Hand to Heart 【全年齢版】

亨珈

文字の大きさ
上 下
27 / 132

しゅどう、って何だろう

しおりを挟む
「ごめん、周」
「くそ……っ。解ったよ」

 大股に去って行く周の後姿を見送ってから、俺は改めて三人に向き直った。

「ありがとな、助かった」

 ぺこりと頭を下げると、剣呑な顔つきだった間野も頬を緩めて頷いた。

「間一髪というところでしたかね。貞操の危機でした?」

 しれっと小橋が問いかけてきて、その言葉に狼狽する。

「て、貞操っ!?」

 愉快そうに笑っている小橋に若干不愉快そうな間野、そして心配げなしげくん。そこへもう一人闖入者が現れた。

「ちょっと出遅れたか」

 いつの間にかすぐ隣に人が立っていて、しかも初めて見る顔で俺はヒッと飛び上がりそうになった。
 身長は俺と同じくらいなんだけど、太っているわけじゃないのにがっちりしている印象を受ける。しかも顔が某大物ハリウッド俳優をそのまま若くしたみたいでめっちゃ渋い。強面って感じ。

「いいえ、たぬきの手を煩わせるほどじゃなかったようです」

 にこりと小橋が笑みを浮かべた。

「たぬき?」

 ぎょっとしてつい口にすると、「たぬきじゃねえ讃岐だ」と静かに訂正された。

「ああ、讃岐だからたぬき」
「だからたぬきじゃねえって」
「わかった、讃岐」

 心の中でだけたぬきと呼ぶことにしよう。

「さっきのやつな、あれ│黒凌《こくりょう》出身のヤツだぜ? 気ぃつけとかんとあんたみたいなやつはすぐに餌食にされる」

 ちらりと俺を見て、讃岐が苦々しそうに言った。

「黒凌?」
「ああ、あの中高一貫の全寮制ですか。たしか物凄く規律が厳しいんですよね」

 小橋がふんふんと頷いている。

「そ。厳しいというか、坊さんみたいな生活だな。徹底的に勉強だけさせられるし女人禁制だし持ち物から何からかなり厳しく制限されてる。だからここが出来たのをこれ幸いと、親を説得できたヤツがかなりこっちを受験してきてるって噂」
「レベルが同じなら、こちらの学園は天国でしょうねえ」
「でもそれとこれとどう繋がんの?」

 納得している小橋とは別に、俺は首を傾げた。

 今の説明だけだと、こっちに移って自由な生活満喫したいだけのような気がするんだけども。むしろ今、周に同情すらしてる。
 間野としげくんもその辺りは俺と同じらしく、讃岐に視線を向けた。

「あー……なー……」

 ここにきて讃岐は言葉を濁す。説明は任せるとばかりに小橋に顎をしゃくり、仕方ないですねえと小橋が俺たちを見回した。

「つまり、坊さんと同じく衆道が当然ということですよ。勉強に専念させるのは良いけれど、フラストレーションが溜まりすぎてもよろしくない。集中させるために、寮内でのそういう行為が容認というか推奨されているんですよ」

 ぼんっとしげくんの顔が真っ赤になった。へえ、と間野は頷きにやりと俺を見遣る。

「しゅどう……」

 と言われてもピンと来てない俺はどうすれば。それって知っていなきゃいけない単語なんだろうか。

「ま、奴らだけでやっとく分には害はねえけど、実際さっきみたいになったら一般生徒に被害が出る。これはこれからの懸案だな」

 讃岐はげんなりしたようすで吐息した。

「えーと……ところで讃岐って生徒会か何かやってる人?」

 懸案とか言ってるし、執行部の人なのかと思ってしまう。

「いや、表立っての役職はねえよ。隠密みたいなもん。ここって風紀委員がないから、俺が単独で依頼されてるんだけど……あ、これって極秘事項なんでよろしく」
「はあ」

 極秘事項をさらっと言われちゃいました。俺はどうすれば。
 ま、まあとにかく黙ってたらいいんだよなっ!

「えーと……じゃあ俺はこの辺で」

 デッキからテープを出してそのまま教室を出て行こうと試みる。讃岐もいることだし、見逃してはくれまいかと。

「あ、カズくん、助けたんだからちょっと遊んでいきましょうよ」
「そうだそうだ! その為にここまで来たんだぞ」

 小橋と間野の声が追ってくる。

「まあそれも一理あるけど、お前らもう昼だから。寮に帰んねえと昼飯食いっぱぐれるぞ」

 救いの手は讃岐から差し伸べられた。
 ありがとう讃岐! 俺、絶対に絶対にお前の秘密喋ったりしないから!

「お先にーっ」

 俺は重い扉を押し開け、脱兎のごとく階段を駆け下りた。
 勿論あの三人と一緒に寮に帰るという選択肢は、ない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

処理中です...