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亨珈

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俺の体が一番だって、思い知らせてやるよ

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 時間内に作業を終えて、夜間スタッフを見送り、倉庫と控え室の施錠をしてから風除に向かう。ここではいつも警備スタッフの誰かが見送ってくれるのだけど、今日の夜勤は木村・小野組のようだ。
 モニターを見上げて欠伸をしている小野を中に残して、木村が出てきている。小野さんのことがあって、大抵は旦那の方が寄ってくるから、木村とはあまり話したことがない。木村は黒髪を短く整えた正統派の美形だから、眺めているには凄くいい。勤務態度も真面目で、きっと内面は小野さんと似たタイプなんだろう。
「お先に失礼します」
 鍵を保管庫に掛けて、カードをリーダーに通す。手荷物がないからいつも挨拶くらいしか交わさないけど、それでも律儀に外側のドアを出るまで見送ってくれるんだ。
「安原さん、外で男性が待っていますが、知り合いですか」
「へ? こんな時間に?」
「ええ。ゴウって言えば判る、と」
 淡々と伝える声も表情も落ち着いているけど、案じているような瞳だった。
 豪が? まさかだろ。まだ三時間しか経っていない。あの部屋からここに来られるはずがない。
 まさかと思っても、鼓動が速くなっていく。
「その名前に覚えがあります。すみません、ご心配おかけして」
「いえ、お気を付けて」
 小野がしたように帽子の鍔に指を掛けて会釈して、同じように会釈してドアから出ていく俺を見守ってくれた。

 二段しかない階段からアスファルトに降り立つと、探すまでもなく豪が目に入った。出入り口から少し離れた、縦長の灰皿が設置してある喫煙スペースで、火の点いた煙草を揉み消すところだった。
「豪、いったいどうやって短時間で、」
 歩み寄りながら話しかけると、きつい眼をした豪からもやってきて、胸倉を掴まれる。そして、噛みつくように言葉を遮られた。
 柔らかに重なる唇と、かちあう歯。これっぽっちもいい気持ちになれないキスなのに、初めて豪にされたときみたいに鼓動が止まりそうになる。
「逃がすもんか」
 唸るように絞り出される声。
 こんな豪は知らない。
 鼻と鼻をくっつけるようにして、狼みたいに獰猛な眼で俺を射抜いて、そのまま外周の遊歩道へと引いていかれる。
「安原さん!」
 木村の声がして、風除の明かりを背にした警備の制服が小走りにやってきた。
 敷地内のトラブルは御法度だ。それもあるけれど、純粋に心配してくれている気がしたから、俺はやんわりと豪の手を握ってから振り向いた。
「大丈夫です。喧嘩とかじゃないんで。ありがとう」
 まだ喉の奥で唸っている豪は、木村に対して敵対心丸出しだ。イケメン度はどっちが上か判らないけど、なんだか負けている気がするのかもしれない。平凡な俺からすればどちらも綺麗。それで終わることなのに。
 木村の表情は逆光で見えにくいけれど、豪のことを探るような視線なんだろう。暫く探り合いが続いてから「おやすみなさい」と俺が発すると、「おやすみなさい」と一礼してから木村が戻っていった。
 良かった……取り敢えず。
「豪、なんなんだよお前。完全に不審者だぞ」
「なんなんだじゃねえよ。そっちこそ」
 突き放すように服から手を離し、「来いよ」と言われるままについていく。路肩に豪の車が停めてあり、俺が助手席に乗り込むと、ようやく少し力を抜いたようだった。
「休みだから、朝まで一緒にいていいんだよな」
 運転席に座りながら、最早断定口調で言われる。
「お前は休みだろうけど、俺は仕事なんだけど」
「何時から?」
「昼から」
「じゃあ問題ない」
 呆気にとられるとはこのことで、そのままエンジンを掛けて、家の場所までナビしろと脅された。
 深夜だからって運転が荒すぎる。住宅地の制限速度を無視してアクセルを踏み込むから、俺はバケットシートに埋もれたまま生きた心地がしなかった。
 ようやく家に着いたときには精神力が枯渇しそうになっていて、もう豪が何をしても引き留める気になれずに、粛々と部屋に案内してしまったほどだ。
「へえ、広いような狭いような。でも部屋が分かれてるのはいいな。他の人は?」
「もう引っ越した。入れ替わりだから、一時的に同居してただけ」
 作業着とその下に着ていた服も全部洗濯機に突っ込んで回すと、俺はそのまま浴室に引っ込んだ。
 豪は生活の一部に入り込んでくる異分子ではあるけれど、気を使って接待してやるような仲じゃない。自分の車を従業員駐車場に置きっぱなしにしてきたから、明日は豪に送らせるか徒歩で行かないと。
 ぼんやりと、最近の豪の不可解な行動について思考しながら一通り洗い終えて出ると、下着だけになった豪がベッドから腰を上げた。
「琉真」
 妖艶に笑う唇が、なまめかしい。腕を伸ばして首に巻き付く腕がひやりとして、いつの間にかエアコンでキンキンに室内が冷やされていることに気が付いた。
「やめろよ……もう、お前とは、」
 顔を捻って逃げようとしても、強引に唇を塞がれる。本気で抗えないのを解っているのか、咥内を蹂躙しながらの手淫であっと言う間に昇天しそうだ。
「体は正直だな。なあ、琉真……俺の体が一番だって、思い知らせてやるよ」
 ぐい、と引かれて、仰向けにベッドに倒れ込んだ。
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