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気づいていないふり
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「あのな、智洋……携に、報告っていうか……ええと、付き合っていること、言うな」
携なら、きっと受け入れてくれる。
この気持ちごと、このままの俺を傍に置いてくれる。そう、思っても。
不安は、消せない──。
「わかった」
そっと、前に回している手の甲に智洋の手の平が重なり、それで初めて、自分が震えていることに気付いた。
呆れられるかも。軽蔑されるかも。変態って思われるかも。友達辞められるかも。
冷たい目で、見られるかも……。
怖くて、不安で、寒くて。
でも、携に隠しておくとか嘘を付くとかなんて、考えられない。だから。
「一緒に行こうか」
そう言う智洋の背に顔を押し付けたままぐりぐりと横に動かして、意志を伝える。
「多分だけど……二人で行けば、良かったなとか、おめでとうとか、上っ面の言葉しか聞けねえ気がするんだ。
俺、拒絶されたとしても、携の本心を見せて欲しいから──」
指と指とを絡めるように繋がれて、そのまま俺は智洋の鹿の子シャツをギュッと握り締めた。
「お願いが、あるんだけど」
ん? と鼻から抜けるように応じながら、じっと背中を貸してくれる智洋に、浩司先輩からの言葉を伝える。
「寮内でも、一人になるなって浩司先輩に言われてさ……でさ、すげえ恥ずかしいんだけど、トイレとか風呂とか、入り口まででもいいから……一緒に行ってくんない?」
どんな深窓の令嬢でもトイレくらいは一人で行くんじゃねえかって思うんだけど、真顔で言われたから先輩の言葉に嫌とは言えなかった。
「なんかあったのか?」
そっと手を引き剥がして、智洋が体を反転させる。心配そうに真っ直ぐ見つめられたけれど、俺にはわかんねえんだよな。
「なにもないけど、浩司先輩が悪い雰囲気感じてるみたいで。一応って言ってた。取り越し苦労なら、それでいいからって」
わかった、と言われて、今度は正面から抱き締められた。
俺、鈍いから、色んなこと解ってないけど、それならそれで解る人の意見を大事にしたらいいと思うんだ。
百戦錬磨の浩司先輩がそう感じているなら、何か普段とは違うことに気付いたんだろう。
それが俺に関係あるかどうかはともかく、案じてくれている先輩を裏切りたくないし、もしかして本当に何かが起こったときに、先輩も智洋も携も……周や辰だって、きっと心配させてしまうだろうから。
多少恥ずかしいのとか、取り敢えずは目を瞑ってでも、大事にされていることに感謝して生きて行こうと思う。
軽いキスを何度も交わして、二人で大浴場に行った。
──勿論智洋は遠く離れた場所に行っちゃったけどな!
珍しく既にパジャマ姿の携が目の前にいます。
決心を固めて、でも智洋に応援されて震えの治まった手でノックしたら、いつも通りに凪いだ声に招き入れられて、ベッドで寛いでいたらしい携と向き合って座る羽目に。
胡坐をかいている真正面で正座して唸っている俺は、まるで「お嬢さんを僕にください!」と頭を下げに彼女の家に来た恋人みたいな様子だろう。
「あのな、携……」
「うん」
「お、俺さ……」
両手を自分の膝に置いて突っ張るようにして、でも視線だけは携の顔から離さない。例え言葉が続かなくて虚しく口をパクパクさせるだけにしても。
壁時計の刻む秒針の音が淡々と室内に響き、時折廊下を歩く誰かの話し声が微かに聞こえては遠ざかっていく。
身動き一つしないで、ただ淡く微笑んで座っていた携だったけれど、やがてふうっと細く息をついた。
「あっ、ごめん! こんなんじゃただ邪魔しに来てるだけっつーか、時間泥棒だよな、あのなっ、」
ぺこぺこ頭を下げて、余計なことならいくらでも喋れるのにどうして肝心なことは口を縫い付けられたみたいに言葉にならないのかなんて、自分で自分を殴りたくなる。
「和明」
困ったように眉を動かして、携はもう一度吐息した。
「そんなに俺のこと信用できないかな」
悲しそうな声に、ハッと息を呑んでまじまじと瞳を見つめ直した。
「和明が言い淀んでいるのは、それを言えば俺の態度が変わってしまうかもとか危惧しているからだろ? お前にそんな心配をさせるなんて、自分が情けないよ」
そんなことない、って即座に返せなかった自分が恨めしい。
携にこんな表情させるなんて……俺って、なんてバカ野郎なんだ。
でもそれすらも言葉にならなくて、勝手に動いた体が、そのまま倒れ込むように携を抱き締めていた。
「ごめっ……携、ごめん! 信じてるよ。だけど俺な……」
恋らしきもの、してます。しかも、相手は男です。
そんなこと、いくら携相手だとしても、すんなりとは口に出せなくて。
だけど、そんな風に躊躇している俺が、今目の前の携を、一番の親友を悲しませている。
そっと、携の手が背中を撫でて、それからもう一方の手で頭を撫でてくれる。
いつもの優しい手つきだな、そう思ったら、ようやく喉元で止まっていた伝えたいことが零れ落ちた。
「俺、智洋のこと、好きなんだ……」
「うん」
「男同士だけど、一緒にいると嬉しくて、触れられるとドキドキして。携の手みたいに安心もするけど、切なくて熱くなって、なんだか違うんだよ。それで、智洋も同じ気持ちって知ってから、なんていうか……恋人同士がするようなこと、しちゃってる」
自分でも言っている内容とか言葉とかが恥ずかしすぎて、かあっと血が上る。顔が見えない体勢でヨカッタなんて思いながら、照れ隠しに腕に力を込めてしまった。
「和明、くるし……っ」
「ごめっ」
ひゅうと空気の抜ける音に力を緩めて、少しだけ体を離した。
智洋とは違う感触だけど、傍に居てくれて体温を感じられるのは凄く凄く安心する。俺にとって、携ってそういう存在なんだ。
「それでも、ずっと今までみたいに傍に居てくれる?」
一大決心で問うてみれば、間髪入れずに「当たり前だ」と返される。
「どんな風でも、何があっても、和明は和明だろ。何も変わらない、誰にも変えられない。大好きだからな」
不覚にも、じわじわと涙が溢れてきて、嗚咽が漏れそうになる。
この時初めて、携の言う「好き」が俺が智洋に抱いている「好き」と同じなんだと知った。
今までは軽く告げていた、口にしていた「好き」って言葉。だって誰か一人を愛するとか、恋愛とか、全然体感したことなくて。
だから区別が付いていなかったんだ。
「携……大好き」
「ああ」
だから、今まで通り、気付いていない振りで答えるね。
ありがとう、ずっとずっと好きだから……。
でも同じ気持ちは返せないから。
精一杯の演技で、親友として好きだよって言われたふりをした。
携なら、きっと受け入れてくれる。
この気持ちごと、このままの俺を傍に置いてくれる。そう、思っても。
不安は、消せない──。
「わかった」
そっと、前に回している手の甲に智洋の手の平が重なり、それで初めて、自分が震えていることに気付いた。
呆れられるかも。軽蔑されるかも。変態って思われるかも。友達辞められるかも。
冷たい目で、見られるかも……。
怖くて、不安で、寒くて。
でも、携に隠しておくとか嘘を付くとかなんて、考えられない。だから。
「一緒に行こうか」
そう言う智洋の背に顔を押し付けたままぐりぐりと横に動かして、意志を伝える。
「多分だけど……二人で行けば、良かったなとか、おめでとうとか、上っ面の言葉しか聞けねえ気がするんだ。
俺、拒絶されたとしても、携の本心を見せて欲しいから──」
指と指とを絡めるように繋がれて、そのまま俺は智洋の鹿の子シャツをギュッと握り締めた。
「お願いが、あるんだけど」
ん? と鼻から抜けるように応じながら、じっと背中を貸してくれる智洋に、浩司先輩からの言葉を伝える。
「寮内でも、一人になるなって浩司先輩に言われてさ……でさ、すげえ恥ずかしいんだけど、トイレとか風呂とか、入り口まででもいいから……一緒に行ってくんない?」
どんな深窓の令嬢でもトイレくらいは一人で行くんじゃねえかって思うんだけど、真顔で言われたから先輩の言葉に嫌とは言えなかった。
「なんかあったのか?」
そっと手を引き剥がして、智洋が体を反転させる。心配そうに真っ直ぐ見つめられたけれど、俺にはわかんねえんだよな。
「なにもないけど、浩司先輩が悪い雰囲気感じてるみたいで。一応って言ってた。取り越し苦労なら、それでいいからって」
わかった、と言われて、今度は正面から抱き締められた。
俺、鈍いから、色んなこと解ってないけど、それならそれで解る人の意見を大事にしたらいいと思うんだ。
百戦錬磨の浩司先輩がそう感じているなら、何か普段とは違うことに気付いたんだろう。
それが俺に関係あるかどうかはともかく、案じてくれている先輩を裏切りたくないし、もしかして本当に何かが起こったときに、先輩も智洋も携も……周や辰だって、きっと心配させてしまうだろうから。
多少恥ずかしいのとか、取り敢えずは目を瞑ってでも、大事にされていることに感謝して生きて行こうと思う。
軽いキスを何度も交わして、二人で大浴場に行った。
──勿論智洋は遠く離れた場所に行っちゃったけどな!
珍しく既にパジャマ姿の携が目の前にいます。
決心を固めて、でも智洋に応援されて震えの治まった手でノックしたら、いつも通りに凪いだ声に招き入れられて、ベッドで寛いでいたらしい携と向き合って座る羽目に。
胡坐をかいている真正面で正座して唸っている俺は、まるで「お嬢さんを僕にください!」と頭を下げに彼女の家に来た恋人みたいな様子だろう。
「あのな、携……」
「うん」
「お、俺さ……」
両手を自分の膝に置いて突っ張るようにして、でも視線だけは携の顔から離さない。例え言葉が続かなくて虚しく口をパクパクさせるだけにしても。
壁時計の刻む秒針の音が淡々と室内に響き、時折廊下を歩く誰かの話し声が微かに聞こえては遠ざかっていく。
身動き一つしないで、ただ淡く微笑んで座っていた携だったけれど、やがてふうっと細く息をついた。
「あっ、ごめん! こんなんじゃただ邪魔しに来てるだけっつーか、時間泥棒だよな、あのなっ、」
ぺこぺこ頭を下げて、余計なことならいくらでも喋れるのにどうして肝心なことは口を縫い付けられたみたいに言葉にならないのかなんて、自分で自分を殴りたくなる。
「和明」
困ったように眉を動かして、携はもう一度吐息した。
「そんなに俺のこと信用できないかな」
悲しそうな声に、ハッと息を呑んでまじまじと瞳を見つめ直した。
「和明が言い淀んでいるのは、それを言えば俺の態度が変わってしまうかもとか危惧しているからだろ? お前にそんな心配をさせるなんて、自分が情けないよ」
そんなことない、って即座に返せなかった自分が恨めしい。
携にこんな表情させるなんて……俺って、なんてバカ野郎なんだ。
でもそれすらも言葉にならなくて、勝手に動いた体が、そのまま倒れ込むように携を抱き締めていた。
「ごめっ……携、ごめん! 信じてるよ。だけど俺な……」
恋らしきもの、してます。しかも、相手は男です。
そんなこと、いくら携相手だとしても、すんなりとは口に出せなくて。
だけど、そんな風に躊躇している俺が、今目の前の携を、一番の親友を悲しませている。
そっと、携の手が背中を撫でて、それからもう一方の手で頭を撫でてくれる。
いつもの優しい手つきだな、そう思ったら、ようやく喉元で止まっていた伝えたいことが零れ落ちた。
「俺、智洋のこと、好きなんだ……」
「うん」
「男同士だけど、一緒にいると嬉しくて、触れられるとドキドキして。携の手みたいに安心もするけど、切なくて熱くなって、なんだか違うんだよ。それで、智洋も同じ気持ちって知ってから、なんていうか……恋人同士がするようなこと、しちゃってる」
自分でも言っている内容とか言葉とかが恥ずかしすぎて、かあっと血が上る。顔が見えない体勢でヨカッタなんて思いながら、照れ隠しに腕に力を込めてしまった。
「和明、くるし……っ」
「ごめっ」
ひゅうと空気の抜ける音に力を緩めて、少しだけ体を離した。
智洋とは違う感触だけど、傍に居てくれて体温を感じられるのは凄く凄く安心する。俺にとって、携ってそういう存在なんだ。
「それでも、ずっと今までみたいに傍に居てくれる?」
一大決心で問うてみれば、間髪入れずに「当たり前だ」と返される。
「どんな風でも、何があっても、和明は和明だろ。何も変わらない、誰にも変えられない。大好きだからな」
不覚にも、じわじわと涙が溢れてきて、嗚咽が漏れそうになる。
この時初めて、携の言う「好き」が俺が智洋に抱いている「好き」と同じなんだと知った。
今までは軽く告げていた、口にしていた「好き」って言葉。だって誰か一人を愛するとか、恋愛とか、全然体感したことなくて。
だから区別が付いていなかったんだ。
「携……大好き」
「ああ」
だから、今まで通り、気付いていない振りで答えるね。
ありがとう、ずっとずっと好きだから……。
でも同じ気持ちは返せないから。
精一杯の演技で、親友として好きだよって言われたふりをした。
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