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この恋がどんな結末を迎えることになっても
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見送るのがこんなにも息苦しいものだと、雪子は初めて身に沁みて知った心持ちだった。
玄関で口付けて、チェーンまでしないと慎哉がドア前から立ち去らないから、しっかりと施錠した後は掃き出し窓に駆け寄り、ガラス越しに、駐車場から出ていく黒いクーペを見守り続ける。
両想いで抱き合っていた高揚感など、あっと言う間に霧散してしまっていた。
自分自身で両腕をさすりながら、体を抱くようにする。
理性では、仕事をしないと生活が成り立たないと解っている。けれども、感情だけで言えば、出来るだけ近くにずっと居たい。肌と肌を触れ合わせて、衣服と一緒にしがらみも全て捨てて抱き合っていたい。
そんなことは無理だと解っている。次にふたりだけの時間がとれるのはそう遠くないと解っていても尚。
恋の始まりは、いつもこうだ。慎哉はそれを体験してこなかったようで、ベッドに場所を移して、自嘲しながら話して聞かせてくれた。
学生時代にも、今のようにファンクラブめいたものがあったこと。平等に接することを心がけ、ある程度好意があれば数回だけデートしたりもしたこと。社会人になってからは、個人と数ヶ月付き合っていたこともあるのに、それでも、これが恋だと断言出来るような相手は見つからなかったこと……。
きっと誠也もそうなのだと思った。ふたりとも、物心ついたときには異性にちやほやされて当たり前になっていたのだろう。
愛されることが当たり前で、それでも天狗にならずに優しく育ったのは、周囲の人たちのお陰なんだろうなと推測するだけで、雪子は誰にともなく感謝の気持ちを伝えたくなるのだ。
しかし、そんな暖かな気持ちも、傍に居るときだけだった。
まだ慎哉の真意が判らなくて戸惑っていたときは良かった。勘違いしてはいけないと戒めて、心を、気持ちを、慕わしく思うのをセーブして先へと進まぬように考えないようにした。
けれど、今は違う。慎哉も同じように自分を求めていると告げられて、その瞳の色からも、指先一つの動きからも、溢れるくらいの愛情を感じる。同じくらいに返したくて、縋り付くようにひたすら体を求めた。
求めても求めても、刹那の充足が得られるだけ。
痛いほどに知っているのに、どうして繰り返してしまうんだろう。
ようやく窓際から離れようと、遮光カーテンを隙間無く合わせる。その一瞬に、闇の中で何かが立木を横切ったように見えた。
身を捩るような狂おしい思いはサッと冷え、恐怖に顔が強ばる。改めて開いて見る勇気は出なかった。
震える指先を叱咤してカーテンを合わせ直し、湯張りの済んでいる浴室に向かう。
しっかり閉めたはずの玄関も気になるが、あまり神経質になっても生活に差し障る。何度か直接手紙を入れられたこともある。ドアの一部に差込口があり、内側に受け箱が付いているタイプのものなので、内部が見えることはなくとも多少の物音ならそこから外へと洩れてしまう。
まだ付き合う前、好きになりそうな予感がしていた頃のこと。雪子の勤務先に、元彼が現れたことがあった。
もうずっと忘れていた記憶が、徐々に鮮明に蘇ってくるのを、雪子は胸が潰れる思いで受け止めた。
八時前には出勤して、制服に着替えてから清掃する。ビルの一階に入っている郵便局が、当時の雪子の職場だった。雑巾で中の様々なものを拭き上げてから外回りに移る。自動ドアのガラスを背伸びしながら清めていると、背後から声が掛かった。
「おはよ」
反射的に「おはようございます」と笑顔で振り向くと、ハーフコートを羽織った元彼が立っていた。出会った一昨日とは違う色のスラックスに白いシャツを開襟して着て、コートのポケットに手を入れて、やや驚き顔だ。
「本当にここに勤めてるんだ」
雪子の鼓動は、外にも聞こえそうなくらいに速まり、呼吸が止まりそうだった。
「もしかして、今帰りなの」
ごまかすように話し掛けると、ドアをやめて郵便差し出し箱を拭き清めていく。これなら背を向けなくて済む。
住所までは覚えていないから、ここを通って電車で帰宅するのかと思った。
「うん、そう」
「こんな時間まで大変だね」
予約がなければ十九時くらいから開けるのが普通らしいが、日曜はきっと早めに開けているだろうと、長い時間大変だなと素直にそう告げてみる。
すると、元彼は若干バツが悪そうに肩を竦めた。あー、と言葉を濁し、二時間ほど仮眠していたと言う。
少し休んでから帰るものなのか、そう頷きながら手を動かしていると、一旦口を閉じた元彼が片手で前髪をかきあげた。
「飲み屋トークだからさ、半信半疑だったんだけど。もし本当だったら、会えるのかなと思って」
え、と手が止まる。四角い赤い箱に両手を載せたままの雪子と視線が絡んだ。
「ごめん、仕事の邪魔になるから、またね」
今し方出勤してきた他の職員が訝しげに彼を見ながら、手動でしか開かない扉をぐいと押している。軽く会釈して、彼は駅とは逆方向に歩いていく。
まさか、と雪子は息を飲んでからまた手を動かし始めた。意識しなくても一通りのことをこなせるルーティンワークで幸いだ。頭の中は先刻の言葉と表情でいっぱいになっている。
私に会うためにわざわざ時間を潰したってこと。仕事帰りにたまたま通りかかったわけじゃないんだよね。
そんなに都合良く解釈してもいいのかと戒める気持ちもある。けれどもう、走り始めた想いは止まりそうにない予感がしていた。
その時は、仕事明けに眠いのを我慢して遠回りしてくれているということが嬉しくて舞い上がっていた。けれど、今思えばそれすらも予兆だったのだろう。
付き合い始めてからも、ちょくちょく中まで入ってきて、用件もなく暫く眺めては帰っていった。前の勤務先は雑居ビルで手狭だったので、何処にいるかは一目瞭然で。機材の隙間でちょこまかと忙しくしているだけの自分を見て何が楽しいのかと思ったが、転職した今の職場にもやってくるに至り、これこそが男の本性なのだと震えが来た。
愛情がある間だけ、ただ見られているという行為すら幸せに感じる。今はただ空恐ろしくて、薄気味悪いだけだ。
――恋に溺れるって、こういうことなんだな。
洗い場で椅子に腰掛けて体を洗いながら、湯煙に曇る鏡に水を掛け、まじまじと己の体を見た。
もう女として魅力を感じなくなったと、元彼に言われた。恋人だから同棲しているからと気を抜きすぎだと言われて、それなりに身だしなみには気を使っていたのにとショックを受けた。
彼以外にモテなくてもいいのに、そう思っているのは雪子だけで、元彼は魅力的な女性を周囲に見せつけるのが好きなようで、だからと自分の居ない席でのコンパなども勧められた。
女を磨けということかと好意的に解釈はしても、そんな場に積極的に出て、いざその後に誘われても、本命が居るから断らざるを得ない。
もしもそこで良い相手が見つかれば、そっちに行けばいい。元彼はそうも言っていた。
どれだけ自信家なのだろうと呆れたが、そのときはそれでもまだ好きだった。
一度、誠也と沙良と同席しているときに、同じ居酒屋で元彼が他の女性たちと飲んでいるのとかぶったことがある。
冗談半分に誠也が雪子に気がある振りをして見せて、そのときだけは元彼も焦ったようで、雪子をつれてさっさと帰宅したのだ。
明らかに自分より質の良い美形を前にして、流石に狼狽したらしい。その後しばらくは優しくしてくれたが、一週間程度のことだった。
胸元に散る花びらのような情交の痕。互いを濡らした慎哉の精が、少しずつ腿を伝い床へと流れていく。
まだ張りのある乳房も肌も、もう何年かすれば色を失い垂れてしまうのだろうか。マッサージや体操でいくらかは予防できるだろうけれど、いつまでも変わらずにいることは出来ない。
そして、体はもちろんのこと、心も……。
指先でひとつひとつ痕を辿りながら、そうきつく残されていないそれは、慎哉の性格そのものだと思った。
今は、初めての恋に溺れている。今まで傍に居なかったタイプの雪子との駆け引きを面白がり、それを楽しんでいる。
そんな風に穿った考えでは、恋愛などできないのに。それでも考えてしまう。始まった瞬間から、恋の終わりを見ようとしてしまう。
そうして予防線を張って、傷付くのを怖がって本音を出せずに他の女に想い人を奪われて。その場所には自分が居たはずだったのだと後から気付いて。
過去の恋。後悔ならば、沢山した。
だから、元彼の時には、チャンスが来たときに迷わなかった。結婚するつもりの彼女を捨てるという彼の言葉を信じて、奪い取ってしまった。
いつか、その恋も終わる。罰を受ける日が来ると頭の片隅で恐怖しながら、それでも選んだ。
その相手と、終わったと思った。恋なんてとうに彼方に去っていて、それでも互いに情はあったから離れられなくて。彼は雪子を試すばかりで、信じてはくれなかった。そのことが更に雪子の気持ちを凍えさせて、終わりを告げられたときには、涙も出たけれど安堵感もあった。
ようやく、罰がくだされたのだと、それに耐えることで許されるのだと、解放感すら持っていた。
罰は、きっと終わっていないのだと、今しみじみと思う。
思い悩みながらすっかり体を洗い終えて湯に浸かると、もう冷め始めていた。思いの外時間を費やしていたらしい。
それでも、更に冷たくなっていた雪子の体の隅々を、湯が包み込むようにして温もりを分け与えてくれる。
慎哉みたいだな、と溜め息を付きながら、浮かんだのは淡い微笑みだった。
新しいこの恋がどんな結末を迎えることになっても。今はまだ溺れていよう。慎哉が求めてくれる限り、手を離されるそのときまで、信じていたい。そう、祈りにも似た願いを抱いていた。
玄関で口付けて、チェーンまでしないと慎哉がドア前から立ち去らないから、しっかりと施錠した後は掃き出し窓に駆け寄り、ガラス越しに、駐車場から出ていく黒いクーペを見守り続ける。
両想いで抱き合っていた高揚感など、あっと言う間に霧散してしまっていた。
自分自身で両腕をさすりながら、体を抱くようにする。
理性では、仕事をしないと生活が成り立たないと解っている。けれども、感情だけで言えば、出来るだけ近くにずっと居たい。肌と肌を触れ合わせて、衣服と一緒にしがらみも全て捨てて抱き合っていたい。
そんなことは無理だと解っている。次にふたりだけの時間がとれるのはそう遠くないと解っていても尚。
恋の始まりは、いつもこうだ。慎哉はそれを体験してこなかったようで、ベッドに場所を移して、自嘲しながら話して聞かせてくれた。
学生時代にも、今のようにファンクラブめいたものがあったこと。平等に接することを心がけ、ある程度好意があれば数回だけデートしたりもしたこと。社会人になってからは、個人と数ヶ月付き合っていたこともあるのに、それでも、これが恋だと断言出来るような相手は見つからなかったこと……。
きっと誠也もそうなのだと思った。ふたりとも、物心ついたときには異性にちやほやされて当たり前になっていたのだろう。
愛されることが当たり前で、それでも天狗にならずに優しく育ったのは、周囲の人たちのお陰なんだろうなと推測するだけで、雪子は誰にともなく感謝の気持ちを伝えたくなるのだ。
しかし、そんな暖かな気持ちも、傍に居るときだけだった。
まだ慎哉の真意が判らなくて戸惑っていたときは良かった。勘違いしてはいけないと戒めて、心を、気持ちを、慕わしく思うのをセーブして先へと進まぬように考えないようにした。
けれど、今は違う。慎哉も同じように自分を求めていると告げられて、その瞳の色からも、指先一つの動きからも、溢れるくらいの愛情を感じる。同じくらいに返したくて、縋り付くようにひたすら体を求めた。
求めても求めても、刹那の充足が得られるだけ。
痛いほどに知っているのに、どうして繰り返してしまうんだろう。
ようやく窓際から離れようと、遮光カーテンを隙間無く合わせる。その一瞬に、闇の中で何かが立木を横切ったように見えた。
身を捩るような狂おしい思いはサッと冷え、恐怖に顔が強ばる。改めて開いて見る勇気は出なかった。
震える指先を叱咤してカーテンを合わせ直し、湯張りの済んでいる浴室に向かう。
しっかり閉めたはずの玄関も気になるが、あまり神経質になっても生活に差し障る。何度か直接手紙を入れられたこともある。ドアの一部に差込口があり、内側に受け箱が付いているタイプのものなので、内部が見えることはなくとも多少の物音ならそこから外へと洩れてしまう。
まだ付き合う前、好きになりそうな予感がしていた頃のこと。雪子の勤務先に、元彼が現れたことがあった。
もうずっと忘れていた記憶が、徐々に鮮明に蘇ってくるのを、雪子は胸が潰れる思いで受け止めた。
八時前には出勤して、制服に着替えてから清掃する。ビルの一階に入っている郵便局が、当時の雪子の職場だった。雑巾で中の様々なものを拭き上げてから外回りに移る。自動ドアのガラスを背伸びしながら清めていると、背後から声が掛かった。
「おはよ」
反射的に「おはようございます」と笑顔で振り向くと、ハーフコートを羽織った元彼が立っていた。出会った一昨日とは違う色のスラックスに白いシャツを開襟して着て、コートのポケットに手を入れて、やや驚き顔だ。
「本当にここに勤めてるんだ」
雪子の鼓動は、外にも聞こえそうなくらいに速まり、呼吸が止まりそうだった。
「もしかして、今帰りなの」
ごまかすように話し掛けると、ドアをやめて郵便差し出し箱を拭き清めていく。これなら背を向けなくて済む。
住所までは覚えていないから、ここを通って電車で帰宅するのかと思った。
「うん、そう」
「こんな時間まで大変だね」
予約がなければ十九時くらいから開けるのが普通らしいが、日曜はきっと早めに開けているだろうと、長い時間大変だなと素直にそう告げてみる。
すると、元彼は若干バツが悪そうに肩を竦めた。あー、と言葉を濁し、二時間ほど仮眠していたと言う。
少し休んでから帰るものなのか、そう頷きながら手を動かしていると、一旦口を閉じた元彼が片手で前髪をかきあげた。
「飲み屋トークだからさ、半信半疑だったんだけど。もし本当だったら、会えるのかなと思って」
え、と手が止まる。四角い赤い箱に両手を載せたままの雪子と視線が絡んだ。
「ごめん、仕事の邪魔になるから、またね」
今し方出勤してきた他の職員が訝しげに彼を見ながら、手動でしか開かない扉をぐいと押している。軽く会釈して、彼は駅とは逆方向に歩いていく。
まさか、と雪子は息を飲んでからまた手を動かし始めた。意識しなくても一通りのことをこなせるルーティンワークで幸いだ。頭の中は先刻の言葉と表情でいっぱいになっている。
私に会うためにわざわざ時間を潰したってこと。仕事帰りにたまたま通りかかったわけじゃないんだよね。
そんなに都合良く解釈してもいいのかと戒める気持ちもある。けれどもう、走り始めた想いは止まりそうにない予感がしていた。
その時は、仕事明けに眠いのを我慢して遠回りしてくれているということが嬉しくて舞い上がっていた。けれど、今思えばそれすらも予兆だったのだろう。
付き合い始めてからも、ちょくちょく中まで入ってきて、用件もなく暫く眺めては帰っていった。前の勤務先は雑居ビルで手狭だったので、何処にいるかは一目瞭然で。機材の隙間でちょこまかと忙しくしているだけの自分を見て何が楽しいのかと思ったが、転職した今の職場にもやってくるに至り、これこそが男の本性なのだと震えが来た。
愛情がある間だけ、ただ見られているという行為すら幸せに感じる。今はただ空恐ろしくて、薄気味悪いだけだ。
――恋に溺れるって、こういうことなんだな。
洗い場で椅子に腰掛けて体を洗いながら、湯煙に曇る鏡に水を掛け、まじまじと己の体を見た。
もう女として魅力を感じなくなったと、元彼に言われた。恋人だから同棲しているからと気を抜きすぎだと言われて、それなりに身だしなみには気を使っていたのにとショックを受けた。
彼以外にモテなくてもいいのに、そう思っているのは雪子だけで、元彼は魅力的な女性を周囲に見せつけるのが好きなようで、だからと自分の居ない席でのコンパなども勧められた。
女を磨けということかと好意的に解釈はしても、そんな場に積極的に出て、いざその後に誘われても、本命が居るから断らざるを得ない。
もしもそこで良い相手が見つかれば、そっちに行けばいい。元彼はそうも言っていた。
どれだけ自信家なのだろうと呆れたが、そのときはそれでもまだ好きだった。
一度、誠也と沙良と同席しているときに、同じ居酒屋で元彼が他の女性たちと飲んでいるのとかぶったことがある。
冗談半分に誠也が雪子に気がある振りをして見せて、そのときだけは元彼も焦ったようで、雪子をつれてさっさと帰宅したのだ。
明らかに自分より質の良い美形を前にして、流石に狼狽したらしい。その後しばらくは優しくしてくれたが、一週間程度のことだった。
胸元に散る花びらのような情交の痕。互いを濡らした慎哉の精が、少しずつ腿を伝い床へと流れていく。
まだ張りのある乳房も肌も、もう何年かすれば色を失い垂れてしまうのだろうか。マッサージや体操でいくらかは予防できるだろうけれど、いつまでも変わらずにいることは出来ない。
そして、体はもちろんのこと、心も……。
指先でひとつひとつ痕を辿りながら、そうきつく残されていないそれは、慎哉の性格そのものだと思った。
今は、初めての恋に溺れている。今まで傍に居なかったタイプの雪子との駆け引きを面白がり、それを楽しんでいる。
そんな風に穿った考えでは、恋愛などできないのに。それでも考えてしまう。始まった瞬間から、恋の終わりを見ようとしてしまう。
そうして予防線を張って、傷付くのを怖がって本音を出せずに他の女に想い人を奪われて。その場所には自分が居たはずだったのだと後から気付いて。
過去の恋。後悔ならば、沢山した。
だから、元彼の時には、チャンスが来たときに迷わなかった。結婚するつもりの彼女を捨てるという彼の言葉を信じて、奪い取ってしまった。
いつか、その恋も終わる。罰を受ける日が来ると頭の片隅で恐怖しながら、それでも選んだ。
その相手と、終わったと思った。恋なんてとうに彼方に去っていて、それでも互いに情はあったから離れられなくて。彼は雪子を試すばかりで、信じてはくれなかった。そのことが更に雪子の気持ちを凍えさせて、終わりを告げられたときには、涙も出たけれど安堵感もあった。
ようやく、罰がくだされたのだと、それに耐えることで許されるのだと、解放感すら持っていた。
罰は、きっと終わっていないのだと、今しみじみと思う。
思い悩みながらすっかり体を洗い終えて湯に浸かると、もう冷め始めていた。思いの外時間を費やしていたらしい。
それでも、更に冷たくなっていた雪子の体の隅々を、湯が包み込むようにして温もりを分け与えてくれる。
慎哉みたいだな、と溜め息を付きながら、浮かんだのは淡い微笑みだった。
新しいこの恋がどんな結末を迎えることになっても。今はまだ溺れていよう。慎哉が求めてくれる限り、手を離されるそのときまで、信じていたい。そう、祈りにも似た願いを抱いていた。
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