Hand to Heart 【全年齢版】

亨珈

文字の大きさ
上 下
57 / 153

自己嫌悪の夜

しおりを挟む
 心臓が、飛び跳ねる。

 別段、浩司先輩と何かがあったわけじゃあないのに。
 今の今まで考えていた疚しさがあって、ついどもってしまう。

「な、なんでもない、よ」

 ばさっと布団が捲れる音がして、ひたひたと智洋が目の前に歩いて来た。
 床に膝を突いた智洋の手の平が、俺の頬を包んだ。僅かに外から差し込む街灯の灯りで、視線が絡むのが判る。

「本当に?」
「とも、ひろ……」

 ずっと布団の外にあったからか、手の平は少し冷たかった。
 訊いても、いいのかな。ちゃんと、答えてくれる?

「智洋は、どうして……」

 訝しげに首を傾げる。いつもなら問われたらすぐに答える俺が他の事を口にしたから、かな。

「俺とだけ、風呂に行けないの」

 ひゅっと息を呑む気配がした。

「最近、よく風呂場で浩司先輩に会うんだ。智洋は一緒じゃないのかって訊かれて、その意味考えてみろって……。
 俺は、大好きだけど、浩司先輩とだってお風呂平気だし……だから、考えても考えても判んないんだよ、智洋ぉ」

 最後の辺り、ちょっと涙ぐんで変な声になっちゃった。慌てて唇を噛んで、嗚咽を堪える。

「そ、れは、」

 ぐ、と奥歯を噛み締めたかと思うと、智洋はガッと拳で床を叩いた。静寂の中やたらと大きく響くその音に驚き、瞬時に涙が引っ込んだ。鼓動が、早鐘のよう。
 暫しの沈黙の後、ようやく搾り出すような声が聞こえた。

「言う必要、あんのか?」

 心臓を鷲掴みにされたような気がした。
 さあっと血の気が引いていく。

 ……そう、だよな。プライベートなことだもんな。別に、俺に言う必要なんか、ないよな……っ。

「ご、ごめん! 忘れて!」

 浩司先輩も、訊かなくても判るって、自分で考えろって言ってた。本人に訊くようなことじゃないんだ。なのに俺、すぐに自分で頭使うの放棄して、大事な友達を嫌な気分にさせてる。

 自己嫌悪で、今度こそ本当に涙が出てきた。そんな格好悪いところ見せたくなくて、慌てて壁の方へと体の向きを変えて智洋に背中を向ける。

「ホント、ごめん。それに、起こしちゃったし……もう、寝よう? ごめんね、智洋」

 暫く動かずにいた背後の気配が、ゆっくりと立ち上がって遠ざかりベッドが軋む音と布団を掛け直す音とが聞こえて、知らず力が入っていた事に気付いて全身の力を抜いた。
 こんだけ考えても解らなかったんだ。もう、暫くはこれについて考えるのはやめよう……。
 そっと深呼吸を繰り返して、ギュッと目を閉じた。


 出来るだけいつも通りにしようと決めて、殆ど眠れないままに起床して智洋も起こして食堂に向かった。
 携は執行部の用事があるので校舎に行くと言い、智洋は前にも見掛けたテニス部の友達とコートで打ち合うらしく、俺は一人で部屋に残された。

 午後からはビリヤードの約束があるから遊戯室に行く前に早めの昼食を取るとしても、時間が余る。課題は晩に終わってるし、予習でもやるかなあ。
 英語の教科書と辞書を広げて小一時間が過ぎた頃、コンコンとノックの音がした。
 覗き穴やインターフォンがあるわけじゃなし、そもそも鍵すら掛けてなかったことに今更気付いたけどもう遅い。

「はーい」
 と声を上げてから立ち上がり、急ぎ足でドアに向かう途中「俺だけど」と声が聞こえた。

「周……」

 ヤバイ、と足が止まる。
 ここに智洋がいないことを知ってて来たんだろう。今外から開けられたら、障害なくすんなり入室できる。

 部屋に二人きりは、絶対まずい!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

目立たないでと言われても

みつば
BL
「お願いだから、目立たないで。」 ****** 山奥にある私立琴森学園。この学園に季節外れの転入生がやってきた。担任に頼まれて転入生の世話をすることになってしまった俺、藤崎湊人。引き受けたはいいけど、この転入生はこの学園の人気者に気に入られてしまって…… 25話で本編完結+番外編4話

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

もういいや

ちゃんちゃん
BL
急遽、有名で偏差値がバカ高い高校に編入した時雨 薊。兄である柊樹とともに編入したが…… まぁ……巻き込まれるよね!主人公だもん! しかも男子校かよ……… ーーーーーーーー 亀更新です☆期待しないでください☆

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

処理中です...