Hand to Heart 【全年齢版】

亨珈

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キスが嬉しいのは、友人以上かな?

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「ええと……」

 思わず声が漏れる。

 今ここには当然俺しかいなくて。
 この歌の中ではもしかしたら「人」って他の誰かなのかもしれないけど、この場合は俺になるんだよね?

 そう、考えた途端に、かあっと頭に血が上った。

 どどどどうしよう! 本当にその通りの意味だったとして、俺一体どういう顔して返答したらいいんだよ!
 ホントに恋愛対象なの?
 俺なの?
 じゃあ、今までのキスとか……やっぱりそういう意味だったの?
 でも……万が一、相手が俺じゃなかったら……勘違いだったとしたら。それはそれで恥ずかしくて死にたくなるかもしれない。地球の裏まで穴掘って逃げ出したくなるよきっと!

 でもさでもさ、気付いてないよねって念を押すってことは、半信半疑だったり、たまにそっちに思いが行ってもやっぱり違うだろって自分で結論付けて否定してきた俺の心の中そのものを言われているみたいでさ。

 唸っていると、背後に人の気配。埒が明かないと思って、智洋が来たのかな……。

「──人、って……俺?」
「だよ」

 囁くように、でもきっぱりと即答されて。
 俯いていた顔を上げて背筋を伸ばしながら椅子を回した。

 熱っぽく潤んだ瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いている。美しい野生動物を見たときに目を奪われて身動き出来なくなる気持ち、凄く良く解る。動けない。こんなに真摯に見つめられたら。

 遠回しではあったけど、これって告白されたと同じだよな。
 言葉で何か伝えられたら、きっとはっきりすると思ってた。

 だったら、今俺の鼓動が物凄く速いのとか、すぐにでもギュッて抱き締めて欲しいなんて思ってるのって……これってどういう気持ちなんだろう。
 はっきりするどころか、また別の混乱が訪れたような。

 それでも確かめたいことがあって、俺は立ち上がって智洋の胸に手を伸ばした。視線だけは決して外さず、けれど咎めるでもなく触れさせてくれる。シャツの下で、その逞しい胸の中で、トクトクトクと早鐘のように鳴っている鼓動を手の平に感じた。
 安心して、体が震えた。

 ──本当、なんだな。智洋も……緊張して。

 言葉にはならなかった。
 そのまま、腕を回して抱きついて、その胸に顔を埋めた。

 同じように、あまり力を込めずに背中に両腕を回されて、更に安堵する。でも、なんて言ったらいいのかがまだ判らなくて……ひたすらに智洋の体温と匂いを確認しようと体を寄せていた。

「和明……」

 掠れたような吐息交じりの声が降って来る。

「言葉にレッテル貼らなくていいから、今思ってること口にしてみて。恋愛とか、そういうの区別しようとか思わなくていいから」

 なるほど……。やっぱり智洋ってば、俺のこと随分理解してくれてるんだな。
 ごめんな、恋愛音痴で。
 友情と恋愛の感情の境目、わかんねえんだ……。
 温もりが心地良くて離れるのが嫌で、そのまま顔を上げて至近距離で目を合わせた。本気で話をするときには、目を見て話したい。

「智洋が、怒ってなくて良かった……。好かれるの、凄く嬉しい。俺、こうやってくっついてるのとか、ギュッてされるのとか、それから……キスとかも好き。気持ちいい。そういうのじゃ、駄目かな……。だって俺、今更智洋と離れたくねえよ。嫌いにならないで……」

 息を呑んだあと、ふわりと笑み崩れる顔。優美に吊り上がった眼を細めて嬉しげにしているさまは、本当に猫科の獣みたいだ。綺麗だな。

 回された腕に力が篭った。

「離さねえよ」

 嬉しいけど、胸が圧迫されて苦しくなる。気付いて緩められて、そのまま目を伏せながら顔が近付いてきた。
 あ、キスするんだなって、俺も瞼を下ろして上向いたまま待つ。
 柔らかなものが、優しく触れては離れて、もう何度こんなキスを繰り返したかなってぼうっとする頭の片隅で考えた。数え切れないくらい、されている気がする。

 ねえ、やっぱり、キスが嬉しいのは友達以上かな?

 隙間を縫って口内に侵入してきて、上顎の弱いところを刺激されては甘い声が漏れた。舌を絡めて吸われて、ずくんと疼く腰の奥がもどかしくて、更に体を寄せる。

 こんなの、友達じゃあないよね……きっと。それでも。
 じゃあこれが恋してるって状態なのかって言われると、判断が出来ない。

 消灯五分前の音楽が流れ始めるまで、俺たちはそうやって立ったまま抱き締めあっていた──。
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