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その行動の、意味するところ
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はっ! いかんいかん。何か今幻聴が聞こえた。意識飛んでた!
初めてのバイクでおかしくなったのか俺の耳!
「すみません、なんか今聞き間違えたみたいで」
動転している俺から視線を外すことなく、
「まさか抱きたいってんじゃねえよな?」
重ねて逆の方問われましたけどつまりそれって先刻のは聞き間違いじゃないってことですかー!?
しかもそれ、俺が?
え? 先輩を?
「とととととととんでもない誤解ですーっ!」
気を失いそうになりながらも、必死で両手をばたばた振って否定した。
「有り得ないです! ホント! まさかそんな噂まで!?」
誰だよそんな根も葉もないことでっち上げやがって!
事の真偽を問い質したい俺の目を、浩司先輩は意外に穏やかに覗き込んでいた。
「──ん。だろうなとは思ってたけど。俺もそれなりに場数踏んでっからさ、セックスしたくて近寄ってくるやつって判るんだよな。男女問わず」
セックス!
あんまりにもずばりとさらっと言われて、一人で赤面してる俺がとっても間抜けな感じです。
「カズってさ、危ういんだよ。普通の共学ならそれは美点にもなる。実際榎本みたいに本校にファンクラブ出来ちゃったりとかな? でもああいうのってオープンだからまだ問題も起き難いんだ。
あっちにもこっちにも適当に笑顔振りまいて、それが揉め事になったとしても、まだ何とかなる。何とかなってるからあいつも無事に三年目になってるわけだし、あいつは最上級生で寮長って体面もあるから、今更今の一年がどうこうしたって力で抑えられる。けどな、」
月が、寮にいた時より大きく感じられて。その月明かりと、ところどころで路面を照らしている街灯の灯りが、先輩の漆黒の瞳をきらりと艶めかしく照らしている。
「カズは、これから三年間あそこで生活しなきゃなんねえんだぞ。俺がいる間はまだ抑止力にもなってやれる。けど、卒業すればそれまでだ。連れの基準が低いのはいいけど、ここにはお前の知らなかった世界の連中も居るってこと忘れんな。見分けがつかずに全員に曖昧な態度を取ってると、いつか酷い目に遭う」
俺なりに、言葉の意味をじっくりと吟味してから、ようやく口を開いた。
「それって、周のこととか、ですか?」
先輩は小さく頷いて、吐息した。
「でもあいつはまだ救いようがある。明日も一緒にビリヤードするだろ? 続けような」
念を押すように言われ、こくこくと頷いた。
言いたいことは言い終えたのか、柵に凭れて先輩はまた煙草に火を点けた。
余程吸いたかったんだなあ。確かに寮や学校じゃ禁止されているし。
ほけっと眺めていると、「あ、そうそう」とふと思い出したように言いながら、先輩は柵の向こう、切り立った崖とも言える絶壁から下界を見下ろした。
「栗原弟なー、どうして風呂だけ一緒じゃねえのか、意味とか理由考えてみたことあるか」
「ふえ? 意味、ですか」
確かにずっと不思議だった。
確か一番最初は一緒に入ったんだけどなあ。
「色々考えてはみたけど、やっぱり一人の時間が欲しいのかなって。でも突っ込んで尋ねるのも悪いような気がして……」
なるべく俺を一人にさせないようにしている割には、風呂だけ別行動って変っちゃ変なんだけど。
浩司先輩は、視線を向けないまま、ふんと鼻を鳴らした。
「聞かなくても答えは考えれば解るよ」
「ええ? 先輩解ってるんですか」
「まあ、こんなこと俺から知らせるのも筋違いだしな……けどお前ら見てたら大抵のやつは気付くだろ」
ふーっと大きく煙を吐き出し、風に髪を弄られている先輩の横顔に見惚れながらも想いは智洋へと向かっていた。
ヒント、と先輩が小さく呟いた。
「あいつはお前とだけは入れねえんだよ」
その意味、判る?
振り向いて笑った顔は、ちょっと意地悪で、でもやっぱりうっとりするほどかっこ良くて。
帰り道、ギュッと抱きつくように浩司先輩の体温を感じながら、その「意味」について思いを馳せていた。
初めてのバイクでおかしくなったのか俺の耳!
「すみません、なんか今聞き間違えたみたいで」
動転している俺から視線を外すことなく、
「まさか抱きたいってんじゃねえよな?」
重ねて逆の方問われましたけどつまりそれって先刻のは聞き間違いじゃないってことですかー!?
しかもそれ、俺が?
え? 先輩を?
「とととととととんでもない誤解ですーっ!」
気を失いそうになりながらも、必死で両手をばたばた振って否定した。
「有り得ないです! ホント! まさかそんな噂まで!?」
誰だよそんな根も葉もないことでっち上げやがって!
事の真偽を問い質したい俺の目を、浩司先輩は意外に穏やかに覗き込んでいた。
「──ん。だろうなとは思ってたけど。俺もそれなりに場数踏んでっからさ、セックスしたくて近寄ってくるやつって判るんだよな。男女問わず」
セックス!
あんまりにもずばりとさらっと言われて、一人で赤面してる俺がとっても間抜けな感じです。
「カズってさ、危ういんだよ。普通の共学ならそれは美点にもなる。実際榎本みたいに本校にファンクラブ出来ちゃったりとかな? でもああいうのってオープンだからまだ問題も起き難いんだ。
あっちにもこっちにも適当に笑顔振りまいて、それが揉め事になったとしても、まだ何とかなる。何とかなってるからあいつも無事に三年目になってるわけだし、あいつは最上級生で寮長って体面もあるから、今更今の一年がどうこうしたって力で抑えられる。けどな、」
月が、寮にいた時より大きく感じられて。その月明かりと、ところどころで路面を照らしている街灯の灯りが、先輩の漆黒の瞳をきらりと艶めかしく照らしている。
「カズは、これから三年間あそこで生活しなきゃなんねえんだぞ。俺がいる間はまだ抑止力にもなってやれる。けど、卒業すればそれまでだ。連れの基準が低いのはいいけど、ここにはお前の知らなかった世界の連中も居るってこと忘れんな。見分けがつかずに全員に曖昧な態度を取ってると、いつか酷い目に遭う」
俺なりに、言葉の意味をじっくりと吟味してから、ようやく口を開いた。
「それって、周のこととか、ですか?」
先輩は小さく頷いて、吐息した。
「でもあいつはまだ救いようがある。明日も一緒にビリヤードするだろ? 続けような」
念を押すように言われ、こくこくと頷いた。
言いたいことは言い終えたのか、柵に凭れて先輩はまた煙草に火を点けた。
余程吸いたかったんだなあ。確かに寮や学校じゃ禁止されているし。
ほけっと眺めていると、「あ、そうそう」とふと思い出したように言いながら、先輩は柵の向こう、切り立った崖とも言える絶壁から下界を見下ろした。
「栗原弟なー、どうして風呂だけ一緒じゃねえのか、意味とか理由考えてみたことあるか」
「ふえ? 意味、ですか」
確かにずっと不思議だった。
確か一番最初は一緒に入ったんだけどなあ。
「色々考えてはみたけど、やっぱり一人の時間が欲しいのかなって。でも突っ込んで尋ねるのも悪いような気がして……」
なるべく俺を一人にさせないようにしている割には、風呂だけ別行動って変っちゃ変なんだけど。
浩司先輩は、視線を向けないまま、ふんと鼻を鳴らした。
「聞かなくても答えは考えれば解るよ」
「ええ? 先輩解ってるんですか」
「まあ、こんなこと俺から知らせるのも筋違いだしな……けどお前ら見てたら大抵のやつは気付くだろ」
ふーっと大きく煙を吐き出し、風に髪を弄られている先輩の横顔に見惚れながらも想いは智洋へと向かっていた。
ヒント、と先輩が小さく呟いた。
「あいつはお前とだけは入れねえんだよ」
その意味、判る?
振り向いて笑った顔は、ちょっと意地悪で、でもやっぱりうっとりするほどかっこ良くて。
帰り道、ギュッと抱きつくように浩司先輩の体温を感じながら、その「意味」について思いを馳せていた。
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