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天使は幻じゃない
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目指すは最上階。四階の踊り場で足を緩めて息を整えながら、特別教室の並ぶ廊下を進んで行く。
音楽室、視聴覚教室、美術室、書道教室、無線部、会議室、そして最奥に生徒会執行部。向こう側にも階段はあるんだけど、寮から来て近いのはこちら側の階段だ。
まだ美術室の前辺りで、廊下に無造作に置き捨てられているイーゼルをかわしながらゆっくり進んでいると、執行部の扉が開いて中から人が出てくるところだった。
え? 何だろう……外国の人?
銀色の見事なウェーブが肩まで届き、月夜に舞う妖精のように可憐で儚い美しさを宿した顔の人だった。菫色の大きな瞳を、けぶるような睫毛が縁取っている。その後を追うように出てきたのは携だった。
ドアが開いた瞬間から、立ち止まって息を殺している俺たちには気付く素振りもなく、二人は大陸共通語で言葉を交わし微笑み合っている。
──ああ……携も、あんな風に笑えるようになったんだな。俺以外に対しても。
それは清優学園では、俺以外には向けられることがなかった、花の蕾が綻ぶような優しい表情。
銀色の人が、少し身を屈めた携の頬にすりすりと頬を寄せ、くすぐったそうにその頬に携が唇を寄せる。
何処か非現実的な、映画のワンシーンみたいなその様子を、ただ呆然と見守った。
階段を下りていくその人を見送ってから、携はまた部室に入って行ったけれど、しばらく俺たちは無言で佇んでいて。
「なあ、和明……さっきのは天使か?」
ぼそっと呟いた智洋の手を、ぎゅっと握った。
うん、しっかり感触あるな。
「現実みたいだな、どうやら」
それでもどことなくふわふわした気分のまま、そっと執行部のドアをノックしてみた。
「どうぞ」
中からの声に促されて、静かにドアを開ける。四角になるように長机が並べられていて、奥のテーブルで会長がパソコンのキーボードに手を滑らせながらもこちらに視線を向け、そこから直角に伸びた机の端、入り口に近い場所では携がびっくり顔で俺たちを見上げた。
「お邪魔します。あの、ちょっとお願いがありまして」
仕事の途中だったろうに、大野会長はちゃんと目線を合わせて話を聞いてくれた。
渡す相手が浩司先輩と縁のある二人だということもありすんなりと了承がもらえ、マスターテープを借りて視聴覚室で今すぐダビングしても良いということになった。
しっかりとお礼を言ってから、いそいそと視聴覚室に向かう。勿論智洋も一緒だ。
ダビングは再生しながらじゃないといけないから、時間の短縮のためにもデッキを三台使って一気にコピーをとることにする。それでもある程度は時間が掛かるから、俺はいいけど智洋はどうかなと思っていたら、意外にも真剣に映像に見入っていた。
やっぱり浩司先輩の雄姿は、俺じゃなくても惚れるよな!
観終わった後巻き戻しながら訊いてみたら、ちょっと照れながらも肯定してくれた。
「あれ観たら大抵のヤツは男惚れするだろ」
なるほどなー。こりゃあ体育会の日本番、絶対失敗とか出来ねえな……! 気合入れないと。
浩司先輩にうっとりしてしばらく忘れてたけど、さっきの銀髪の人も気になる。マスターテープを返すために再び執行部を訪れ、おずおずと来る時に見えてしまったことを切り出した。
「ああ、シャールのことか。あの人は社長の身内みたいなもので、忙しい間だけ執行部の手伝いをしてくれているんだよ」
さらりと携が返し、それに付け足すように会長も口を開いた。
「元々は学園内の手入れなどの雑用をしている人だ。中庭や裏庭の花木の管理とかな。今は氷見と一緒に主に翻訳の仕事をしてくれている」
「翻訳……」
うっ、と二人で声を詰まらせる。
「上が何しろ連邦の方々だからな、文書は生徒用以外は共通語で仕上げることになっているんだ。そのために選抜されたメンバーの筈だったんだがな……」
ふう、と嘆息した会長の額に、見慣れぬ皺がよってます!
いつも温厚そうな感じに微笑んでいるのにー!
「書記が仕事ほっぽって帰省するとか、有り得んだろう」
「あー……」
智洋と二人、視線を彷徨わせた。
言わずと知れたウォルター先輩だろう。
でも、しっかりとその恩恵に与ってしまった俺たちには批判する権利なんてなくて。曖昧に言葉を濁らせた。
音楽室、視聴覚教室、美術室、書道教室、無線部、会議室、そして最奥に生徒会執行部。向こう側にも階段はあるんだけど、寮から来て近いのはこちら側の階段だ。
まだ美術室の前辺りで、廊下に無造作に置き捨てられているイーゼルをかわしながらゆっくり進んでいると、執行部の扉が開いて中から人が出てくるところだった。
え? 何だろう……外国の人?
銀色の見事なウェーブが肩まで届き、月夜に舞う妖精のように可憐で儚い美しさを宿した顔の人だった。菫色の大きな瞳を、けぶるような睫毛が縁取っている。その後を追うように出てきたのは携だった。
ドアが開いた瞬間から、立ち止まって息を殺している俺たちには気付く素振りもなく、二人は大陸共通語で言葉を交わし微笑み合っている。
──ああ……携も、あんな風に笑えるようになったんだな。俺以外に対しても。
それは清優学園では、俺以外には向けられることがなかった、花の蕾が綻ぶような優しい表情。
銀色の人が、少し身を屈めた携の頬にすりすりと頬を寄せ、くすぐったそうにその頬に携が唇を寄せる。
何処か非現実的な、映画のワンシーンみたいなその様子を、ただ呆然と見守った。
階段を下りていくその人を見送ってから、携はまた部室に入って行ったけれど、しばらく俺たちは無言で佇んでいて。
「なあ、和明……さっきのは天使か?」
ぼそっと呟いた智洋の手を、ぎゅっと握った。
うん、しっかり感触あるな。
「現実みたいだな、どうやら」
それでもどことなくふわふわした気分のまま、そっと執行部のドアをノックしてみた。
「どうぞ」
中からの声に促されて、静かにドアを開ける。四角になるように長机が並べられていて、奥のテーブルで会長がパソコンのキーボードに手を滑らせながらもこちらに視線を向け、そこから直角に伸びた机の端、入り口に近い場所では携がびっくり顔で俺たちを見上げた。
「お邪魔します。あの、ちょっとお願いがありまして」
仕事の途中だったろうに、大野会長はちゃんと目線を合わせて話を聞いてくれた。
渡す相手が浩司先輩と縁のある二人だということもありすんなりと了承がもらえ、マスターテープを借りて視聴覚室で今すぐダビングしても良いということになった。
しっかりとお礼を言ってから、いそいそと視聴覚室に向かう。勿論智洋も一緒だ。
ダビングは再生しながらじゃないといけないから、時間の短縮のためにもデッキを三台使って一気にコピーをとることにする。それでもある程度は時間が掛かるから、俺はいいけど智洋はどうかなと思っていたら、意外にも真剣に映像に見入っていた。
やっぱり浩司先輩の雄姿は、俺じゃなくても惚れるよな!
観終わった後巻き戻しながら訊いてみたら、ちょっと照れながらも肯定してくれた。
「あれ観たら大抵のヤツは男惚れするだろ」
なるほどなー。こりゃあ体育会の日本番、絶対失敗とか出来ねえな……! 気合入れないと。
浩司先輩にうっとりしてしばらく忘れてたけど、さっきの銀髪の人も気になる。マスターテープを返すために再び執行部を訪れ、おずおずと来る時に見えてしまったことを切り出した。
「ああ、シャールのことか。あの人は社長の身内みたいなもので、忙しい間だけ執行部の手伝いをしてくれているんだよ」
さらりと携が返し、それに付け足すように会長も口を開いた。
「元々は学園内の手入れなどの雑用をしている人だ。中庭や裏庭の花木の管理とかな。今は氷見と一緒に主に翻訳の仕事をしてくれている」
「翻訳……」
うっ、と二人で声を詰まらせる。
「上が何しろ連邦の方々だからな、文書は生徒用以外は共通語で仕上げることになっているんだ。そのために選抜されたメンバーの筈だったんだがな……」
ふう、と嘆息した会長の額に、見慣れぬ皺がよってます!
いつも温厚そうな感じに微笑んでいるのにー!
「書記が仕事ほっぽって帰省するとか、有り得んだろう」
「あー……」
智洋と二人、視線を彷徨わせた。
言わずと知れたウォルター先輩だろう。
でも、しっかりとその恩恵に与ってしまった俺たちには批判する権利なんてなくて。曖昧に言葉を濁らせた。
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