Hand to Heart 【全年齢版】

亨珈

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ネコの意味を知りました

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 ふぎゃっと辰が悲鳴を上げた時にはもうその腕を握り締められていて逃げられない。

「周! それ以上ここでやったら殺す!」
「ここじゃなきゃいいんだな」
「そうは言ってねえよ!」

 ぎゃあぎゃあと痴話喧嘩みたいなのを始められて、巻き込まれては大変と俺は辰の腕を外そうとしたんだけど、そうはさせじと辰に抱き寄せられて何故か二人の顔の間に抱き締められた。

「あ、あのさあ~……」

 自分の顔をというか唇守るために俺を生贄にされても困るんですけど!

「どうぞ! 内緒話の続きやっちゃって」

 頭の後ろから、片腕と足で俺をがっちり固定している辰の声がする。必死だなあ。

 一人椅子に腰掛けたままの周は、ふうんと言いながらぺろりと唇を湿らせて声を落とした。

「カズ、ネコってのはな、男同士でセックスするときに入れられる方、受身のやつのことだよ」

 口を半開きでぽかんとする俺。

「なんだ、それのこと」

 後ろからは拍子抜けしたような辰の声。まだ知らなかったんだ~なんて呟いてて、腕が緩んだ。

 ネコ……セイジみたいな可愛い生き物の名前が、よりによってそんなことの代名詞に使われているなんて。
 ショックも大きかったけど、あれそれって俺もそうなんだって気付いては赤くなり、それから最初にそれを聞いたときの事を思い出して、赤堀の顔が浮かんで今度は青褪めた。

「狙ってるって、そういう意味──」

 絶句する俺を慰めるように、周がぽんぽんと頭に手の平を載せた。

「大丈夫だって。あいつはカズにメロメロだろ? 自信持ってれば」

 曖昧に頷いた時、予鈴が鳴り始めた。がたがたと自分の席に着き始める級友たちに混じり、俺も自分の席へと戻る。

 確かに、智洋がどうこうされるわけじゃない。力ずくってのは有り得ない。だけど、周が言うようにメロメロだからとかそんな風に安心できない。
 だって、昨日の智洋は明らかにおかしかった。

 もしかして、ご飯の後に行っていたのは、赤堀の部屋だったのか? そこで何やってたんだ? 教室じゃ話せないような話してたの?

 ぐるぐる考えている間に担任が入って来ていたけど、全然話が頭に入って来ずに擦り抜けて行った。



 それでも、授業になると頭は切り替わり、あっという間に放課後が来た。切り替わるというより、考えたくねえから逃避するために没頭していたという方が正しい。ぼうっとするとメソメソ考え込んじゃうから、えいやっと放り出す。
 だけど教室を移動する時には中に居る智洋を目が捜してしまっていて、その隣には必ず赤堀が居て肩に手を置いたりしてべったりしているから嫌な気分になった。

 嫌だけど……嫌だけど、傍から見たら俺も辰にしょっちゅうあんな風に肩抱かれるし。まああれは俺の肩が置きやすい高さにあるからってのもあんのかもだけどさ。だから気にし過ぎ! って懸命に言い聞かせる。

 直行で部屋に帰ろうと教室から出ようとして、ポンと背中を叩かれた。

「かずーっ、一緒に帰ろ」

 振り返らなくても声で判ったけど、辰がスポーツブランドのエナメルのバッグを斜め掛けにして立っていて、その後ろには周もいる。な、とこっそりウインクをするところを見ると、どうやら昨日の件で教室から寮へも同伴してくれるらしい。

 今までも特に何かあったわけじゃないけど、それはそれで嬉しかった。どうせ暇だからという帰宅部の二人と一緒に、どうでもいいような話ばかりしながら帰った。



 ちょっと早いけど、食堂に来てしまった。十七時半、当然部活動中の運動部の奴らはいなくて、多分執行部に行っている筈の携もいなくて、一人でもそもそと夕飯を食べる。途中で辰と周も入って来たけど、一人なら十分もあれば完食する俺は、手を振るだけにして部屋に戻った。

 机に着いて、ようやく自分の行動の理由が判った。
 昨日みたいに、向かい合って食事する智洋と赤堀が見たくなかったんだな、俺。何事もなければ十八時に集まるのがお約束になっているから、携は少し心配するかもしれない。智洋はまた遅くなるだろうから、もう済ませたのかって納得してくれるだろうけど。

 そのまま勉強するつもりだったけど、急いでメモを書いて昇降口へと向かった。携の棚を見ると、まだ室内履きが入っているから戻って来ていないらしい。その中に「腹減ったから先に食っちゃった。ゴメン」とだけ書いたメモを入れてから、また足早に部屋へと戻った。

 周りの人の事、もっとちゃんと見ないとって考えたばっかりなのに、また危うく携に迷惑を掛けるトコだったよ。危ない危ない。

 鞄の中から、教科書を引っ張り出しながら、ふと思い出した。
 そういえば、前に周と食事している時に、智洋が顔の間にラケットを突っ込んできたことがあったっけ。
 あれって、気持ちが通じ合う前だったけど……智洋は、今俺が感じているようなもやもやをあの時からもう抱えていたんだ。

 くふっと笑いが零れて、一人でニヤニヤしながら課題を済ませた。
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