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亨珈

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あの日までは親友だった

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 金曜にようやく降りた辞令を受け取り、さっさと身の回りの品物をまとめて家を後にした。夜が来る前に離れたくて、久しぶりに実家に帰ったら驚かれてしまった。
 次の赴任先のことを説明したら、別に今までと何も変わらないと、両親共に淡々と受け止めてくれた。
 一晩を過ごし、またしばらく会えなくなるとは思えないほどにあっさり送り出されて、高速に乗った。
 もらっていた合い鍵で部屋に入ると、まだ普段通りに生活しているらしき和室の隅に布団セットを置かせてもらう。六畳の和室と洋室が一部屋ずつあり、単身の社員用としてはなかなかに広いんじゃないのかと思う。
 今まではワンルームだけど新しくて広かったから、ちょっとだけその古さが懐かしいような気がする。キッチンも今までは一つしかコンロがなかったけど、普通の二口コンロが置いてあり、山根の彼女が時々使うのかはたまた本人が作っているのか、戸棚にはそれなりの調理器具が揃っていた。
 俺が使うことがあるのかないのか判らないけど。仕事が落ち着いたら、少しは練習してもいいかもしれない。一応家庭科の実習で習っているし、簡単なものなら作れないことはないはず。
 バッグの中身は出さないままで布団の上に置くと、施錠して車に乗った。
 モールの駐車場も清掃箇所に入るから、社用車として軽トラが乗れるようになっている。特に落ち葉の清掃が大変だから、秋から冬に掛けて、なくてはならないものだ。そうでなくても敷地が広いのに、シルバーの早朝スタッフには必須だ。店が開いてからは、事故の懸念があるから、緊急時以外は動かさない。その時間は俺たち社員が使っていいことになっている。
 今までは、俺も赴任先で社用車を使わせてもらっていたけど、今度は愛車を持ってきているから、通勤には不要だ。今のところ、アパートの契約駐車場には山根の車が停めてあるから、帰ってくる時間には、来客用に停めておかないといけない。
 明るいうちにそのスペースを確認して、どうか今夜は他の誰かが先に停めませんようにと願った。

 日中のシフトは埋まっているのを知っていたから、モール内の映画館や書店の喫茶で時間を潰してから、夜間スタッフより早めに控え室に入った。
 勿論山根の方が先に来ていて、今日は俺とふたりで店舗のワックス作業をすることになっている。剥離もするから少し時間がかかるけれど、社員ふたりなら時間内に十分こなせる。
 日中留守にしていた山根は、最後だからと近場の観光に行っていたらしい。市村にもそういうゆとりがあれば、この現場もまた違っていたのかもしれない。
 まあ、少し落ち着いているという今の状態しか知らない俺が、何かを言えるわけもないけど……。
 無事に作業が終わり、スタッフが帰るのを見送ってから、山根と店舗の確認に戻った。三枚塗っているから、少し乾きが遅い。閉店後は空調も切られてしまうため、送風機だけが頼りになるから、乾きむらも出来やすい。時折向きを調整しながら床の確認をしていると、携帯電話が震えた。
 深夜を回ったこの時刻に掛けてくるのは、余程の緊急事態か、もしくは。
「もしもし」
『琉真、今どこ』
 後者の筆頭、豪の声だった。電話機を通して、静かながらも背後に車の走行音が入ってくる。アスファルトを走る音だ。豪の車じゃなくて、そういう環境音だろう。
「職場だけど」
『だから、それどこ。こないだ帰ってきたばっかじゃん』
 足音が、移動しているのを伝えてくる。素足で床を踏む音。少し早口の豪。
「K市」
 勤務地を告げると、音が止まる。しばらく経ってから、県名を言う豪に、そこと答えた。
 スニーカーを脱いだ山根が、靴下で歩き回っている。乾き具合を確かめて、俺に目配せしている。送風機のスイッチを切った。
『なあ、琉真――もしかして、この部屋、』
 珍しく言い淀む豪の声を静かに受け止めながら、片手で養生テープを剥がして行く。山根は台車の上に機材を積み込んでいる。
「悪いけど、仕事中だから」
『あ……っ、うん。ごめん』
 まだ何か言いたそうな声を断ち切って端末をポケットに戻すと、一時的に廊下に避難させていた店舗内の物を中に戻す作業に入る。
「さっきの、もしかしてこないだ言ってたひと?」
 終わって倉庫へと戻りながら、ずばりと山根が問いかけてきた。そういえばそんな話もしちゃってたなあと思い出す。
「そうだけど。なんで?」
 バレそうな要素のある会話じゃなかったはずなのに。
 通路の接ぎ目で、がこんと台車が揺れた。おっと、とキャスターの向きを調節して、スピードを落とす。
「んー、なんとなく、苦しそうだったから。切ないっていうのかな。安原って、表情が笑ってるように見えても、目が笑ってないとき多いのな。まあそれが大人の対応なんだろうって思うけど、でも嫌な気分の時には判るよ」
「まじでー。それは初めて言われた。ショックー」
 おどけて軽い調子に返すと、ほらな、と山根が呆れたように見上げてくる。
「ひとあたりいいようで、自分から壁作ってる気がするよ。何でも言える親友とかいねえの?」
 親友、と言われて思い浮かんだのは、豪の顔だった。中学で自覚するまでは、間違いなくそうだった。好きな相手が居なくて適当な名前を挙げているっていう打ち明け話なんかも、豪にはしてた。だけど、自分の恋心に気付くまでの話だ。あの日、キスシーンを見てしまってから、俺は豪に対しても本音で接してはいない。
 ましてや、他の同級生には。
「――山根って、意外ときついこと平気で言うねえ」
「あ、よく言われる。すまん。なんか抉っちゃった?」
 本当に悪気がないのは判るだけに、自分に対しての嫌悪しか湧いてこない。首を振って、苦笑した。
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