Hand to Heart 【全年齢版】

亨珈

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『玉の輿』戦線異常あり!

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 ぞぞっと背筋を凍らせながらも、机の上のカードを見つめた。

 うえーい。全部英語で書いてあるし。読めないことはないけど~……。

 小橋の陣地にあるのは山とか森で、間野の方はやたらと沢山並んでんな、青いカード。字が見えないけど雫のマーク? その上にお日様マーク? とやたら綺麗な天使のカード。
 二人とも全部スリーブに入れてて、大事にしてるっぽい。
 これって対戦型のカードゲームなんだろうな。

「MTGもやるんですか、ここは」

 にゅっと隣に立った山下も机のカードを見下ろしている。
 自分のカードをプラスティックケースに収めていた小橋が、嬉しそうに見上げた。

「ボンはマジックもやるんですか?」

 マジック? 手品のこと? てか、ボンって何さ。そういやしげくんも言ってたな。

「デッキ組んでいたこともあるけど、ここには持ってきてないよ」

 さっきもそうだったけど、この間と違って丁寧語ではないらしい。会長が居たからなんだろうな。小橋と違って。

「じゃあ今度帰省した時でいいから持って来てくれよ~! 四人だと対戦相手同じでつまんねえし」

 箱を机に置いた間野も、ワクワクした顔で片付けをしている。
 話についていけない俺は、取り敢えず自分の荷物をロッカーの上に置いて、黙って眺めていた。

「カズくんは? マジックは知らないかな」

 立ったままだった俺の前に湯飲みを差し出して、しげくんが話し掛けて来る。

「それがあのカードゲームの名前? うん、初めて見た」
「正式には、マジック・ザ・ギャザリング。通称マジックだね。ルールは単純だけど、奥が深いんだよ。頭の体操になるよ」
「頭使うんなら、俺弱いかも……」

 こいつらやってることはバカっぽいけど、頭は良さそうなんだもんな。
 唸りながら、湯飲みを受け取った。

「運もあるしねえ。意外とサトサトなんか弱い方だよ。ぶーしも引きが悪いし」
「あー、うん。それは解るかも」

 テーブルトークやってるときのあのダイス運見てりゃあね。

「じゃあ一番強いのって小橋?」

 さっきの罰ゲームがどうとか言いながらメモをしていた姿を思い出す。
 ああ、としげくんは頷いて苦笑する。

「あれは本気モードのデッキだとね、勝負する時のよしくんは強いよ。いつも僕らと遊ぶ時のはファンデッキって言って、趣味で好きなカードとかテーマで組んだデッキ。それだと皆とんとんってとこかな。殆ど引きの勝負だから」

 へえーと感心しながら聞いていたら、ぐいっと腕を引いて椅子に座らされた。

 ひええっ! 間野の隣かよ! 不覚―っ!
 湯のみの中を零さなかったのは重畳だけど、強引過ぎっしょ。

 恨みがましく横目で睨み付けている俺のことなど意に介していないようで、箱を開けてはカードを切って全員の前に滑らせて行く。

「今日は【玉の輿】な」

 すんげえ嬉しそうなのが不安です。

「あのー、俺ルール知らねえんだけど」

 手元に来たカードを他のやつに見えないように開いてみると、中華っぽいイラストで一枚ずつ数字が振ってある。一なんて餓鬼だし、二が物乞い? 後段々位が上がって行って、十二が麒麟で一枚だけ龍がある。かっちょいい!

 小橋の説明によると、基本的にはトランプの大富豪と同じらしい。ただ、大富豪は地方ルールが色々あるから、判り易くここではこのゲームを使っているとか。確かにスキップとか逆回しとか、連番中取りとか出身校によって違うもんな。中学の時ですらそうだった。

 で、最初の一回は位決めなのも大富豪と同じで、パスは何回でもあり、同じ札なら二枚から、色が同じ連番なら三枚から出すことが出来て、手持ちが無くなった人が勝ち。
 その順番で、位が上から、玉の輿・幸福・適齢期・売れ残り・行かず後家。適齢期が平民ってことだな。
 二回目以降は席替えして、カードを配った後に札交換がある。
 これも大富豪と同じで、ジョーカー代わりの玉の輿カードは絶対に上の二人が持っていては駄目らしい。この玉の輿札は下層の人が使うほどに強力になるというのが、ジョーカーとは違うところで、適齢期の人にとってはただのジョーカーだけど、下二人にとっては使いようによっては凄いことになるという。例えば、普通は龍二枚が場に出ていたら他の誰も出せなくて流れるけど、下層のどちらかが何かの札と玉の輿を出せばそっちの方が強くなるんだって。

 まあそんな感じのゲームなんだけど、無難に俺は適齢期になってしまった。もう一人はサトサトで、存在感ないけど普通に混ざってやっていた。いいのかそれで。
 腹黒小橋は玉の輿だ。その隣にはぼーっとした顔の山下が座っている。

 そうそう、ボンって坊ちゃんの意味のボンらしい。四人の誰かが言い出して、いつの間にか定着してるんだってしげくんが説明してくれた。あ、そんなしげくんは隣の売れ残り。行かず後家になった間野は大層ご立腹だ。正面に小橋が居るのも更に機嫌を悪くしている要因らしい。

「うおーっ、俺の龍二枚も持って行きやがって!」
「弱者は搾取されるものと決まっているんですよ、ぶーし」

 こいつらって……。

 思い返せば、仮装した時にも採寸の時にも、一番いいとこって言っていいのか俺にとっては非常に微妙なトコだけど、どっちも間野が拘束だけで主に触れてきたのは小橋だったよな。なんかいっぱい弱み握られてそうだよな、間野って。

「えっ、これでいいの、ボン」
「構わないよ、要らないし」

 対して隣のしげくんと山下はほのぼのと交換している。どうやら下げ渡されたのはそんなに小さい数字じゃなかったらしい。ってことは、俺のトコにはないから、玉の輿は間野かサトサトが持ってるのか~。


 気が付くと二と三の連番しか手札に残っていなかった。
 もう頭の中真っ白。ええ? 一番に山下が上がっていて、しまったとばかりに続けて小橋が上がったとこまでは憶えてる。
 そ、その後何があったーっ!?

 しげくんが、九を場に出して上がる。当然俺は出せないからパスすれば、十を出してサトサトが上がる。そこで玉の輿を使う間野。

「使いどころ間違ってんだろ……」
「うっせ、計算ミスだよ」

 本人も不本意そうにしていたけれど、流れて一を二枚出して終わり。

「うわー、ドベ……俺がドベ」

 ガクッと項垂れている俺の手元を見て、しげくんが苦笑していた。
 静かに札を集め始めるサトサトとしげくん。めっちゃ嫌そうに溜め息をつきながら、間野は今まで箱の中に入れっぱなしだった柄の違うカードをシャッフルし始めた。

「あー、もしかしてそれって」

 嫌な予感しかしないんですけど。

 震える指でそれを指せば、手を止めて机に広げられたカードには〈バツゲーム指令札〉の文字。
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