Hand to Heart 【全年齢版】

亨珈

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精一杯の虚勢

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 カチャリと音がして、背筋を伸ばして「おかえり」と言いながらドアの方を向いて椅子を後ろに滑らせた。
 食堂に居ると思っていたのか、少し驚いた様子で「ただいま」と言いながら智洋がドサッと着替えの入ったスポーツバッグをベッド脇の放り出してからこっちへやって来る。
 時計を見ると十八時半になろうとしていた。

「もしかして待ってた?」

 通学用の鞄は机の上に置きながらこっちを見てくるから、ううんと首を振った。

「先に食べちゃったよ。智洋もお腹空いてるだろ、行っといでよ。風呂も、辰と一緒に行くから大丈夫」

 頼るばかりじゃいられないからと、精一杯の虚勢。一緒なら嬉しいけど、そうすると智洋が気を遣う。赤堀のこと云々もだけど、自分に合わせられて智洋が気にしない筈がない。待っている間に勉強は出来るけど、食事時間も入浴時間もずれてしまうから。

 それでも待っててって一言言ってくれたら、いくらでも待つのに……。
 きっと、言わないって解ってるんだ。

「今日な、俺の好きなポークビーンズだった。豆の種類がいっぱいで美味かったよ」
「ああ」

 頷いて、何か言いたそうにして。一,二,三って一呼吸待ってみたけど、そのまま口を噤むから、立ち上がって唇を合わせた。
 一瞬だけ、触れるだけのキス。目を見開く智洋のシャツを掴もうとして、そ知らぬ風で後ろへ回して手を組んだ。
 引き止めない。

「……今日も、友達のトコ、行く?」
「あ、ああ。言おうと思ってたとこ」

 ホントに?

「じゃあ、明日は一緒にテレビ観に行こう? それとも、無理かな」
「いや、行く」
「良かった。じゃあ俺、今日は点呼まで携のトコでも行っとくから、心配しなくていいからな」

 頷いて、やっぱり何か言いた気なまま出て行く背に手を振って見送った。
 パタンとドアが閉まった途端に、眉が下がる。

 何か隠してるっていうか、言いにくいことがあるのは確かだな、あれは。だけど、お互いに全部晒け出して秘密を持たないのがベストだなんて、俺だって言わないし言えねえ。
 知らない方がいいこともいっぱいあるし、最中には駄目でも後からなら言えることだってある。
 だから、タイミングを見て、もう一度だけ水を向けてみよう。

 友達と、どんなことしてるの? 言えないならいいから。
 ああ、でも、何か嫌だな。こんな言い方されたら、言わないと済まなくなっちゃうじゃん。何か他にないかなあ。

 暫く首を捻って考えてみても良い案が浮かばなかったから、取り敢えず課題を済ませておくことにした。

 終わって予習を始めているところに辰がやって来て、二人で大浴場に向かう。
 今日もワニ歩きしたり大の字にぷかって浮いて楽しそうにしている辰を眺めて和んでいたら、「この後頭脳パワー観に行かねえ?」って誘われた。
 人が少ないからど真ん中でプカプカしているのも許されるんだけど、外見かっこ良くて大人っぽいのに、やること結構やんちゃっていうか子供っぽいから面白い。

 入学前までは土曜日の同じ時間にやっていた番組、いつの間にか木曜日になってたんだなあ。フライングスタートが新鮮だったし、あの番組から流行ったゲームも沢山あって、観るのは楽しい。智洋にはああ言ったけど、別に携本人と約束しているわけじゃねえから、行くのもいいかな。

「行く行く。こっち来てから観たことねえわ」

 そうと決まればと、風呂から上がる。一旦部屋に帰って予習を進めておこう。

 ──もしも、談話室にあいつが居たら。智洋は別のやつの部屋に居ることになる。それはそれで気掛かりな気もするけど、赤堀のとこじゃないならまだ安心できるような気がした。

 安心……? 俺、一体何が心配なんだろう……。
 また、胸がきゅうっと絞られるような感覚が、した。


 丁度始まる前のコマーシャルの時間に談話室に着く。人気番組だからなのか、火曜日とは雲泥の盛況ぶりで、襖も取っ払って畳縁に腰掛けている奴もいる。ぱっと見回したけど、智洋は勿論赤堀も居なくて、ほっとするような寂しいような変な感じ。

 ──これで、部屋に居る可能性が高くなっちゃったな。

 頻繁に談話室に来ている様な口ぶりだったから、こんな人気番組見逃す筈がない。

 ふと、奥の隅に山下が座っているのを見つけて、胡坐をかいたその膝の上に亮太がちょこんと座って背中を預けているから噴きそうになった。

 ど、どうしよ……可愛いっ!

 ちらりと視線を動かした山下がこっちに気付いたみたいで、会釈しながら亮太の足を叩いて合図して、亮太もこっちを向いて恥ずかしそうに微笑んでいる。

 いや眼福です。心が洗われるよう……。

 隣の辰は座る場所ねえ~ってキョロキョロしてたから、まだ席が空いているらしき二人掛け用のブースに引っ張って行った。

 皆でわいわい観る方が楽しいのは確かだけど、一人より虚しくない。それに一時間立ちっ放しは嫌だもんな。

「まあ、観られるんならいっか」

 納得したように辰も笑うから、二人で並んで腰掛けてヘッドセットで楽しんだ。
 映画みたいに黙って観るわけじゃないから傍から見たらおかしいんだろうけど、たまに顔を見合わせて笑ったりして、声は聞こえないけど大体何を言ってるのか伝わって楽しい時間を過ごした。
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