同じ屋根の下で働いてきた。慎哉の人となりは信頼できると本能で感じていたから――
もう何度も放たれて、隙間から外に漏れる液体を掻きまわし打ち付ける卑猥な音に、耳からも犯される。
目を閉じて、愛する人を思い浮かべようとした。
耳も塞いで、その人の声だけを、自分を抱いた時の睦言を思い出したかった。
でも駄目だった。
意識を飛ばそうとすれば、自分を見ろと男が頬を張る。遠慮会釈なく胸元に内出血の跡を残し、千切れるかと思うほどに乳首を噛んで引っ張った。
朝、と言っていた。
まだ日も暮れていないのに、朝までここに居るというのだろうか。
その時まで、正気を保っていられるのだろうかと思った。
息も絶え絶えになりながら、出血箇所は増え、それに対比して白いものを中に塗り籠められていく。
フラッシュバックのように、男の家に通っていた頃の母親のことも思い出した。母と娘は顔が似ているんだな、と思いながら、そこでも雪子にとっては散々に理不尽なことを言われたのだ。
雪子の前に付き合っていた恋人にも、母と姉は辛辣だったという。けれど、いざ雪子がその立場になると、前の彼女は素晴らしかったと褒め、目の前の雪子を侮蔑した。
それでも、一言も男が雪子を庇わなくても、愛があると信じていたから言われるままに耐えていた。
結婚式には大勢取引先の人を呼びたいから金を沢山貯めろ。あなたは仕事を続けて、それからここの仕事も手伝って。ああ大丈夫、子供は私たちが責任持って育てるから。あなたは兎に角働いていればいいの。家で世話できるなんて安心でしょう。
あの時はただおかしな考え方だなとは思ったものの、仕事を続けられるのも嬉しかったから、曖昧に頷いたのだ。
そうだ、その時に「姉貴は子供が好きだから、俺たちは子供に束縛されずにいつまでも新婚みたいに過ごせるよ」と、そう言ったのだこの男は。
引っ掛かりは覚えたものの、その時にはまだ笑っていられた。
そうして些細な違和感が降り積もり、上手く清算出来なかった結果がこれなのだとすれば。
興奮して行為を続ける男の下で、雪子はすうっと感情が冷え切っていくのを自覚した。
じっくりとタイミングを計りすぎて失ったふたり。そして、それを教訓にと急ぎすぎた男との交際。
全て、雪子自身が考え、選び、行動して、機を逃した。
幾度もその兆候を示すものはあったのに、それを見逃し、対策をせず、男と腹を割って話すこともせず、ただ、好きでいてもらおうという卑屈な努力だけを続けてきた。
そうだ。全ては自分が招いたことなんだ。
――悪いのは、わたし……。
私がいなければ、この人は前の彼女と今頃結婚していたかもしれない。
そうすれば、こんな酷いことをしなかった。あの時私が選ばなければ。
私が見誤ったから、慎哉くんにも、沙良にも、木村さんにも市村さんにも迷惑を掛けて……。
ああ、これこそが罰なんだとしたら。
もう、私には慎哉くんを好きでいる資格なんてない。
僅かに残っていた意志の光が消えて、その瞳は、感情の色を失っていった。
「ああ、そうそう、姉貴の欲しがってた赤ちゃん、プレゼントしようと思って今頑張ってんだよ。男は要らないから子供だけ欲しいって言ってたじゃん。うん、大丈夫、顔は綺麗だから、どっちに似ても可愛くなるよ。はいはい、朝には帰るから」
してみると、相手はあの雪子を罵倒した姉なのか。確かにまだ仲の良かった時分に、そんな話も聞いていた。
男の姉は、まるきり姉弟だとは思えない冴えない容姿だった。勿論そんなことを言ったり態度に出したりしたつもりはないが、雪子の顔を見るために職場に来たりする割に、弟と仲が良いとも思えない態度で、雪子のことはそれはもう嫌悪していたのだ。
そして男性嫌いであることも知っていた。
どうやらその姉が、弟の血を引く子供を欲しがっている……そう認識した時、体中を虫に這いまわられるような得体の知れない嫌悪感に包まれた。
口が解放されていたら、根限り詰っていただろうと思う。
「さあ、ちゃんと孕めよ。もっとたっぷり注いで遣るから」
臍の下を労わるように撫で、それからまた律動が開始される。
私は、子供を産む道具じゃない!
瞬間的な怒りが雪子を包み、目の前が朱に染まるも、すぐにそれは鎮火していく。
もう愛がないのは感じていた。だから付き纏うのは嫌がらせだと、自分をもう一度下に置き、言うことを聞く従順な女を確保したいだけなのだと、いつかは飽きて止めるだろうと思っていた。
飽きたから簡単に捨てた。だけど手を離れてみると何かが物足りない。雪子は古風なタイプで男性にアピールせずにそっと尽くすので、ある意味されて当然と男に錯覚させる危うさを含んでいる。
雪子もある程度はそれを自覚しているが、自分があれをしたこれをしたと胸を張るのは恥ずかしいと感じる性格だった。
なにも言わず先回りして居心地良く環境を整える。それゆえ、男が増長したのだろう。
今、己の肉体を苛んでいる存在を意識から締め出したくて。それでも浮かんでくるのはそんな風に「自分が悪かったのだ」という自責と後悔ばかりだった。
そんなに簡単に妊娠はしない。知識としてはそう思っていても、所謂安全日でもない上、もしもそうなったらという恐怖ばかりに苛まれる。
慎哉の時には、そんな不安はなかった。
ただ、慎哉の全てが欲しくて、もしもなんて考えもしなかった。それで万が一妊娠したとしても、思い悩みはしないだろうと確信する。
そんな風に考えたのは、今までで慎哉ただひとりだった。
親しくなってからの日が浅くとも、二年以上同じ屋根の下で働いてきた。慎哉の人となりは信頼できると本能で感じていたから――
もう何度も放たれて、隙間から外に漏れる液体を掻きまわし打ち付ける卑猥な音に、耳からも犯される。
目を閉じて、愛する人を思い浮かべようとした。
耳も塞いで、その人の声だけを、自分を抱いた時の睦言を思い出したかった。
でも駄目だった。
意識を飛ばそうとすれば、自分を見ろと男が頬を張る。遠慮会釈なく胸元に内出血の跡を残し、千切れるかと思うほどに乳首を噛んで引っ張った。
朝、と言っていた。
まだ日も暮れていないのに、朝までここに居るというのだろうか。
その時まで、正気を保っていられるのだろうかと思った。
息も絶え絶えになりながら、出血箇所は増え、それに対比して白いものを中に塗り籠められていく。
フラッシュバックのように、男の家に通っていた頃の母親のことも思い出した。母と娘は顔が似ているんだな、と思いながら、そこでも雪子にとっては散々に理不尽なことを言われたのだ。
雪子の前に付き合っていた恋人にも、母と姉は辛辣だったという。けれど、いざ雪子がその立場になると、前の彼女は素晴らしかったと褒め、目の前の雪子を侮蔑した。
それでも、一言も男が雪子を庇わなくても、愛があると信じていたから言われるままに耐えていた。
結婚式には大勢取引先の人を呼びたいから金を沢山貯めろ。あなたは仕事を続けて、それからここの仕事も手伝って。ああ大丈夫、子供は私たちが責任持って育てるから。あなたは兎に角働いていればいいの。家で世話できるなんて安心でしょう。
あの時はただおかしな考え方だなとは思ったものの、仕事を続けられるのも嬉しかったから、曖昧に頷いたのだ。
そうだ、その時に「姉貴は子供が好きだから、俺たちは子供に束縛されずにいつまでも新婚みたいに過ごせるよ」と、そう言ったのだこの男は。
引っ掛かりは覚えたものの、その時にはまだ笑っていられた。
そうして些細な違和感が降り積もり、上手く清算出来なかった結果がこれなのだとすれば。
興奮して行為を続ける男の下で、雪子はすうっと感情が冷え切っていくのを自覚した。
じっくりとタイミングを計りすぎて失ったふたり。そして、それを教訓にと急ぎすぎた男との交際。
全て、雪子自身が考え、選び、行動して、機を逃した。
幾度もその兆候を示すものはあったのに、それを見逃し、対策をせず、男と腹を割って話すこともせず、ただ、好きでいてもらおうという卑屈な努力だけを続けてきた。
そうだ。全ては自分が招いたことなんだ。
――悪いのは、わたし……。
私がいなければ、この人は前の彼女と今頃結婚していたかもしれない。
そうすれば、こんな酷いことをしなかった。あの時私が選ばなければ。
私が見誤ったから、慎哉くんにも、沙良にも、木村さんにも市村さんにも迷惑を掛けて……。
ああ、これこそが罰なんだとしたら。
もう、私には慎哉くんを好きでいる資格なんてない。
僅かに残っていた意志の光が消えて、その瞳は、感情の色を失っていった。
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