Hand to Heart 【全年齢版】

亨珈

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ヘコんでばかりもいられない

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 友達って、赤堀なのかな? 俺、気にしすぎだよね。
 周の言った事、そういえば意味も確かめていないままだった。解らないなりに、なんだか心が騒ぐんだけど……その理由が解んないんだ。

 中途半端に雫を吸わせただけのスポーツタオルをもう一度頭に載せると、ガシガシと地肌を擦りながらベランダに出た。
 一度だけ試して、苦いからもう手に取るのを辞めた煙草が、今なら吸える気がする。何もなくても苦いから、大丈夫なんじゃないかって。

 中庭の何処かの茂みから、気の早い虫の声が聞こえてきた。途切れ途切れのそれは、まだ成虫になったばかりなのか下手っぴで。コオロギかな、早く続けて鳴けるようになりなよ、なんて思いながら、物干し竿を倒してタオルを引っ掛けた。

 まだ花のついていないアジサイの茂みが、門へと続く煉瓦道の脇を飾っている。外灯にほの暗く照らされているそれを眺めながら、ふと思った。

 あのコオロギが一人前に鳴けるようになるのと、俺が智洋に寄りかからずに自分の足で立てて、堂々と隣にいられるようになるのはどっちが早いかななんて。少なくとも、依存じゃなくて、信頼関係で結ばれていたい。好きだからって一方的に振り回しちゃいけない。
 負けらんないな。


 十分くらいで戻って来た智洋は、髪を乾かすのもそこそこに机に着いて慌しく勉強を始めた。全く手付かずでいたんだから仕方ない。

 ホントは、智洋にも亮太のこととか話したかったし……さっきの、後ろめたそうな仕草が気になったから、ちょっとだけ突っ込んで尋ねてみたかった。一歩だけ踏み込んで、それでもはぐらかすならそれ以上は行かない。

 そう、思ったけど。

 なんか、話し掛けられる雰囲気じゃねえし。
 しばらく考えて、別に明日でもいいかと思い直す。明日も七限だから文化部は部活がない。やってるトコもあるだろうけど、ホームルームが終わるのが十七時だからコンクールとか特別な何かがなければ活動は許可されていない。
 運動部は十八時まであるんだろうけど、今日はたまたま用事があっただけで、本当なら食後はすぐ戻って来ていた筈なんだから。
 けど、やることがないから俺ももう一度椅子に座って数学演習の教科書を広げた。予習なら何処までやっててもいいわけだから、先に進めておこう。


 結局、点呼の後も一人で自習する智洋には話し掛けられず、部屋の明かりを消して俺だけ先に寝てしまった。
 朝は恒例のジョギングに出たけど、朝から変な雰囲気になったら困るから、走りながらちょっとだけ亮太の件を話した。

「俺が一番小さいのかと思ってたよ」って笑ったら、「んなわけあるかよ」って呆れられて、でも優しい笑顔を向けてくれたから、それだけで幸せだと思った。

 厳密に言うなら、サトサトだって亮太と同じくらいの身長だから、まるっきり居ないわけじゃない。ただ、いくら身長低くてもサトサトに可愛いって形容詞は使えねえというか。

 小橋と間野も「可愛い」とは言うものの、亮太にはそんなに構うつもりがないらしいのがありありと判る。

 何でだ? 明らかに山下と親しいって判るから? 俺は皆の前で智洋と居るわけじゃないし、智洋だってTPOは弁えているから自室以外ではそんなに触れては来ない。普通の人たちには浩司先輩との方が余程仲良くしているように見えると思う。

 あ、そうだ。亮太は圏外でもあの赤堀なんかはどうだろう? 明日の部活であの二人に訊いてみよう。
 それに今日こそは「ネコ」のこと周に確認しなくちゃ。

 いつも通りに教室の前で別れるときに、あの中での智洋って何して過ごしてどんなこと話しているのかなって気にはなったけど、それじゃあストーカーみたいだ。
 頭を振って教室に入ると、大きめの声で中に居た全員に向けておはようと言った。口々に返してくれる中には周も居て、机の上で問題集を広げている。相変わらず長い足を持て余して通路に投げ出しているのが恨めしい。

 鞄を机に置いてから周のところへ行くとなんかまた小難しそうな式が羅列してあるんですが。

「物理?」
「そう。俺、来年からはそっち取るつもりだし」

 座った周と俺となら流石に俺の目線の方が高いから、顔は上げずに上目遣いに微笑まれると思わずたじろぐような色気がある。

 一年の今は物理・化学・生物の全部を習うけど、来年からはどれかに絞ることになる。正直、俺はまだ決めかねていた。どれかが飛びぬけて得意なわけでもないし、将来どんな職に就くかも決めていないからどれが有利とかも判らない。
 きっとこんないい加減なの、俺だけなんだ……。

 ほう、と吐息しながらさっぱり意味不明の問題集に視線を落とすと、パタンと閉じられてしまった。

「カズ? どうかした?」

 唇の端に少しだけ笑みを載せた周が、下から覗き込んでくる。

「いや~、ちょっと最近自己嫌悪で。皆しっかりしてるから、なんか俺一人だけ危なっかしいというかなんというか」

 後ろ頭を掻きながら誤魔化すように笑うと、無言で首を傾げられる。

 最初から大人っぽい周には、意味が判らないだろうなと思った。
 きっとなりたい職業とか行きたい大学とかももう決まっていて、それにむけて授業より一歩進んだ勉強をしている周に見えている確固とした未来。俺にはふんわりとしたイメージすら描けていないもの。それがあるから……。

「あ、そだ。こないだのネコのことなんだけど、教えてもらってねえからさ」

 また悶々としてくる気分を変えようと、意識して明るい表情を作ってみると、ああと頷く周。
 だけど、視線で周りを覗うような感じで言葉を濁すから、少し身を屈めて「言い難いこと?」って訊いてみた。
 少し、と苦笑されて、そこへどしーんと俺たち二人の肩を抱くように、辰が突進してきた。

「おっはよーん! なになにエロい話? 密談? 陰謀? 俺も混ぜろっ」

 左右の腕をそれぞれの首に回して顔を寄せて来られて、おはよと返す俺とは別に、周が寄せられた頬に軽く唇を当てているのが見えた。
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