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自己嫌悪の夜
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心臓が、飛び跳ねる。
別段、浩司先輩と何かがあったわけじゃあないのに。
今の今まで考えていた疚しさがあって、ついどもってしまう。
「な、なんでもない、よ」
ばさっと布団が捲れる音がして、ひたひたと智洋が目の前に歩いて来た。
床に膝を突いた智洋の手の平が、俺の頬を包んだ。僅かに外から差し込む街灯の灯りで、視線が絡むのが判る。
「本当に?」
「とも、ひろ……」
ずっと布団の外にあったからか、手の平は少し冷たかった。
訊いても、いいのかな。ちゃんと、答えてくれる?
「智洋は、どうして……」
訝しげに首を傾げる。いつもなら問われたらすぐに答える俺が他の事を口にしたから、かな。
「俺とだけ、風呂に行けないの」
ひゅっと息を呑む気配がした。
「最近、よく風呂場で浩司先輩に会うんだ。智洋は一緒じゃないのかって訊かれて、その意味考えてみろって……。
俺は、大好きだけど、浩司先輩とだってお風呂平気だし……だから、考えても考えても判んないんだよ、智洋ぉ」
最後の辺り、ちょっと涙ぐんで変な声になっちゃった。慌てて唇を噛んで、嗚咽を堪える。
「そ、れは、」
ぐ、と奥歯を噛み締めたかと思うと、智洋はガッと拳で床を叩いた。静寂の中やたらと大きく響くその音に驚き、瞬時に涙が引っ込んだ。鼓動が、早鐘のよう。
暫しの沈黙の後、ようやく搾り出すような声が聞こえた。
「言う必要、あんのか?」
心臓を鷲掴みにされたような気がした。
さあっと血の気が引いていく。
……そう、だよな。プライベートなことだもんな。別に、俺に言う必要なんか、ないよな……っ。
「ご、ごめん! 忘れて!」
浩司先輩も、訊かなくても判るって、自分で考えろって言ってた。本人に訊くようなことじゃないんだ。なのに俺、すぐに自分で頭使うの放棄して、大事な友達を嫌な気分にさせてる。
自己嫌悪で、今度こそ本当に涙が出てきた。そんな格好悪いところ見せたくなくて、慌てて壁の方へと体の向きを変えて智洋に背中を向ける。
「ホント、ごめん。それに、起こしちゃったし……もう、寝よう? ごめんね、智洋」
暫く動かずにいた背後の気配が、ゆっくりと立ち上がって遠ざかりベッドが軋む音と布団を掛け直す音とが聞こえて、知らず力が入っていた事に気付いて全身の力を抜いた。
こんだけ考えても解らなかったんだ。もう、暫くはこれについて考えるのはやめよう……。
そっと深呼吸を繰り返して、ギュッと目を閉じた。
出来るだけいつも通りにしようと決めて、殆ど眠れないままに起床して智洋も起こして食堂に向かった。
携は執行部の用事があるので校舎に行くと言い、智洋は前にも見掛けたテニス部の友達とコートで打ち合うらしく、俺は一人で部屋に残された。
午後からはビリヤードの約束があるから遊戯室に行く前に早めの昼食を取るとしても、時間が余る。課題は晩に終わってるし、予習でもやるかなあ。
英語の教科書と辞書を広げて小一時間が過ぎた頃、コンコンとノックの音がした。
覗き穴やインターフォンがあるわけじゃなし、そもそも鍵すら掛けてなかったことに今更気付いたけどもう遅い。
「はーい」
と声を上げてから立ち上がり、急ぎ足でドアに向かう途中「俺だけど」と声が聞こえた。
「周……」
ヤバイ、と足が止まる。
ここに智洋がいないことを知ってて来たんだろう。今外から開けられたら、障害なくすんなり入室できる。
部屋に二人きりは、絶対まずい!
別段、浩司先輩と何かがあったわけじゃあないのに。
今の今まで考えていた疚しさがあって、ついどもってしまう。
「な、なんでもない、よ」
ばさっと布団が捲れる音がして、ひたひたと智洋が目の前に歩いて来た。
床に膝を突いた智洋の手の平が、俺の頬を包んだ。僅かに外から差し込む街灯の灯りで、視線が絡むのが判る。
「本当に?」
「とも、ひろ……」
ずっと布団の外にあったからか、手の平は少し冷たかった。
訊いても、いいのかな。ちゃんと、答えてくれる?
「智洋は、どうして……」
訝しげに首を傾げる。いつもなら問われたらすぐに答える俺が他の事を口にしたから、かな。
「俺とだけ、風呂に行けないの」
ひゅっと息を呑む気配がした。
「最近、よく風呂場で浩司先輩に会うんだ。智洋は一緒じゃないのかって訊かれて、その意味考えてみろって……。
俺は、大好きだけど、浩司先輩とだってお風呂平気だし……だから、考えても考えても判んないんだよ、智洋ぉ」
最後の辺り、ちょっと涙ぐんで変な声になっちゃった。慌てて唇を噛んで、嗚咽を堪える。
「そ、れは、」
ぐ、と奥歯を噛み締めたかと思うと、智洋はガッと拳で床を叩いた。静寂の中やたらと大きく響くその音に驚き、瞬時に涙が引っ込んだ。鼓動が、早鐘のよう。
暫しの沈黙の後、ようやく搾り出すような声が聞こえた。
「言う必要、あんのか?」
心臓を鷲掴みにされたような気がした。
さあっと血の気が引いていく。
……そう、だよな。プライベートなことだもんな。別に、俺に言う必要なんか、ないよな……っ。
「ご、ごめん! 忘れて!」
浩司先輩も、訊かなくても判るって、自分で考えろって言ってた。本人に訊くようなことじゃないんだ。なのに俺、すぐに自分で頭使うの放棄して、大事な友達を嫌な気分にさせてる。
自己嫌悪で、今度こそ本当に涙が出てきた。そんな格好悪いところ見せたくなくて、慌てて壁の方へと体の向きを変えて智洋に背中を向ける。
「ホント、ごめん。それに、起こしちゃったし……もう、寝よう? ごめんね、智洋」
暫く動かずにいた背後の気配が、ゆっくりと立ち上がって遠ざかりベッドが軋む音と布団を掛け直す音とが聞こえて、知らず力が入っていた事に気付いて全身の力を抜いた。
こんだけ考えても解らなかったんだ。もう、暫くはこれについて考えるのはやめよう……。
そっと深呼吸を繰り返して、ギュッと目を閉じた。
出来るだけいつも通りにしようと決めて、殆ど眠れないままに起床して智洋も起こして食堂に向かった。
携は執行部の用事があるので校舎に行くと言い、智洋は前にも見掛けたテニス部の友達とコートで打ち合うらしく、俺は一人で部屋に残された。
午後からはビリヤードの約束があるから遊戯室に行く前に早めの昼食を取るとしても、時間が余る。課題は晩に終わってるし、予習でもやるかなあ。
英語の教科書と辞書を広げて小一時間が過ぎた頃、コンコンとノックの音がした。
覗き穴やインターフォンがあるわけじゃなし、そもそも鍵すら掛けてなかったことに今更気付いたけどもう遅い。
「はーい」
と声を上げてから立ち上がり、急ぎ足でドアに向かう途中「俺だけど」と声が聞こえた。
「周……」
ヤバイ、と足が止まる。
ここに智洋がいないことを知ってて来たんだろう。今外から開けられたら、障害なくすんなり入室できる。
部屋に二人きりは、絶対まずい!
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