Hand to Heart 【全年齢版】

亨珈

文字の大きさ
上 下
38 / 153

鍵かけていい?

しおりを挟む
「お嬢ちゃん、ここになんか用かい?」


 …ウサギは絶対絶命の危機に直面していた。



ーー遡ること数時間前


 いつも通り家の掃除、洗濯、諸々の仕事と、マローネからもらった野菜の苗に水をあげ、そろそろ昼食にしようとリビングに向かうと、

「…書類?」

 ネロには全く理解出来ない内容の書類がテーブルに置いてある。そしてご丁寧に提出日の日付も記載されており…。

「今日…だな」

 何回確認しても本日提出日の書類。それが目の前にある。
 理解はできないが内容的にアルジェントのものであろう。

(…これも使用人の仕事だよね、うん)

 普段お世話になっているアルジェントの困り事を見逃すわけにはいかない。
 自分が生活できているのは誰のおかげだ?アルジェント(雇用主)だ!!


 ということで、先日教えてもらったアルジェントの職場にこうしてビビり散らかしながら来たわけで…それが冒頭である。

 アルジェントの職場はデート(仮)の時に絶対近づかないと心に誓ったはずが…フラグの回収がとても早いネロである。


「ひぇ…」

 アルジェントよりも逞しくガタイの良いクマ獣人を前に早くも帰りたい気持ちが強くなる。
 
 プルプルと震え涙目になったネロと、急に泣きそうになるウサギに困惑顔のクマ。とてもカオスな絵面である。

「あ、あの…、アルジェント・コルティの使用人で…。書類を届けに参りました…」
「おお!副隊長の使用人か!それは失礼した。…オッケーついて来い!」

 辿々たどたどしく必死に伝えるネロの声は果たしてちゃんと聞こえたのだろうか。「書類を受け取ってくれるだけで良いのですが…」と言いたくとも言えないチキンなネロは、仕方なくクマ獣人の後を追う。
 
(……ん?今、副隊長って言った?)

 ネロは噂話などにも疎いので知らなかったわけだが…ああ見えてアルジェントは警備隊の副隊長、剣も体術も優秀、侯爵家の三男、それでいて独身。

 クールな性格で女性からのアプローチに全く靡かないが、逆にそれがいい!と王都中の女性に人気のイケメンなのである。アルジェント目当てで街に出る女性も居るほどだ。



 警備隊の職場は殆どが王都の警備に出ているため人は少ないが、たまにすれ違う隊員に珍しいモノを見るような目で見られてしまい、ネロはタジタジである。

 しばらく歩いた後、立派なドアをノックしスタスタと部屋に入って行くクマ。
 「置いて行かないで!!」と泣きそうになりながら必死について行くウサギ。

「副隊長、お客さんですよ~」
「ん?」
 
 執務室らしいその部屋の奥、立派な椅子にアルジェントが座っている。
 そんなアルジェントはネロを視界に入れると吃驚する。

「ネロ!?どうしてこんな所に…な、なんで泣きそうに…  このクマに何かされたのか?」
「副隊長人聞き悪いですって…」

 なぜか泣きそうな顔のネロが職場にいるため、アルジェントはとても動揺する。

 一方で、とても心配した顔でネロを慰めている副隊長に対し、
 普段の鬼副隊長はどうしたんだ…とクマも動揺した。


「…そうか、書類を持って来てくれたのか。態々すまなかった。ありがとう、助かったよ」

 にこやかにお礼を言っているオオカミを見ながらクマは思う。これは誰だ…と。
 普段の何事にも容赦のない超絶無慈悲な鬼副隊長と同一人物なのか…と。
 あ、これ見てはいけないものだ…と察し瞬時に空気に徹する。

「お役に立ててよかったです…!」

 アルジェントの役に立てたのは嬉しいが執務室の異様な
 雰囲気(ほぼクマによる)を感じ、ネロは思う、もう早く帰りたいと。
 そしてネロは気づく、クマが虚無顔になっていることを。




「じゃあ気をつけて帰るんだぞ。今日は早めに帰れると思うから」
「はい、お仕事頑張ってください!」


 こうしてその後オオカミはご機嫌で仕事をし、
 クマは死にそうな顔をしていたのであった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

その瞳の先

sherry
BL
「お前だから守ってきたけど、もういらないね」 転校生が来てからすべてが変わる 影日向で支えてきた親衛隊長の物語 初投稿です。 お手柔らかに(笑)

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

処理中です...