君を聴かせて

亨珈

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初めてを与えられる喜び

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 そうして、自然な流れで、部屋に上がるよう雪子に促された。
 一階だが床下が高いため少し階段を上がり、玄関から室内はバリアフリーに近い造りになっている。
 女性の部屋に招かれるのは初めてではないのに、動悸がする。
 住人の暮らし方が判る、生活の匂い。雪子の匂いに包まれている気がして、それから室内に入ると、あちこちに一人暮らしではない、いや、なかった名残が感じられてしまい、そのことが更に慎哉を動揺させた。
 ダイニングセットは四人掛け、食器も最低二人分で大抵は四、五人分揃えてある。和室と洋室の二部屋があり、シングルベッド一つしかないが、そこであの男と睦まじくしていたのかと思うと目眩がしそうだった。勿論、怒りで。
 ダイニングで椅子に腰掛けたまま、開いているドアの向こうを胡乱に眺めている慎哉を、雪子は恐る恐る窺っている。長めの前髪が少し乱れて顔に掛かり、慎哉の目の色が見えない。
 珈琲の香りが鼻孔をくすぐり、ようやく慎哉は体を正面に向けて対面の雪子を見た。
「あの、砂糖は少なめで良かったんだよね」
 おずおずと問われて、ああ怖がらせてしまったかと、慎哉は後悔した。
「うん。いただきます」
 ミルクはたっぷり、砂糖は少しだけ。カフェで飲むときには、スティックシュガーの細いのを半分こ。
 好きな飲み方が一緒だと言って、雪子はとても嬉しそうにしていた。その時のことを思い出しながらゆっくりと半分ほど飲み、はあと慎哉は溜め息を吐く。
 緩くウェーブした長めの髪を掻き上げて、うーと唸る様子を、雪子はとても不安そうに眺めていた。
「あー、もう駄目」
 がたんと立ち上がると、腰掛けたままの雪子が涙ぐんでいた。震える手で口を覆っている。ごめんと言いながらテーブルを回って、そのまま脇の下に手を入れて抱き上げた。
 成人女性としてけして低い方ではないのに、いとも軽々と持ち上げる膂力に、雪子の涙は一瞬にして吹き飛んだ。
「し、慎哉く、」
「無理、ごめん、嫉妬で死にそう」
 え、と口籠もるのを無視して、そのまま真っ暗な和室に運んで下ろすと、抱き締めながら畳の上に転がった。
 裏フリースの綿パーカーの胸に、雪子の頭を抱き込むようにして、もう僅かにしか香りのない日焼けした畳の上にふたりで寝転がる。フードが首の後ろにわだかまり、少し居心地が悪い。まるでこの部屋そのもののようだ。
「俺、こんなに心狭かったっけなあ」
 一人言めいたつぶやきを拾い、瞠目していた雪子が安堵の息を吐いた。
「慎哉くん……ごめんね。私の配慮が足らなかった。嫌だよね、だからなかなか上がろうとしなかったんだね」
 慎哉の腕を服ごと掴んでいた手が、背中に回りぎゅうっと抱き締める。互いに窮屈なほどに抱き合って、その苦しさも切なくて泣きたくなってくる。
 ゆっこ、と降る呼び掛けに、雪子が顔を上げる。じりじりと位置をずらせて、横向きに転がったまま正面から慎哉と見つめ合う。
 瞳の奥に潜む熱情が、胸を絞るようにふたりを追い上げる。慎哉にとっては初めての感覚。雪子には覚えのある感覚。
 そのままどちらからともなく顔を寄せあい、頬をぴたりと付けてわざと焦らすように肌と肌を擦り合わせて感触を楽しみ、鼻先でつつき合う。
 乱れた雪子の髪を慎哉の大きな手が撫で付けて額を露わにし、そこに唇が寄せられた。軽く音を立てて離れていく。それから寸暇を惜しむように立て続けに顔中に口づけが降る。それなのに肝心の唇がお預けで、雪子は体の奥を疼かせながら、自分から慎哉の唇の端へと吸い付いた。
 意地悪、と熱っぽい言葉が耳朶に絡み、そこから舌先が慎哉の外耳を辿っていく。僅かに弾んでいる呼吸が、なまめかしい水音と共に、慎哉を犯す。まるで媚薬が唇から注がれているようだ。
 添えられた白い指先の動きが官能を高め、服の裾からもう片方の手が入ってくると、もう駄目だった。
 負け、もう負けでいい。誰も勝負なんて持ちかけていないけれど、慎哉は脱帽して、襲いかかるように勢いよく唇へと標的を変えた。
 最初の時のように、食べてしまうくらいに全てを収めて、中を蹂躙して堪能する。
 雪子の鼻に抜ける吐息混じりの甘い声が、ジーンズに押し込められている自身を更に窮屈にする。
「今日は、このまま、帰ろうと思ってたのに」
 息を弾ませて、両手で肌をまさぐりながら着衣を解いていく。
「そんなの、許さない」
 いたずらっぽく細められた上がり目がセクシーで、息を飲んで一瞬動きを止めた隙に、ジッパーが下ろされた。
「ゆっこ、エロ……」
「だって、慎哉くんが欲しいんだもの」
 ふふ、と艶のある笑み。その唇を濡らしているのは間違いなく慎哉の唾液なのに、まるで自分から濡れて光って誘っているかのよう。
 そこからはもう、言葉は要らなかった。
 競うように脱がせ合い、畳と脱ぎ捨てた服の上に寝転んだままの慎哉の上に雪子がまたがり、愛おしそうに胸元に吸い付き、舐めたり吸ったりと忙しい。
 それは俺がする方でしょと言っても聞き入れられなくて、半ば力ずくで引き剥がして、それならと体を反対に向かせてから足の間に吸い付いた。所謂シックスナインの体勢だ。
 恥ずかしそうに体が淡く染まって行くのを眺めては気を良くし、歯を立てずに太腿を食んだ。
 もう十分に潤っている場所は、相変わらず口での愛撫に慣れていないようで、しきりと腰をくねらせて足を閉じようとするのを腕で押さえつけ、指先でかき分けては中に舌を這わせる。
 中に隠れている芽を探りだし、前回よりも少し強めに舌先で押しながら舐めていると、下腹部からは抑え切れない雪子の喘ぎがくぐもって届く。
 次第に硬さを増していくのを、今度は指先も使って丁寧に中身を押し出すように剥いた。
 驚きが伝わってくるが、そのまま今度は舌先で優しく突付くと、ひたりと粘着する。それを楽しむように何度も突付くだけを続けていると、じんわりと蜜が滲み出てきた。
 ほっと僅かに安堵する。
 どうやら雪子自身を愛撫されることに慣れていないというのは判っていたが、もしかしたら苦手ということもあるから戸惑っていたのだ。だが、ちゃんと感じてくれている。その証拠に、円を描くように舌の動きを変えると、少し量を増やしてじわじわと継続的に溢れてくる。
 付き合う前に、勿体無いなと思っていたつんとすました横顔が、今はどんな風に乱れているんだろう。想像するだけで疼くのに、今現在進行形で、当の本人の口に含まれている。すぐにも体を入れ替えて突き入れたくなるのを我慢して、ただひたすらに雪子に快感を与えることに専念した。
 セックスのことをメイクラヴというひとたちがいる。まさにその通りで、今まで愛を知らなかったらしき雪子に、慎哉が初めてを与えているのだとしたら……それだけで震えがくるくらいに嬉しい。
 快楽に正直に溢れ出てくるものが、舌の動きと相まって淫猥な水音を響かせ、ふたりの脳を官能の色だけに染め上げていく。
 慎哉のものを咥えて指と口全体で奉仕している雪子は、時間が経つにつれて腰を上げているのさえ難しくなるようで、ふるふると細かに震える腿の肉が可愛らしい。そこにも齧り付きたいのを我慢して突起が次第に大きくなるのを感じながら続けていると、ついに雪子が子犬のような声を上げて極まった。
 溢れ出すものがなまめかしく肌を伝い、それを舐め取りながら甘く噛んで、まだ震えている足を抱えながら、慎哉は体勢を入れ替える。
 経験上、ゆっくり追い上げた方が余韻が長く続くと知っていた。それでも、遠慮はしない。
 くたりと力の抜けた真っ白な肢体を、畳で擦らないように抱えて対面で腰掛けるようにと自らの上に下ろしていく。
 悲鳴のような喘ぎ声が、イメージを崩しているようでも似合っているようでもあり、堪らなく官能を刺激する。折れそうなくらいに首が反り、白い喉が眼前に晒される。口を開けて捕食者のようにそこを食むと、ねっとりと味わうように舐めた。そのせいでか、全部入る前に締め付けられて危うくなりながら、そのまま収めてしまう。避妊を気にするゆとりもなくなっていた。
 絶頂の余韻で自失していると思っていた雪子が、慎哉の首に腕を回してきた。半分伏せていた睫が濡れていて、そこから見上げられて、もう抑制なんて出来ない。いきなり突き上げた慎哉を、更に愛おしそうに雪子が抱き締める。
「いいよ……、全部欲しいの。慎哉くんの全部――」
 その言葉の意味するところに、慎哉の喉が鳴る。生身のまま繋がっているのが判っているのだ。
 息も絶え絶えな様子で、長い睫毛に小さな雫が散っている。雪子は半分伏せていた瞼を上げて、それからゆっくりと瞬いた。
「全部って……いいの」
 プロポーズにはまだ早いのに、そんなことを言われて引き下がれるはずもない。それが引き起こすかもしれない事態になったとしても、後悔はしないと示してくれているのだ。
「慎哉くんだからだよ」
 これはまだ誰にも言ったことがないんだからね。潤んだ目で見つめられて、また喉が鳴る。
 折れそうな腰をしっかりと両手で支えて突き上げると、いつもより高く掠れた声をひっきりなしに上げて、雪子の体は揺れ続けたのだった。
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