君を聴かせて

亨珈

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もう、終わりに

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 面倒臭い。胸中でぶつぶつ文句を垂れながらも、悪いのは自分だから仕方がない。
 慎哉は友人と最終上映の映画を観た後に、一旦店外に出てからぐるりと回って従業員用の出入り口に向かった。
 その途中で、立ったまま使える高さの灰皿の傍に、見た事のある人影を認めたが、そのまま足早に出入り口から中に入り、ロッカールームに向かう。
 夜勤の同僚たちからは「何やってんだよ」とからかわれたが、「忘れ物~」とひらりと躱してさっさと自分のロッカーを開けて雑誌やら菓子袋やらで散らかった下の方からようやく財布を引っ張り出した。
 今日の分は全部立て替えてもらった。これで明日も仕事ならそのままにしておくのだが、そういうときに限って非番である。それが嫌なわけではないので、こうしていそいそと戻ってきたのだけれど。
 左腕の時計は0時を回っている。まさか居ないよなあと思いながらも、続々と店内から引き上げてくる夜間清掃のクルーの中に雪子を探した。
「お疲れ様です」
 搭乗式の洗浄機に乗った古参のスタッフが驚き顔で挨拶をしながらスイングドアを抜けて来た。
「あの、もしかして今日水上さん残ってたりしませんよね」
 念の為と問うと、あっさり「いますよ」と返された。
 げっ、マジですか。
 ぴょこりと頭を下げて、そのスタッフがそのままゴミステーションに機械を洗いに向かうのを見送ってから、ドアの傍でひたすらスタッフを見送り、最後になってようやく責任者の男性と一緒にポリッシャーを転がしながら戻ってくる雪子を見つけた。
 やはり驚き顔の二人に挨拶をして、それから雪子の行く手を遮る。
「自転車で来てる?」
 慎哉の問いに、はあまあと訝しげに答え、それがどうか、と問い掛けた瞬間に「置いて帰ったら。送るから」と言った。
 さっさと片付けを終えたスタッフが二人を見てヒューヒューと茶化しながら出て行く。
 それにも動じることなく、微笑みかけながらも笑っていない目を見上げて考えたのち、雪子は静かに頷いた。


 喫煙所は、自動ドアを出てしまえばすぐ見えるところにある。普段はその出入り口の近くの駐輪場を使っている雪子だったが、一晩置いておいたからといってさして問題もないのでそのままにしておかせて、従業員用の駐車場へと足を向ける。
 出て来るときに、視界には喫煙所近辺も入るから雪子も気付いたと思うし、誘った時の顔つきからして慎哉の意図は察している筈だ。だからそのまま近くのゲートから道路脇の歩道に出ると、案の定背後から足音が迫って来た。
「待てよ、おいユキ」
 雪子は振り返らない。慎哉は特に手など繋ぐわけでもなく、ただ隣を歩いていた。当然振り向かない。呼ばれているのは慎哉ではないのだから。
 追いついた男が、雪子の腕を掴もうとした。前回で懲りたのか、それをパシッと払い雪子は顔を逸らす。
「聞けって!」
 男はイライラしているようだった。話を着けないとずっと同じことを繰り返すのかもしれない。
 仕方ないなあと、慎哉は吐息した。
「あのさあ、俺が同席しててもいいなら、話させたげるよ」
 雪子の歩調に合わせて歩きながら、慎哉は顔半分だけ振り向いて男を見た。
 街路灯に照らされたその細面の男は、やはり先日テラスで手を挙げた男だった。あの後二人の間に何があったかは知らないが、こんな深夜に二人きりにさせるとろくなことにならないのは判りきっている。
「なんなんだよ、お前。まさか新しい男か」
 噛みつかんばかりに威嚇して、慎哉より下から男が睨み付ける。カジュアルな服装の慎哉や雪子に比べると、いかにも夜の仕事ですと示すような光沢のあるシャツとスラックスにアクセサリー類を付けている。
「さあねえ。あんた、他人なんでしょ。別にいいじゃん、俺の立場なんて」
 先日より高い声音の上、制服と制帽を身に着けていないと随分印象が変わる。だから男は慎哉のことは気付いていない様子だった。
「どうする?」
 今度は雪子に向けて問うと、雪子はピタリと足を止めた。
 くっと唇を結び、決然と顔を上げた。それから振り向く雪子から拳一つ分だけ空けて、二人の間に入るように、遮るように慎哉が斜めに立つ。
「じゃあ、話だけ聞きます。手短にお願いします」
 震えを殺している、冷たい声だった。秋口とはいえ、夜中は冷える。けれどもそのせいでは無さそうな冷たさだった。
 男は怯んだが、それでも慎哉の方を気にしながらも口を開いた。
「電話くらい出てくれたっていいだろう、なあ。傷付けたのは謝るから、やっぱり他の女じゃ駄目だって気付いたんだ……だから、やり直そう」
 口元の笑みが、受け入れられるものと信じていた。
 悲しそうに男の顔を見ていた雪子は、そっと息を吐いた。
「言いたいことは、それだけですか。それならば、応えは同じ。やり直しても、私たちは同じところに行き着く。だからもう終わりにしましょう。あの時、あなたは私のことを要らないと言った。その瞬間に、もう無理だと気付いたの」
 泣くのかと思った。揺らいだ瞳にあったのは涙だと思った。
 けれど雪子はサッと踵を返し、また歩き始める。
 慎哉は呆然と佇む男を時折振り返りながらも、大股に追い掛けて、駐車場に入ってから歩調を変えた雪子を追い越すと、さっさと自分の車に乗り込みエンジンをかけた。
 雪子が助手席に乗り込むのを待って、黒いクーペはすうっと幹線道路に出て行ったのだった。
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