13 / 26
無断欠勤
しおりを挟む
まだクリスマス商戦真っ只中のある日のことだった。
日勤残業で送っていく予定で居た慎哉が休憩から戻ると、従業員用の出入り口の傍で祐次が携帯電話を片手にうろうろとしているところに出会ってしまった。
「何かありました?」
心配げな祐次の顔に、悪い予感がよぎる。
「あ、小野さん。あのですね、水上さんが来ていなくて」
先程確認して降りてきたのだから判る。腕時計を見るまでもなく、もうじき十六時半がこようとしているところだ。
雪子はいつも最低でも十分前には控え室に入っているから、十六時を過ぎているという事実だけでも信じ難いことだった。
「前にもそう、風邪とかで休むことはあったんですよ。でもその時には朝の内には必ず電話を入れてくれて、補充を確保できるように気を遣ってくれていたんです」
途方に暮れた様子の祐次の前で、慎哉も自分の携帯を出して雪子を呼び出そうとした。
『お掛けになった番号は、現在電波の──』
電源を切っている時のあの定番アナウンスが流れ、今度は固定電話の方にコールした。
無機質なコール音ばかりが延々と続き、留守電にも切り替わらない。
不安に押し潰されそうになりながら、くそっと慎哉は舌打ちした。
モニタールームの中から、沙良も何かを感じ取ったのか二人の方へと視線を投げてくる。
通話中ではないということは、受話器は外れていない。鳴り続けているのに取れない状況にあるか、もしくはジャックごと引っこ抜かれているのだろうと思った。
もう巡回から戻ってくる筈の誠也を待ちながら、慎哉は祐次に頭を下げた。二人が今日約束しているのを聞いていたのだ。
「市村さん、ごめん。今日の残業、木村に代わってもらう」
ううん、と祐次は首を振った。
「いいんだ。寧ろおれからお願いしたいくらい。何か困ったことになっているなら、水上さんを助けてあげて」
祐次の方も、ざっと頭の中で今後のシフトを調整しているところだった。
もう店内に出ているアルバイトの大学生に連絡して、祐次が入れないトイレ中心の巡回に切り替えモール全域を歩いてもらう。幸い一応平日だから、この際煙草の吸殻は暫く放置して、ゴミの回収と通路の埃取りに祐次が回ればよい。
念の為上司にも連絡を入れて、慎哉は早退扱いにしてもらって書類を書き上げて十七時にモールを後にした。
真昼に見る悪夢だった。
タオルを口に突っ込まれ、両手首は結束バンドで拘束され、延々と揺さぶられて涙すら乾ききってぼんやりと開いた目はガラスのようにただ室内の風景を映している。
最初は随分と暴れた。お陰で手首の皮はべろりと剥がれて血まみれで、剛直で貫かれた下腹部からも擦れて血が流れている。
付き合っていた頃にも、おざなりの前戯ばかりだった。
キスは好きなようで、外に居ても店の中でもしてきたけれど、いざ本番というときには、目的は挿入だけではないかと思うような性急さだった。
それを、求められていると勘違いしていた。我慢できないくらいに好きでいてくれているのだと、自分に言い聞かせていた。
愛情があったから、少し触れてくるだけでもそれなりに準備は整っていたから、快感も得ることが出来たのだ。
けれど、今はもう違う。
行為の途中からでも濡れてくれれば楽なのに、そんな感情は露ほどにも湧いてこない。そして、もしも湧いてきたとしても、雪子が自身に嫌悪するだろう。
少しでも憐憫や同情を抱いてしまえば、慎哉との繋がりが泡と消えてしまう。そう恐れていた。
引き摺って、とうに愛など感じなくなっている相手とようやく別れられて。情だけで、蜘蛛の糸のように細く儚く繋がっていた。
断ち切ったはずのその想いを再び抱いてしまえば、もうきっと慎哉にも見放されてしまう。
引き裂かれたシャツにも血が飛び散り染みを作っている。
何度も何度も交わった男なのに、いったい何処が良かったのか、もう思い出せない。
数回肌を重ねただけなのに、慎哉の指先、手の平の温もり、唇の柔らかさ、丁寧で強引な舌の動き、そして雪子の中に入る前に、必ず雪子を先にイかせてくれることも、全てが鮮明に蘇るのに。
中に入っても、好いところを探り当てられては、何度も意識を飛ばした。そんなことは初めての経験だった。それを慎哉が不思議に思っている様子が伝わってきて、情けなくなった。
今まで、本当のセックスをしていなかったのだと知られてしまった。
回数じゃない。その密度の濃さが、互いを労わりながら高め合うのが、恋愛におけるセックスなのだろうと、今なら身をもって知っている。
だから、こんなのは、セックスじゃない――
痛みに顔を歪める雪子に、男は満足したようだった。
性急に一度目を中に放った後、呆然とする雪子の上に乗ったまま携帯電話を取り出し、男は会話を始めた。
日勤残業で送っていく予定で居た慎哉が休憩から戻ると、従業員用の出入り口の傍で祐次が携帯電話を片手にうろうろとしているところに出会ってしまった。
「何かありました?」
心配げな祐次の顔に、悪い予感がよぎる。
「あ、小野さん。あのですね、水上さんが来ていなくて」
先程確認して降りてきたのだから判る。腕時計を見るまでもなく、もうじき十六時半がこようとしているところだ。
雪子はいつも最低でも十分前には控え室に入っているから、十六時を過ぎているという事実だけでも信じ難いことだった。
「前にもそう、風邪とかで休むことはあったんですよ。でもその時には朝の内には必ず電話を入れてくれて、補充を確保できるように気を遣ってくれていたんです」
途方に暮れた様子の祐次の前で、慎哉も自分の携帯を出して雪子を呼び出そうとした。
『お掛けになった番号は、現在電波の──』
電源を切っている時のあの定番アナウンスが流れ、今度は固定電話の方にコールした。
無機質なコール音ばかりが延々と続き、留守電にも切り替わらない。
不安に押し潰されそうになりながら、くそっと慎哉は舌打ちした。
モニタールームの中から、沙良も何かを感じ取ったのか二人の方へと視線を投げてくる。
通話中ではないということは、受話器は外れていない。鳴り続けているのに取れない状況にあるか、もしくはジャックごと引っこ抜かれているのだろうと思った。
もう巡回から戻ってくる筈の誠也を待ちながら、慎哉は祐次に頭を下げた。二人が今日約束しているのを聞いていたのだ。
「市村さん、ごめん。今日の残業、木村に代わってもらう」
ううん、と祐次は首を振った。
「いいんだ。寧ろおれからお願いしたいくらい。何か困ったことになっているなら、水上さんを助けてあげて」
祐次の方も、ざっと頭の中で今後のシフトを調整しているところだった。
もう店内に出ているアルバイトの大学生に連絡して、祐次が入れないトイレ中心の巡回に切り替えモール全域を歩いてもらう。幸い一応平日だから、この際煙草の吸殻は暫く放置して、ゴミの回収と通路の埃取りに祐次が回ればよい。
念の為上司にも連絡を入れて、慎哉は早退扱いにしてもらって書類を書き上げて十七時にモールを後にした。
真昼に見る悪夢だった。
タオルを口に突っ込まれ、両手首は結束バンドで拘束され、延々と揺さぶられて涙すら乾ききってぼんやりと開いた目はガラスのようにただ室内の風景を映している。
最初は随分と暴れた。お陰で手首の皮はべろりと剥がれて血まみれで、剛直で貫かれた下腹部からも擦れて血が流れている。
付き合っていた頃にも、おざなりの前戯ばかりだった。
キスは好きなようで、外に居ても店の中でもしてきたけれど、いざ本番というときには、目的は挿入だけではないかと思うような性急さだった。
それを、求められていると勘違いしていた。我慢できないくらいに好きでいてくれているのだと、自分に言い聞かせていた。
愛情があったから、少し触れてくるだけでもそれなりに準備は整っていたから、快感も得ることが出来たのだ。
けれど、今はもう違う。
行為の途中からでも濡れてくれれば楽なのに、そんな感情は露ほどにも湧いてこない。そして、もしも湧いてきたとしても、雪子が自身に嫌悪するだろう。
少しでも憐憫や同情を抱いてしまえば、慎哉との繋がりが泡と消えてしまう。そう恐れていた。
引き摺って、とうに愛など感じなくなっている相手とようやく別れられて。情だけで、蜘蛛の糸のように細く儚く繋がっていた。
断ち切ったはずのその想いを再び抱いてしまえば、もうきっと慎哉にも見放されてしまう。
引き裂かれたシャツにも血が飛び散り染みを作っている。
何度も何度も交わった男なのに、いったい何処が良かったのか、もう思い出せない。
数回肌を重ねただけなのに、慎哉の指先、手の平の温もり、唇の柔らかさ、丁寧で強引な舌の動き、そして雪子の中に入る前に、必ず雪子を先にイかせてくれることも、全てが鮮明に蘇るのに。
中に入っても、好いところを探り当てられては、何度も意識を飛ばした。そんなことは初めての経験だった。それを慎哉が不思議に思っている様子が伝わってきて、情けなくなった。
今まで、本当のセックスをしていなかったのだと知られてしまった。
回数じゃない。その密度の濃さが、互いを労わりながら高め合うのが、恋愛におけるセックスなのだろうと、今なら身をもって知っている。
だから、こんなのは、セックスじゃない――
痛みに顔を歪める雪子に、男は満足したようだった。
性急に一度目を中に放った後、呆然とする雪子の上に乗ったまま携帯電話を取り出し、男は会話を始めた。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
女子小学五年生に告白された高校一年生の俺
think
恋愛
主人公とヒロイン、二人の視点から書いています。
幼稚園から大学まである私立一貫校に通う高校一年の犬飼優人。
司優里という小学五年生の女の子に出会う。
彼女は体調不良だった。
同じ学園の学生と分かったので背負い学園の保健室まで連れていく。
そうしたことで彼女に好かれてしまい
告白をうけてしまう。
友達からということで二人の両親にも認めてもらう。
最初は妹の様に想っていた。
しかし彼女のまっすぐな好意をうけ段々と気持ちが変わっていく自分に気づいていく。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる